↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
供犠の村  作者: 空岡立夏
21/32

5-1、なべなべ底抜け

五、なべなべ底抜け


 葬儀で四日目を丸々つぶした太郎は、少しばかりの焦りを見せていた。

 太郎が死ねば、この呪いは終わる。ももの言葉が耳にこびりついて離れない。

 もしかするとそれは本当なのかもしれない。だから、この村の住人は、太郎を疎んでいる。すべてのつじつまが合うには、この線が濃厚だった。英恵には口が裂けても言えないけれど。


「あと三日で呪いを解かないと……でも、次の呪いはもうわかった。なべなべ底抜け、だ」


 だるまさんが転んだ、は、だるまという縁起物が転ぶ、つまり不吉なことが起きる前兆であるという見方がある。

 とおりゃんせは、七つの子供の祝いに、お札を受けに行く歌だ。七つまでは神の子と言われ、昔は七歳まで生きられる子供は少なかったと言われる。だから、子供は七つまでは神の子なのだと、そう言い伝わってきた。

 かごめかごめ、は籠の中の鳥、つまり、自由を奪われた女を指すとも言われている。そして、鶴と亀が滑る、というのは、流産を指すとも言われている。

 はないちもんめ、は鬼に隠れて人を呼ぶ歌だ。つまり、ももがカナという母を欲したせいで、ゆうやが呪われた。

 最後に今回の、なべなべ底抜け。

 これは、底が抜けて不吉だから、新しいものに変える、という意味合いを持っていた。


「お正月のわらべ歌は五つで、残りはひとつ。だとして、英恵、なにか当てはある?」

「私にはなんとも」


 煮え切らない英恵に、ため息しか出なかった。

 朝日が昇り始め、外には雪が降りしきっている。今日は外には出られないだろう。

 昨日の雪が残っているところに、昨夜も牡丹雪がこれでもかというほどに降りしきった。

 今年はよく振るな、と英恵がぼやいたのは今朝五時、つい一時間前ののことだった。


「私、朝ごはん作ってくる」

「ああ。英恵」

「うん?」

「ありがとう。英恵が傍にいてくれなかったら、俺、多分普段透りではいられなかったよ」

「なによそれ、変な太郎」


 今時土間での台所なんて、太郎は最初こそ驚いたものだが、今はもう慣れきって、英恵を玄関脇のそこに送り出す。

 火吹き筒でふうふうと火おこしをする英恵の家は、忠人が死したことから『終わった』家とされるのだろうか。



 出汁巻き卵に、野菜たっぷりの味噌汁は、野菜からの出汁のみで味噌を溶いている。

 漬物はぬか床から毎朝取り出して、川魚の干物を焼く。

 この村に来て五日目の、何の変哲もない朝ごはんだ。


「そういえばさ」


 魚は小魚だから、頭から丸ごとかじりつく。塩加減が強いのは、取れた魚を長期保存するための知恵だろう。

 囲炉裏で焼くからまたこれが、香ばしい。


「英恵の家のなにか……歴史みたいの、知る手段ってないの?」


 英恵とともに、囲炉裏を取り囲んでの食事。いつも英恵は、太郎が半分を食べ終えるのを見届けてから、自分の分に箸をつける。


「ああ、アルバム、とか?」

「アルバム、あるの?」

「まあ……『終わった』家の人たちが、分けてくれたものくらいなんだけれど」

「へえ。じゃあ、食べ終わったら一旦、それ見せてほしいな」

「……わかった」


 朝は七時の朝食。英恵は食事の時間を一分だって待たせたことはない。いつも正確に、朝昼夕の食事を太郎に出す。

 壁掛け時計の振り子が、きっこきっこと揺れていた。



 洗い物をする英恵を横目に、太郎は英恵のアルバムに見入っていた。

 英恵を抱く女の人――あの座敷牢の中の写真だ。その母親は、老いたというよりは、不自然な老化。どう見ても初老、子をなせる年齢には見えなかった。


「英恵のお母さんって、三十五歳以下には見えないけど」

「ああ、それね。数年前まで、子産みは十五からだったの。だから……二十年子産みしたから……だから、この村も、少しは人権を考えるようになって、子産みが二十歳からになったの。テレビの影響」


 とはいえ、二十歳でも十分に若すぎると思う。都会で言えば、まだ大学生だ。お年玉だってもらう人もいる。

 そんな子供が、子供を産む。村の存続のためだけに。生贄にするためだけに。

 それだけで吐き気がするのに、忠人と英恵のツーショットに写る、異様な雰囲気。

 忠人は英恵を、子としてではなくなにか、なにか、異性としての視線をよせているように太郎には感じた。


「変わらないでしょ、お父さん」

「ん、ああ。そう言われると」


 この村の住人は、永遠に老いを繰り返す。それが呪い。死ぬことは許されない。

 英恵もまた、この村から永久に出られずに、ただ歳を重ねていくのだろうか。そもそも、この村から出るには、死ぬ以外に方法はない。


「英恵は、生贄に決まってたり、しないよな?」


 念のため、というよりは、英恵の今までの扱いを見て、疑問がわいた。

 英恵がこの村の大人たちに殴られたのは、記憶に新しい。

 今朝も、先だってもらった塗り薬を、傷口に塗る英恵の姿があった。

 殴る蹴る、それらはこの村ではなにも珍しくないらしい。

 それもこれも、英恵が女に生まれたからなのだ。


「私は……大丈夫。来年には成人するし」

「でも、じゃあなんで、英恵のこと、みんなが邪険にしてるんだ?」


 病院に行った時だって、カナじゃないほうの看護師は英恵に白々しい眼を向けていた。まるで、『もうすぐ死ぬんだから、手当なんて必要ない』、そんな風に。

 だから太郎は不安になって、英恵に聞いてみたのだ。

 思いのほか、英恵に笑い飛ばされてしまったが。


「それよりさ、遊園地、ってどんなところなの?」

「え? あ、ああ……観覧車とかジェットコースターとかがあるよ。丸一日、いても飽きない」

「楽しいの? なべなべ底抜けより?」

「そりゃあ……ああ、スマホもこの村にはないんだっけ」

「そうそう、ねえ、スマホ、触らせてよ」


 今日も、朝食の傍ら、傍にスマホを置いていた太郎に、英恵はにじり寄るようにして、太郎の方に身を寄せた。

 シャンプーの甘い香りがする。

 そういえば、ゆうやが死んだとき、あの放送部屋には花の香りが立ち込めていた。同時に、刺激臭――なにかの科学的なにおいもした、気がする。


「ああ、いいよ。このボタン押すと、液晶がつく」


 わきのボタンを押すと、液晶が明るくなった。待受け画面は、デフォルトの鳥の写真だ。


「ええ、面白い。ねえ、写真ってあるの?」

「ああ、それはな。なんか、忠人さんが亡くなった日になんだかバグって、写真は消えた。でも、この前のパンケーキの写真は残ってる」


 そう言って、太郎は英恵の持つスマホを操作して、この前のパンケーキの写真を画面いっぱいに表示した。

 ぱっと英恵の顔が明るくなった。


「すごい、これ、何度見ても、面白いよね。鏡で見る自分とは、なんか違う」

「そう? 変わらずきれいだと思うけど」

「きれい……? 太郎は私をそんな風に見ていたの?」

「あ、いや……ごめん。キモイよな」


 確かに英恵はきれいだと思う。けれど、異性としてというよりは、食べてしまいたいほどに強烈な渇望、衝動、という方が正しい。

 英恵の方はどうなのかわからないけれど。


「へえ、これが電卓。すごいね、そろばんと違って速い」

「いや、そろばんの暗記の方が速いって」

「そうなんだ。あ、こっちはメールっていうやつ?」

「そうそう」

「あ、メールは消えちゃったんだ」

「ん? そうみたいだな。なんか俺のスマホ、俺の情報ほぼないな」


 あはは、とごまかすように笑うと、英恵は口を引き結んで、首をかしげて笑うだけだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。