5-4、なべなべ底抜け④
相変わらず、村ですれ違う人たちは、太郎に白い眼を向けている。
けれど、英恵はなんら動じることなく、太郎の隣を歩いてくれている。本当に、この子は素直で、いい。
「ごめんください!」
英恵のわざとらしく弾んだ声。ももの家について、英恵が玄関をどんどんと叩いた。それがあまりにも豪快で、思わず太郎は苦笑してしまった。英恵なりの元気づけなのだろう。
「なに笑って」
「いや。英恵って繊細なのか豪快なのか、わからないよな」
「なにそれ。私はれっきとしたレディよ」
ふん、なんてわざとらしく髪の毛をかきあげる。うなじがあらわになって、思わず目をそらした。
そこに、がらら、と玄関が開く音が重なった。
「はあい、英恵。どうした? って、なんでその方も?」
ももの目は、真っ赤だった。ゆうやが死んでからまだ、泣き通しだったのだろう。しかし、努めて明るくふるまうためその件には触れないことにする。
「もも。太郎がね、貸したジャージ返してほしいって」
「やだよ。てか、帰って」
ぴしゃりと言い放ち、ももが玄関を締めようとする――それを、太郎が阻んだ。玄関の引き戸の間に手を入れて、戸が閉まらないように盾になる。
ももが白けた目を太郎に向けた。
「不法侵入ですけど?」
「ももちゃん、その。ごめん。俺のせいで、ゆうやくんが」
「……! ゆうやの名前を、あなたが軽々しく呼ばないでよ!」
がらら! と勢いよく玄関を開けて、ももは太郎の頬を思いきり叩いた。乾いた音が晴れた空に響き渡る。
けれど、ももの目に、涙はない。もうとっくに、枯れていたのだ。
「ももちゃん、俺、この村の呪い、解くから」
「それでも、助かるのはせいぜい英恵くらいよ」
「でも、ももちゃんも、外の世界に出たいって」
「私はもういいわ。この村、結局ここで育ったから、出ていくの、本当は怖いんだ」
なにもかもどうでもいい。そんな表情に、太郎は泣きたくなる。けど、泣いたらだめだ。
太郎はその場に頭を下げる。深々と、九十度。
「ももちゃん、俺、ももちゃんもちゃんと助けたくて!」
「はは、太郎、なに言ってるの」
「だから、次の呪いは、俺、絶対に解くから」
「……だから、なに?」
「仲直り、したいんだ。ももちゃんとは、いい友達だって。思ってて」
ももの目が、見開かれる。そうして、声を上げて、笑った。
笑い声が空に溶けていく。
そうして、ひとしきり笑ったももは、太郎の肩をつかんで、うつむく。
「いいよ、許す」
「ももちゃん?」
「だって、知ってる。ゆうやが死んだのも。ほかの人も。太郎のせいじゃないって、知ってて、責任擦りつけた」
ももが顔を上げる。枯れたはずの涙が一筋だけ、頬を伝った。
「太郎のそういうところ、私は好きだったな」
「そういうところ?」
「ううん。こっちの話。じゃあ、ジャージだよね。とりあえず、上がってよ」
太郎は英恵の方を見る。英恵は親指を立てて、「良かったね」と笑っていた。
ももの家に入って、太郎はお茶を出される。緑茶だ。
「前に貸したジャージ……一応返してもらいたくて」
太郎がお茶をすすりながら言うと、
「あーそれね。なんか、五日前? お正月に停電があって。そのあとから、洗濯機の設定がわけわからなくて、洗濯できてない」
「あ、いいよ、洗濯は。てか、停電なんてあったんだ」
「うん。私もびっくりした。家電使うようになってからはじめての停電だから」
「へえ。停電って、よく起こるの?」
「ううん? 私が知る限り、初めて」
お茶お代わりする?とももが促す。太郎と英恵は、半分残っていた緑茶を一気に飲み干して、ももの方に湯のみを差し出した。
ももはいったん湯のみをシンクに置いて、太郎を手招きする。
「ジャージはこっちに置いてあって。ついでだから、洗濯機も見てくれる? 太郎は家電も詳しいでしょ?」
「あ、うん、わかった」
英恵を置いて、太郎はももの脱衣所へと歩いて行った。
脱衣所について、太郎は目の行き場に困っていた。
ももの服や下着が、そこかしこに転がっていたからだ。
「ジャージね、ジャージ。あ、これだ。てか、においとか嗅がないでよ?」
「誰が嗅ぐか! で、洗濯機が、これってわけか」
ももは脱衣所に散らばる服を丸めて籠に詰め込んでから、洗濯機の電源ボタンを押した。
つん、と風呂場から風呂の洗剤の独特のにおいがする。風呂の洗剤は、混ぜると危険なものも存在する。
ももはその辺、心配になる性格ではある。
「これ。ボタン押しても電源つかないの」
「なるほど。うーんと、あ、これ多分、ロックかかってるから、電源長押し」
言われた通り、ももが電源を三秒押すと、ピピ、と音がして、洗濯機の電源がついた。
「助かったわ。ほんとに」
「ああ、うん。よかった」
よかった。
けれど、なにかを見落としている気がする。
お正月に、停電があった。停電?
あの日、太郎のスマホは電源がつかなかった。だとしたら、なにか、磁場が強まっていたのだろうか。
「太郎?」
「ああ、ももちゃん。俺、用事あるから、そろそろ行くわ」
「ええ、もう。またなにか都会の料理作ってよ」
「ごめんって……いや、だって……俺、呪いのことがあるから」
「ああ……そうだよね。呪い、解かなきゃだもんね。頑張って!」
渋々と言った感じでももに見送られて、太郎と英恵は、また村へと繰り出す。
だるまさんが転んだ、とおりゃんせ、かごめかごめ、はないちもんめ。
わらべ歌に合わせるように、村人が死んだ。しかも変死。不可解な死に方で。
普通、こういった場で死ぬのは部外者、つまり太郎ではないだろうか。
村人には、よそ者である太郎を殺す動機がいくつもある。
なのにあえて、村人を『殺す』のは、なにか訳があるに違いない。
これは、殺人。呪いなんかではない。そう、太郎の中のなにかが告げている。
「これらは、人身御供、なのか?」
かいとの死は、あれは確かに人身御供だ。つまり、呪いではない。かいとは自ら崖を飛び降りた。そこに、呪いの力なんて働くはずがない。
一つが呪いではないとなれば、残りの三つも、呪いでないと考える方が自然だ。
それに、忠人だって、あそこにあっただるまは、何の変哲もないだるまだった。
とはいえ、七歳かそこらの男の子が、自ら崖を飛び降りるだろうか。
洗脳されているにしたって、かいとが生贄になる覚悟を持っていたようには思えない。
かいとが死ぬ前日に、太郎はかいととともにだるまさんが転んだをして遊んでいる。その時のかいとの楽しそうな顔は、たしかに本当だった。
もっと、死を洗脳された子供というのは、絶望に満ちて、よそ者である太郎とともに、遊ぶ余裕すらないはずだ。
「こんがらがる」
「太郎、太郎」
弥彦とももに会って、村の中を一周回って色々見て回ったけれど、どうにも次の呪いの手掛かりが『見つからない』。
なべなべ底抜け 底が抜けたら帰りましょ
この歌によれば、底が抜けた使えないなべを取り替える、つまり、禍が降りかかることを意味しているのは明確なのに。
ももと別れて、宿に向かうも、やはりしっくりこない。
太郎は宿を目前にして、道を引き返すことにした。
「太郎? そっちは宿じゃないよ?」
「うん、英恵は先に帰って。俺、もう一度弥彦のところに行ってみる!」
英恵の答えを待たずに、太郎は踵を返して走り出していた。
遠くに英恵の怒る声が聞こえる。けれど今は、そんなことどうでもいい。
あの弥彦という少年のところに行かねばと、なぜだか思ってしまったのだ。




