4-5、はないちもんめ⑤
ゆうやが死んだ次の日、つまり一月四日、太郎と英恵は、その葬儀に参列している。
太郎は、忠人の喪服を借りて、英恵とともにカナの家へと赴いていた。
「ああ、ようやくこの家も、『終わった』のか」
「ええ。来月八歳になるから、心配していたんだが」
大人たちが――初老の男性の集団が、ひそひそと耳打ちしている。
ももに聞いていなかったら、その会話の意味は分からなかった。終わった、というのは、その家から生贄を出し終えた。という意味だ。
つまり、今後その家は、この村のしきたりに従って、二度は生贄をよこさなくていいし、古い家に科学を取り入れることも許される。
太郎は、ぶかぶかの喪服を正しながら、ご焼香をあげて、カナに頭を下げた。
「ご愁傷さまです」
「太郎くん。英恵ちゃん、ありがとう」
でも、家の向こう側の木の影に隠れているももには、気づいているのに気づかないふりをしていた。
「死因は、なんだったんですか?」
「それが……わからないって言われたの。看護師の私にも、死因がなんなのか」
カナは、ひとり息子を失った。あの子が欲しい、あの子じゃわからん。この子が欲しい、この子じゃわからん。
結局、わらべ歌の通りになってしまった。
ゆうやは、ももの代わりに死んだのだ。ももが母親――カナのもとに帰りたいと願ったその心が、呪いを生んだのかもしれない。
いや、だとしたら。
「今までの呪いも、誰かの願望が関わっている?」
太郎はスマホのメモ帳を起動する。相変わらず圏外だが、簡単な操作だけはできるようだった。
「だるまさんが転んだ、で死んだのは」
英恵の父親、忠人。
「とおりゃんせで死んだのが」
英恵になついていた、かいと。
「かごめかごめで死んだのは」
川の向こう側に住む、八重。
「で、今回のはないちもんめで死んだのが、ゆうや」
どれも、ぱっと見では、共通する人物が浮上しない。
手詰まりだった。
「太郎、不謹慎だよ」
「ごめん。気になることがあって」
「気になる?」
スマホを英恵に見せるように傾ける。そこには、『死因は誰かの願望?』と書かれていた。
英恵がふるふると首を横に振る。
「願望で呪い殺されたら、たまったもんじゃないわよ?」
「まあ、そう。だよなあ」
しかし、わかったこともある。やはりこの呪いは、お正月の子供たちの遊びに関連している。
お正月は、だるまさんが転んだをして、とおりゃんせを歌い、かごめかごめで遊んで、はないちもんめをする。そして最後が。
「このあと、なべなべ底抜け。をするんだよ、なあ」
英恵の口元が、きゅっと引き締まっていた。
葬儀の帰り道、厄落としにどこかに寄ろう、と英恵に案内されたのは、英恵の母校らしかった。
英恵が気を使っているのは明らかだった。ももに死ねと言われて、太郎はそれができなかった。「それでいいんだよ」と英恵は慰めてくれたが、だけど、やっぱり自分が情けない。
かいとにできて、太郎にはそれができなかった。
人の生き死になんて、深く考えたことがなかった。自分には無関係だと、目をそらしてきた。
都会に生きていれば、みんなそうだ。
自分のことで精いっぱいで、他者のことなんて二の次だ。
だからこそ、だからこそ太郎は願う。この村の呪いが、終わりますように、と。
英恵に案内された学校は、校舎が二つしかなかった。
この村の学校は小中高校まで一貫で、高校には科が二つあって、普通科と看護学科があるらしい。
だとして、はてと太郎は首を傾げた。
「でも、医者もいるよな、この村」
「うん、いるよ?」
「でも、医師免許は国家資格。国家資格は、主要都市に行かなきゃ受験できない。准看護師ならば、県知事資格だから村でも可能かもしれないけど……」
英恵の顔が、曇る。
校庭の真ん中、英恵が雪を手で丸めて、ぼっと太郎の方に投げてきた。
雪は丸めると思いのほか重量が増す。当たったら痛いのは明らかなので、太郎はそれを思いきりよけた。が、少しだけかすって、服が雪で汚れた。
「つめた! え、なにするの」
「今そんなこと、どうでもいいじゃん」
「どうでもよくは……だって、この村は外界から隔たれているんだから、誰も出入りできない」
「……そうだよね。そう、この村のおかしなところは、そこなのよ」
英恵がまた、雪玉を太郎に投げた。今度は完全によけて、仕返しに投げ返してやった。
英恵が「きゃ」と声を上げた。驚きよりは、楽しさのにじんだ声だった。
「この村の老人は、死なないんだ」
「え?」
「子供は――二十歳未満の子供はね、死ぬの。生贄だけが、死ぬの。この村は」
「待って。生贄だけが? ……いや、だったら忠人さんは」
「ああ、お父さん。お父さんは特別だよ。お正月の呪い解きだけは、大人も子供も関係なく、呪われた人間が死んでいくの。だからみんな、太郎にひどいことを言うの。自分たちが死にたくないから。八つ当たりだね」
そんなこと、信じられるわけが。
しかし、英恵の顔は笑っているのに、妙な寒々しさがあった。
本当、なのだろうか。
雪玉を作る手が、止まった。校庭の雪は真っ白なままだ。冬休みだから誰も足を踏み入れていない。
その純白が、美しくも恐ろしかった。
「すきありっ!」
英恵の雪の玉が、太郎の顔面にぶつかった。鼻がじわっとして、赤い液体が雪に染みを作る。
「え、うそ。なんで避けないの!? 大丈夫!?」
カバンからハンカチを取り出して、英恵が太郎にかけよった。
じんじんと痛む鼻と冬の寒さでかじかむ手が、この世界を現実だと強く訴えてくる。
こんな村、あってたまるか。
「英恵。この村……おまえは、この村で、死ぬことも許されずに、生き続けるのか?」
「うん。それが幸せなんだって。あ、でも。一応私、まだ子供だから」
つまり、来年までは、英恵は生贄として死ぬ『ことができる』という風に、太郎は受け取った。
死ぬこともかなわずに、老いるばかりで、この村人たちは、なにを幸せとして生きているのだろうか。
「でもね、長く生きれば生きるほど、この村から出たくないって。このまま永遠に村で生きたいって。そんなこと、言うの」
「そう、なんだ。……英恵は?」
「え?」
「英恵は、永遠に生きたい? この村を出ていきたい?」
太郎の鼻血を拭く英恵の手を、太郎はしっかりと、しっかりと握った。
じわ、と白いハンカチが赤く染まっていく。まるで英恵の運命のように、赤色が白を侵食して、英恵はハンカチを手放して、太郎の背中に手を回した。
「私は、この村を出たいの。だから太郎」
「うん」
「太郎がもし、この村の呪いを解いて外に帰ることになったら」
太郎もまた、英恵の背中に手を回す。英恵はきゃしゃで、折れてしまいそうだった。
葬儀の後だから、喪服に薄い黒いストッキングを履いている。その足が、寒さからか恐怖からか、震えている。
「もしも太郎が外に帰るとなったら、私を選んで」
「選ぶ?」
「そう、どんなことが起きても、太郎。私、太郎と一緒にいきたい。だから、私を絶対に、選んでね?」
「わか、った。選ぶよ。俺は、どんなことがあってもこの呪いを解くし、それで、英恵を外の世界に連れていく。だから、泣くな。泣かないでくれ」
血で汚れたハンカチが、雪に埋もれて消えていく。そのまま二人も、この村から人知れず消えることができたらいいのに。
けれど、無いものねだりなんて、太郎はしない。この村の不可解は、太郎の手にかかっているのだから。




