5-1、なべなべ底抜け
五、なべなべ底抜け
葬儀で四日目を丸々つぶした太郎は、少しばかりの焦りを見せていた。
太郎が死ねば、この呪いは終わる。ももの言葉が耳にこびりついて離れない。
もしかするとそれは本当なのかもしれない。だから、この村の住人は、太郎を疎んでいる。すべてのつじつまが合うには、この線が濃厚だった。英恵には口が裂けても言えないけれど。
「あと三日で呪いを解かないと……でも、次の呪いはもうわかった。なべなべ底抜け、だ」
だるまさんが転んだ、は、だるまという縁起物が転ぶ、つまり不吉なことが起きる前兆であるという見方がある。
とおりゃんせは、七つの子供の祝いに、お札を受けに行く歌だ。七つまでは神の子と言われ、昔は七歳まで生きられる子供は少なかったと言われる。だから、子供は七つまでは神の子なのだと、そう言い伝わってきた。
かごめかごめ、は籠の中の鳥、つまり、自由を奪われた女を指すとも言われている。そして、鶴と亀が滑る、というのは、流産を指すとも言われている。
はないちもんめ、は鬼に隠れて人を呼ぶ歌だ。つまり、ももがカナという母を欲したせいで、ゆうやが呪われた。
最後に今回の、なべなべ底抜け。
これは、底が抜けて不吉だから、新しいものに変える、という意味合いを持っていた。
「お正月のわらべ歌は五つで、残りはひとつ。だとして、英恵、なにか当てはある?」
「私にはなんとも」
煮え切らない英恵に、ため息しか出なかった。
朝日が昇り始め、外には雪が降りしきっている。今日は外には出られないだろう。
昨日の雪が残っているところに、昨夜も牡丹雪がこれでもかというほどに降りしきった。
今年はよく振るな、と英恵がぼやいたのは今朝五時、つい一時間前ののことだった。
「私、朝ごはん作ってくる」
「ああ。英恵」
「うん?」
「ありがとう。英恵が傍にいてくれなかったら、俺、多分普段透りではいられなかったよ」
「なによそれ、変な太郎」
今時土間での台所なんて、太郎は最初こそ驚いたものだが、今はもう慣れきって、英恵を玄関脇のそこに送り出す。
火吹き筒でふうふうと火おこしをする英恵の家は、忠人が死したことから『終わった』家とされるのだろうか。
出汁巻き卵に、野菜たっぷりの味噌汁は、野菜からの出汁のみで味噌を溶いている。
漬物はぬか床から毎朝取り出して、川魚の干物を焼く。
この村に来て五日目の、何の変哲もない朝ごはんだ。
「そういえばさ」
魚は小魚だから、頭から丸ごとかじりつく。塩加減が強いのは、取れた魚を長期保存するための知恵だろう。
囲炉裏で焼くからまたこれが、香ばしい。
「英恵の家のなにか……歴史みたいの、知る手段ってないの?」
英恵とともに、囲炉裏を取り囲んでの食事。いつも英恵は、太郎が半分を食べ終えるのを見届けてから、自分の分に箸をつける。
「ああ、アルバム、とか?」
「アルバム、あるの?」
「まあ……『終わった』家の人たちが、分けてくれたものくらいなんだけれど」
「へえ。じゃあ、食べ終わったら一旦、それ見せてほしいな」
「……わかった」
朝は七時の朝食。英恵は食事の時間を一分だって待たせたことはない。いつも正確に、朝昼夕の食事を太郎に出す。
壁掛け時計の振り子が、きっこきっこと揺れていた。
洗い物をする英恵を横目に、太郎は英恵のアルバムに見入っていた。
英恵を抱く女の人――あの座敷牢の中の写真だ。その母親は、老いたというよりは、不自然な老化。どう見ても初老、子をなせる年齢には見えなかった。
「英恵のお母さんって、三十五歳以下には見えないけど」
「ああ、それね。数年前まで、子産みは十五からだったの。だから……二十年子産みしたから……だから、この村も、少しは人権を考えるようになって、子産みが二十歳からになったの。テレビの影響」
とはいえ、二十歳でも十分に若すぎると思う。都会で言えば、まだ大学生だ。お年玉だってもらう人もいる。
そんな子供が、子供を産む。村の存続のためだけに。生贄にするためだけに。
それだけで吐き気がするのに、忠人と英恵のツーショットに写る、異様な雰囲気。
忠人は英恵を、子としてではなくなにか、なにか、異性としての視線をよせているように太郎には感じた。
「変わらないでしょ、お父さん」
「ん、ああ。そう言われると」
この村の住人は、永遠に老いを繰り返す。それが呪い。死ぬことは許されない。
英恵もまた、この村から永久に出られずに、ただ歳を重ねていくのだろうか。そもそも、この村から出るには、死ぬ以外に方法はない。
「英恵は、生贄に決まってたり、しないよな?」
念のため、というよりは、英恵の今までの扱いを見て、疑問がわいた。
英恵がこの村の大人たちに殴られたのは、記憶に新しい。
今朝も、先だってもらった塗り薬を、傷口に塗る英恵の姿があった。
殴る蹴る、それらはこの村ではなにも珍しくないらしい。
それもこれも、英恵が女に生まれたからなのだ。
「私は……大丈夫。来年には成人するし」
「でも、じゃあなんで、英恵のこと、みんなが邪険にしてるんだ?」
病院に行った時だって、カナじゃないほうの看護師は英恵に白々しい眼を向けていた。まるで、『もうすぐ死ぬんだから、手当なんて必要ない』、そんな風に。
だから太郎は不安になって、英恵に聞いてみたのだ。
思いのほか、英恵に笑い飛ばされてしまったが。
「それよりさ、遊園地、ってどんなところなの?」
「え? あ、ああ……観覧車とかジェットコースターとかがあるよ。丸一日、いても飽きない」
「楽しいの? なべなべ底抜けより?」
「そりゃあ……ああ、スマホもこの村にはないんだっけ」
「そうそう、ねえ、スマホ、触らせてよ」
今日も、朝食の傍ら、傍にスマホを置いていた太郎に、英恵はにじり寄るようにして、太郎の方に身を寄せた。
シャンプーの甘い香りがする。
そういえば、ゆうやが死んだとき、あの放送部屋には花の香りが立ち込めていた。同時に、刺激臭――なにかの科学的なにおいもした、気がする。
「ああ、いいよ。このボタン押すと、液晶がつく」
わきのボタンを押すと、液晶が明るくなった。待受け画面は、デフォルトの鳥の写真だ。
「ええ、面白い。ねえ、写真ってあるの?」
「ああ、それはな。なんか、忠人さんが亡くなった日になんだかバグって、写真は消えた。でも、この前のパンケーキの写真は残ってる」
そう言って、太郎は英恵の持つスマホを操作して、この前のパンケーキの写真を画面いっぱいに表示した。
ぱっと英恵の顔が明るくなった。
「すごい、これ、何度見ても、面白いよね。鏡で見る自分とは、なんか違う」
「そう? 変わらずきれいだと思うけど」
「きれい……? 太郎は私をそんな風に見ていたの?」
「あ、いや……ごめん。キモイよな」
確かに英恵はきれいだと思う。けれど、異性としてというよりは、食べてしまいたいほどに強烈な渇望、衝動、という方が正しい。
英恵の方はどうなのかわからないけれど。
「へえ、これが電卓。すごいね、そろばんと違って速い」
「いや、そろばんの暗記の方が速いって」
「そうなんだ。あ、こっちはメールっていうやつ?」
「そうそう」
「あ、メールは消えちゃったんだ」
「ん? そうみたいだな。なんか俺のスマホ、俺の情報ほぼないな」
あはは、とごまかすように笑うと、英恵は口を引き結んで、首をかしげて笑うだけだった。




