5-6、なべなべ底抜け⑥
四畳半ほどの部屋に案内され、太郎はまず、自己紹介を促された。
「山野太郎、十九歳。東京出身です」
「本当に? 東京から来たの?」
「はい、そうです」
「本当は、この村の近くの――例えば、因習村の出身で、この村に侵入して、村人を殺して回るために、誰かに命令されてるんじゃないの?」
「だれか、とは?」
「だから、教祖さまとか。そういう危ない宗教の人間じゃないの? そうじゃなきゃ、あなたの周りでばかり、人が死ぬのは、おかしいでしょう」
確かにそれは、太郎も引っかかっている。太郎のかかわった人間がすべて死んでいるのだから、犯人は太郎か――
「もしくは、別室で取り調べしてる、英恵だろうけど」
「それはない!」
パイプ椅子を立ち上がって、太郎が声を荒らげた。
「まあまあ。そんなに英恵が大事ですか? どうせ、この村の呪いのことなんて、他人事でしょうに」
「他人事なんて……! 俺は、この村の呪いを解くために、必死に調べて」
「はあ。でも、あなたがこの村に来たから、呪いが発動して……忠人さんだって、生贄にならなければ死ぬこともなかったのに」
「生贄。生贄って言いましたよね? じゃあ、俺が殺してないと、わかっていてここに連れてきたんですか?」
「そりゃあ……一応は調べなきゃ。警察の仕事です」
そんなやり取りが、何回も続いた。何度も何度も同じ質問、話を繰り返されて、太郎の心が折れそうだった。
「大体。この村によそ者が何度来たって、呪いなんて解けやしない」
警察官はふたり。どちらも老齢で、薄く色付いた茶色の眼鏡をかけている。
片方は背が高く、もう片方は小さい。
その、小さい方が、太郎を執拗に責め立てる。
「英恵に惚れたか? あなたが呪いを解くなんて。そんなに必死になる理由はなんだ?」
「俺は他意なんか……」
だけど、なんで自分がこんなにも呪いを解くのに必死なのか、わからない。
英恵の話によれば、呪いは解けなくても、よそ者だけは松の内が開けたら、村から出られる。とはいえ、村から出たよそ者がどうなったのかは知らないとも言っていた。
「この村は……女子供を虐げて……俺は英恵の望みをかなえたい」
「はっ。村人が今更外の世界に行きたがると、本気で思っているのか?」
この村は自給自足だ。それは最初に聞いていたし、だから、村人は何不自由しないと、警察官が鼻で笑った。
ふと、太郎はある違和感に気づいた。
「自給自足できないものは、服や家電は。どうやって調達してるんだ?」
警察官がぐ、と喉を鳴らした。
見かねた背の高い方の警察官が、ため息混じりに口を開いた。
「願うのさ」
「願う?」
太郎にはまるで意味がわからなかった。
しかし、警察官ふたりが、顔を見合せて笑っている。まるで、太郎の無知を嘲笑うかのようだった。
「必需品は、とおり崖に生贄を落とせば、神がお慈悲をくださる」
太郎の顔色が変わった。
この村の女は、二十から三十五歳まで子産みの義務がある。
それにしては、子供の数が少なかった。
つまり、ことある事に、この村の人間は、子供たちを生贄としてささげてきたのだ。
「狂ってる!」
がん、とテーブルを叩くも、警察官ふたりは動じない。
「あなただって知っていたはずでしょう」
「なん……」
「生贄を望むのは、いつだって神のほうでしょうに」
だったら、その神が悪いというのだろうか。神の善意につけこんで、何人も何人も子供を殺し続けてきた。
吐き気を催す。が、朝からなにも食べていないため、幸か不幸か吐き出すものはなかった。
「それで、あなたは本当に東京から?」
質問が最初に戻る。太郎には身分を証明するものがないから、太郎はただ、何度も何度も否定するだけだった。
何時間経ったかもわからない。そのとき、隣の部屋で取り調べをする英恵の悲鳴が聞こえてきた。
『痛! やめてください!』
「英恵、英恵!?」
「あ、おい、取り調べはまだ……!」
異変を感じ取り、太郎は取調室を走り出た。そのまま隣部屋に移ると、やはりというか、英恵は髪の毛をひっつかまれて、男性警察官が拳を振り上げているところだった。
慌てて、太郎が二人の間に入り、英恵の髪の毛から、警察官の手を引き離した。
「なんてことしてるんですか! これは行きすぎですよ!?」
「部外者は黙って……こうでもしないと、こいつはちゃんと仕事もしないじゃないですか」
「仕事? 英恵の仕事って?」
「はっ、やになる。あなたを世話する役目だよ」
俺? と太郎が返すと、警察官はあきれたように、息を吐き出した。
「よそ者を管理できないなら、宿の予約なんて最初から断れと。正月の来客なんて、毎年決まって、よそ者が来ることは知っているのに。あなたさえこの村に来なければ、この村は一人も死なずに済んだのに」
ここにきて、太郎は自分のせいで忠人やかいと、八重やゆうやが死んだことを実感した。
重すぎる。四人の命は、こうも肩に重くのしかかる。
なにが呪いを解く、だ。
この呪いを発動させる条件は、おそらく太郎のようなよそ者がこの村に入ってくること。
だったら、この警察官の言葉は正しい。
けれど、だからって。
あと一人、この呪いで人死にが出るとわかっているのに、その命をみすみす見捨てるわけにはいかない。
それに、呪いを解かなければ、また来年も、この村は同じように正月に呪われ、五人の生贄が死んでいく。
それだけは、阻止しなければ。
太郎は英恵の手を取り、パイプ椅子を立ち上がらせた。
「帰ろう、英恵」
「おい、まだ取り調べが」
「明日です。明日までに呪いを解けなかったら、俺が責任を取ります」
「責任?」
「この村の人たちが死んだのは、俺のせいです。だから、俺を煮るなり焼くなり、好きにすればいい」
それはもう、太郎が『殺した』と認めたようなものだった。
警察官がぎゃあぎゃあとわめきたてている。
それを尻目に、英恵をつれて、太郎は警察署を出ていった。
真っ暗な闇にかがり火が、ひとつ、またひとつ、点火されていくのが見えた。
「英恵、俺。ちゃんと呪い、解くから」
「うん……」
英恵の弱々しい返事に、太郎のほうまで泣きたくなった。
翌日の朝。松の内が開ける最終日である。
昨日は取り調べで思ったよりも体力を持って行かれたため、ふたりは宿で夜更けまで謎解きをした。が、結局はなにもわからずじまいだった。
次第に眠気に逆らえなくなって、ふたりはなにも収穫がないままに眠りについた。高圧的な取り調べは、太郎に英恵の息苦しさを擬似的に体験させた。体力はあったって、精神的に追い詰められれば、男である太郎ですらまともな思考は奪われた。昨日のことはまるで覚えていない。
取り調べのストレスからか、太郎は朝になっても布団から起き上がれなかった。もう、なにもかも捨ててしまいたかった。この村の呪いなんて、太郎には他人事だった。ただ、英恵だけは救いたかったから、希望を捨てきれずにいる。
夢に忠人が出てきた。だるまに取り囲まれ、こと切れていた。その死体が消えたなら、考えられるのはこの宿に太郎の知らない部屋があるか。
この村には謎が多い。例えば、井戸から続く隠し地下があったり。
しかし、確かあの地下には、外に通じる道や、天井に銅線を巻いた儀式的な場所もあった。
あれらは、なんだったのか。そもそも、あの地下に続く隠された入り口は、ひとつだけなのだろうか。
ばっと目を開けた。
太郎は勢い良く体を起こし、囲炉裏の大広間に走った。
忠人が死んだから、という理由で、あの大広間には行かないようにと警察に言われていたし、それに従うつもりではいたのだが、どうにもあの場所になにかがあるような気がしてしまう。
部屋を出て、真ん中にある囲炉裏の大広間の畳。その一畳を目を凝らして、見る。
しゃがんで、四つん這いになって、這って。
畳に、うっすらと染みが見えた。
「こちら側からできた染みじゃない……裏側から、なにかが染み込んでいる?」
とんとん、こんこん。
畳を叩くと、忠人が死んでいた畳だけが、明らかに違う音を発している。
忍者の屋敷には、畳替えしという仕掛けがある。つまり、くるりと畳が回転して、その裏側に忍者が隠れる、という仕組みだった。
賭けだった。
太郎は、畳を思いきり押し出した。
ぐるん、ずる、と音がして、血塗られた畳が姿を現した。が、畳の下に、忠人の遺体はない。代わりに、
「地下室……?」
太郎は、英恵を待つより先に、地下の部屋へと降りていく。
地下の道を進むと、頭の上には、金属の塊があった。
「なんだ?」
スマホを持って来ていないことは痛手だったが、手探りで天井のなにかを探った。手を這わせて、右に撫でて左に移動する。
「コイル……? 銅線を巻いた、あの時の……?」
あの日は儀式かなにかかと思ったが、これは『コイル』だ。それが、宿の廊下の真下に、四角く取り付けられている。
宿の廊下の床は、他と違って新しく張り替えたばかりと英恵に聞いていた。それは、このコイルを下に設置するためだったのだろうか。
コイルは途中で途切れる。そこから先は、宿の土地ではないらしかった。
太郎は慎重に足を進める。突き当たっては、右に曲がり、階段をのぼり。
道はうねり、ある突き当たりは、外界と繋がっていた。
「空……?」
突き当たった出口から上を見れば、岩肌。下にも岩肌が遠く反り立っていた。
太郎はまた、地下通路を歩いていく。先程の出口は、どこだったのか――いや、なんとなく察しはついた。否定したくて、また歩いた。
やがてたどり着いたのは、あの、八重のいた、牢獄のドアである。
「なんで……」
なんで、ここにつながっている? ということは、英恵も一緒になって、太郎をだましていた、のだろうか。
村を出たいと言っていたくせに、村人とぐるになって、太郎をだましていたのだろうか。
村の外なんて、いいことなんてなにひとつもないのに。
太郎が息を細く吐き出す。
英恵が起きてくる前に、宿に戻らなければ。
反して、太郎の足が、止まった。
座敷牢のドアが、こちら側に向かって、開いたのである。誰かが鍵を『意図的に』開けていたのだ。
「こちらに来てはなりませぬ」
その声は、八重のものでもあったし、弥彦のものでもあった。
ドアの向こうに、弥彦がうずくまっている。いや、あれは八重だ。
八重は、弥彦その人だった。化粧をしていたからわからなかったが、この座敷牢につながれていたのは、まぎれもなく弥彦だったのだ。長い髪はおそらく、ウィッグを被らされていたか――
だとして、なぜ弥彦が、太郎を遠ざけているのだろうか。
「太郎さま、来てはなりませぬ」
寒々しい座敷牢に横たわりながら、八重が息も絶え絶えに太郎の名を呼んだ。八重の腹は、膨らんでいなかった。産み落としたか、あるいは――
「でも、助けないと、俺は」
「太郎さま。なにも考えてはならぬのです。この村から逃げるのです」
なにを、とは聞けなかった。
八重は妊娠など、していなかった。お腹にロープとつっかえ棒の鉄材を詰め込んで、妊婦のふりをして座敷牢に閉じ込められて。英恵と太郎が見えないすきに、腹に隠したロープを鉄材に括って、小窓に引っ掛けて小さな窓から逃げ出したのだ。
座敷牢の小窓は、妊婦には通れないが、小柄な弥彦ひとりなら、十分に通れる作りだった。
弥彦はこの場所から逃げ出し、消えたように見せた。
忽然と消えた、かごめかごめの呪いと見せかけるために。
「私は、協力なんてしたくなかった……」
その先は、聞こえなかった。八重は折檻されて、座敷牢の中で凍える寒さにたえていた。
地下通路、コイル、八重と弥彦。それに、ゆうやの放送部屋のにおいの正体。
村に伝わる神の伝記。
この村は、呪われている。
呪いを解くには、お正月に外部から来る人間が謎を解く必要がある。
そして、この呪いには、登場人物が一人、欠けている。
もう、太郎は自分がなんなのか、知っている。
来た道を走った。暗いから、あちこちに体をぶつけた。けれど、痛くはなかった。足取りも軽かった。
この村の人間は、英恵を案内人と呼び、あるいは生贄とも呼ぶ。
この呪いで死んだ生贄の中で、唯一不自然な人物がいる。
よそ者の太郎を迫害するのに、決して「おまえ」とは呼ばない。あなたと呼ぶ。その不自然さの意味。
やがて太郎は、宿の畳の下に戻ってくる。
ごん、と畳を回転させて、宿の大広間にのぼり、立った。そこには、村人たちが、集まっていた。
「はは、そうか」
太郎が、から笑いを、漏らした。村人たちは、目を三日月のようにして、笑っている。
太郎はその、薄気味の悪い、忠人と同じ、仮面の笑みに、答えるように一つ、息を吐き出した。
「なべなべ底抜け。そこが抜けたのはこの村で、『帰る』最後の生贄は、俺ってわけか」
あはは、ははは。と太郎が笑いを漏らした。
五人目の生贄は、出そろった。あとは、太郎を、どう、殺すか――




