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供犠の村  作者: 空岡立夏
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5-2、なべなべ底抜け②

 松の内が開けるまで今日を入れて残り三日、スマホで遊んで満足した英恵とともに、太郎と英恵は、重装備で宿を出た。が、一面の雪に覆われて、まずは雪かきが必要だった。


 太陽が昇り切って、多少は寒さも和らいだ九時。

 大きなシャベルで雪を掻きだす。ざっく、ざっく。

 水を含んだ雪は、重い。重労働だ。これを、年老いた忠人と英恵のふたりでやっていたなんて、信じられないくらいだった。


 中腰になるから、腰に来るし太ももも踏ん張る。雪を持ち上げるから、二の腕だって使うのだ。

 英恵は涼しい顔で雪かきをしている。太郎は既に、汗だくだというのに。

 ダウンコートをいったん脱いで、宿の玄関に置いてから外に出る。


 たいまつの前には、やはり大人が火の番をしていた。陽が登り切ったから、そろそろ家に帰るところらしい。火を消しているところだった。

 そんな火の番の男が、のんきに雪かきする英恵を、なじった。


「英恵。おまえはまだ……」

「おじさん、ごめんなさい。私今日は、やることがあるので」

「は、いいご身分で。来年成人したら、おまえのこと、『もらってやっても』いいぞ?」

「やだ、おじさんったら。私にはもったいない話ですよ」


 つまり、子をなせ、という意味だ。

 太郎は胸糞悪くなって、英恵の方に歩いて雪を掻きだして、火の番の男の方に放り投げた。


「危ねえな」

「ごめんなさいね、雪かきもできない都会育ちなもので」


 嫌味を言うと、火の番の男はぶつくさと文句を垂れながら、宿のたいまつから離れていった。


「英恵。ああいうの、よくない」

「ああいうの?」

「明らかに馬鹿にしてただろ、あのおっさん」

「おっさんって……だって、女は男がいないと子供を作れないし、力だって……男の方が優れているんだから、男の人に従うのは自然の摂理なんだよ?」

「それだよそれ、そういうの、俺嫌い」

「嫌いって言われても」


 困ったように、英恵が笑った。

 英恵はあの火の番の男の言葉を軽くいなした。英恵にとってそれは日常茶飯事であったし、今はそれよりなにより、呪いの被害者――最後の呪いを止めるために、動かなければならないからだ。

 なのに、太郎はどこまで行ってもお人よしだ。村の人間でもないくせに、もっと言えば、英恵とは五日の付き合いなのに、自分事のように怒っている。人間は捨てたものじゃないのだと、太郎は思わせてくれる。


「太郎のそういうところ、きっとモテるんだろうな」

「な、なんだよ急に。俺はモテん。モテないことで有名だ!」


 そもそも、大学生活が今はもう、思い出せない。それくらい、この村に来てからの時間が濃すぎた。

 誰かに恋心を寄せられたことも、寄せたこともない。それは、今までもこれからも変わらない。



 雪を掻き、外に出す。また掻いては、掃きだす。

 結局、雪かきは三時間にも及んで、太郎も英恵もくたくただった。


「まずは、八重さんを探さなきゃな」

「待って。それ聞いてない。鬼の一族なんてどうでもいいじゃない。それに、八重は呪いで死んだんだよ。鬼だから、死んでも遺体は残らなかっただけで」

「だけど。死体が残らない人間なんていないだろ。現状、この村の呪いで死んでないと思われるのは、八重さんだけだし」


 ふいと英恵に顔をそらされて、どうやら英恵は、鬼に関係なく、あちらの一族を嫌悪しているようだった。

 それは嫉妬に近い感情だ。英恵は、太郎が鬼の一族の美しさに一目置いていることに、気づいているのだ。だから、気に入らない。

 太郎は無自覚だろうが。


「なにが気に入らないわけ?」


 単刀直入に聞くと、英恵が太郎を見ないで答えた。


「なにもかも。鬼の一族は、神に愛されているって聞くし」

「神に愛されて?」

「そう。最後の生贄。前に話した、神に進言した少年の子孫が、あの鬼の一族だ。って、話もある」


 つまり、人間を食らうから敬遠されていたわけではなく、この村がこの村になるゆえんを作ってしまった一族だから、迫害されているらしかった。

 だったら、あの崖の下で見た、弥彦が持っていた肉は、人間のものでは、ない? のだろうか。


「弥彦のところに、行こう」

「なにもわからずじまいだと思うけれどね」


 とげとげしく、英恵が笑った。



 川の方向に向かって歩く。隣の英恵は無言だった。相当あの一族を嫌っているらしい。つまり、英恵はあの言い伝えを心底から信じ切っている。

 村から出たい気持ちも本当、村に染まっている英恵も本当。

 ならば、今、英恵をこの村から助け出せれば、英恵だけは外の世界になじめるかもしれない。


「英恵、機嫌直せよ」

「太郎にはわからないのよ。私たちは、あの鬼のせいでこの村から出られない。私も来年には、誰ともわからぬ父親を持つ子供を産むことになるんだから」


 その時には、太郎はこの村にはもういない。

 この村の呪いを解けても解けなくても、太郎という外部から来た人間は、村を出られるのだという。しかし、その先で生きたのか死んだのかは、村人にはわからない。

 だけど。だけど、太郎は、この村に残ってもいいと、そう、思い始めていた。

 太郎は英恵を盗み見る。八重ほどでないにしろ、英恵は見た目きれいだし、可愛さもある。きっと、そういうところもまた、この村の大人たちの癇に障るのだ。


「あれ。でも、英恵ってなんで、大人たちに折檻されてたの?」

「そ、それは……私が案内役なのは、話したでしょう?」

「ああ、お正月に来る外部の人間の、案内?」

「そう。ガイド役って、結局、呪いを解くために太郎みたいな、外の人たちを導かなければならなくて。それがあまりうまくいってなかったから……」


 それだけではない気もしたが、太郎は深入りすることはやめた。


「でも、それを成し遂げたら、村の大人たちが願いを聞いてくれるって言われてて」


 太郎が小さく「願い?」と聞くと、


「この村の外に出て、好きな人と結婚するの。それが私の夢」


 そんな当たり前を、この少女は欲している。太郎の日常は、英恵にとっては蜃気楼のように儚く、消えゆくものなのだ。

 太郎は、英恵の手をきゅっと握った。


「そのためにも、呪い、解かなきゃな」

「うん、太郎。太郎のためにも」


 ふたりで雪をかき分けて、川にかかった橋を渡っていく。



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