幕間③
高校最後の年、英恵とももは、記念にと、この村のすべての場所に赴いて、記念写真を撮ることにした。
最初に行ったのは、神社である。この村唯一の神社だった。
神社にはすでに跡取りがいて、しかしその子供は唯一、神主の子供だった。母親もいる。
この村にとって神社は貴重な存在――神と通じることができる存在のため、その跡取りは村のどの娘でも好きに娶ることができる。そして、選ばれた嫁は、子産みに落とされることもなく、この村で唯一清らかなままでいられるのだった。
「神主さま、神主さま。どうか私たちをお清めください」
「はい、承知いたしました」
神主はこの村の因習を知っているのに、我関せずな顔でももと英恵の頭の上に榊を振った。
榊の水がふたりに降り注ぐと、けがれが落ちていくようだった。
ももはどうなのかわからないが、英恵はまだ、純潔のままだ。でなければ、生贄としての価値はなくなる。
「英恵、おみくじ引こうよ」
「ええ、私そういうのあまりいいの引けないからいい」
「いいじゃん、運試しだよ、ほら!」
賽銭を入れて、ふたりはおみくじを引いた。
おそるおそる、英恵はそのおみくじを広げた。
「大吉……?」
英恵がその場にぴょんと跳ねた。そして、隣で無言でおみくじを見るももを覗き込む。
「げ、もも、凶なの?」
「見ないでよ。てか、英恵。大吉とか、やっぱり『持ってるねえ』」
ももが英恵を肘で小突いた。英恵は照れ隠しに頭を掻いて、そのあと、おみくじをもう一度見る。
けれどどれも、辛口だった。
失せもの、出ません。
学問、よくないです。
出産、気を付けてください。
吉方、どこでもないです。
願い事、かないません。
「なにこれ、本当に大吉なの? いいこと書いてないんだけど」
英恵がごちりながら、最後の一行を見る。
待ち人、来ます。
ああ、と英恵は思った。待ち人と言うのは、きっと来客のことだ。英恵が案内する、客人。
「英恵、じゃあ次、公園行って遊ぼ!」
「公園って。子供じゃないのに」
最近、ももは太ったようだった。
ゆったりとした服ばかり着ていて、特にお腹が出てきた気がする。姿勢が悪いのかもしれない。今も猫背に歩くから、重心が前と後ろでちぐはぐだ。
公園について、ふたりはブランコに乗った。英恵は目いっぱい高くこいだのに、ももは小さく揺らすだけだった。
「もも、なんか今日、楽しくなかった?」
どうも、暗い表情のももに、英恵はブランコを下りて、ももの目の前に歩いた。「そんなことない!」とももも立ち上がる。
夕日がももの背中を照らしている。
公園に着くまで、ふたりはいろいろなところに寄り道した。川だったり、商店街だったり、レストランだったり、知り合いの家だったり。
最後にブランコだけ乗って帰ろうとせがんだのは、ももの方だ。
「なんていうか……センチメンタル? 私たち、もう高校も卒業だし……会えなくなるのかなって」
「そんなことない!」
英恵はももの手を握る。あったかい。
ももがおもむろに、涙をこぼした。英恵はぎょっとして、あたふたするばかりでなにもできない。
「ごめん、ごめんね。私なんだか、不安定だ」
「そ、そんなこと……もも。大丈夫。卒業したって、私たち友達だし」
「でも英恵は、先に行くじゃん」
「……それでも。私はずっと、ももの友達だよ?」
本当はももだって、英恵の母親が誰なのかくらい知っているはずだった。
鬼の一族の美しさは、それくらい異質だからだ。
それでもももは、そんなことお構いなしに、英恵と仲良くしてくれた。その心に、一切の偽りはない。
「もも、ありがとう。ももがいたから、ここまで来られた」
「なによそれ。もう、それは私のセリフなんだから!」
ももと英恵は抱き合った。抱きしめあって、涙を流した。
もう、いつ会えなくなってもおかしくはない。英恵は生贄で、ももは子産み。
ももも英恵も、もうすぐ子供から大人になる。けれど英恵は子供のまま死んでももを置き去りにする。
ももはそれがたまらなく不安だった。ひとりで生きていく勇気なんて、もしかしたら誰も持ち合わせていないのではないだろうか。
英恵は高校を卒業して、いよいよ自分の死期を悟った。
今年で子供の年齢が終わる。いいのか悪いのか、英恵は十九まで生かされた。生娘のまま。
ももは既に、純潔を失っていた。もうすぐ子供を産み落とすらしい。そのそばには、のりたけの姿があった。つまり、そういうことだ。
成人したら子産みになる、というのは単に大人たちがそう、子供に教えているだけだった。
実際、節操なく女とみては、襲う男はこの村にはごまんといる。そんな中で、好きな男の子供を身ごもれたももは、幸せなほうかもしれない。
そういえば、ももは高校最後の記念に村を回った時、ずっと猫背だった。太ったと思っていたそれも、今思えばその時点で妊娠していたに違いない。
ももはそれでも、文句ひとつ言わなかった。
「もも、座敷牢に行くんだって?」
「あは。英恵のところまで話行っちゃったか。でも大丈夫だよ、私、元気な子供を産んで、戻ってくるから」
そうして生まれた子供が今、どこでなにをしているのか、ももも英恵も、知らない。




