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供犠の村  作者: 空岡立夏
19/32

4-4、はないちもんめ④

 ももを放っておくわけにもいかず、太郎と英恵は、ももを家まで送り届けることにした。

 ももの歩幅は狭く、今にも倒れそうによろめいている。足に力が入っていない。

 先ほど土下座した膝には泥がついたままで、誰も払ってやることができない。


「ももちゃん、あの。大丈夫?」

「あは。大丈夫。私さ、天涯孤独じゃない? だからかな、ゆうやくんが弟みたいにかわいくて」


 それだけじゃないと太郎も英恵も知っている。それくらい、ゆうやとももは、似ている。

 しかし、それを口にすることは憚られた。言葉にするのもおぞましい。

 唯一の家族である父親は、血の繋がりのないももをあっさりと捨てた。だからももは、天涯孤独。

 歩幅を狭く、狭く、狭く。

 ももの家まで小一時間、お昼の十二時になって、村内の放送が流れだす。

 きーんこーんかーんこーん!


『お昼をお知らせせせせせせせせせせせせせせ』


 じじじ、じじ。電波が途切れる。


『ももねえ、ももねえ、助けて!』


 放送から聞こえたのは、ゆうやの声である。なぜ。

 戸惑う太郎。英恵も動けない。しかし、ももは迷うことなく走り出していた。ももは紛れもなく、ゆうやの姉だった。たとえ周りが認めなくとも、血のつながりは、否定できない。



 放送室は、病院の真隣にある、市役所の一角に居を据えている。

 ここには、二十四時間体制で人が待機し、朝の放送、昼の放送、夜の放送が発信される。

 しかし、それでも、放送は正月は休みだったらしく、今日の昼から再開されたらしい。

 放送部屋は鍵はかかっておらず、ドアが開け放たれていた。まるで導くように。

 太郎は英恵とももの手を、ぎゅっと握った。


「行こう」


 太郎に迷いはなかった。



 放送部屋に入ると、花が敷き詰められている。何種類も。

 いろんな香りが混じって、気持ちが悪い。目にも染みる。

 花が導くように廊下の左右に盛り立てられている。向こう側の廊下の突き当たりの右に向かって、花が曲がった。廊下がぬるりと滑る。

 これは本当に花の香りだろうか。呼吸がしづらい。頭がくらくらする。


 けれど今はそれよりも、ゆうやを助けなければ。

「ゆうや!」


 放送部屋の中を駆けていく。花が導く先、一個一個の部屋ドアを開けて、ゆうやがいないか確認する。

 一番奥の部屋のドアを開けて、ようやくゆうやの姿が見えた。

 放送用のマイクの前に、椅子が二つ、並んでいる。椅子のまわりを取り囲む、色とりどりの花たち。仏花だ。

 椅子の上、花に包まれた真ん中に、体をけいれんさせるゆうやの姿があった。

 ももが反射的に触れようとするも、英恵が止める。ゆうやを動かしては、危険だと判断したのだ。

 英恵と太郎、ももは、ゆっくりゆうやに近寄る。息がない。


「……!?」


 しかし、英恵がその場に倒れる。ももも。


「ふたりとも、どうした!?」


 ゆうやのその脇、カーテンの向こうに、『人の気配』がする。見覚えのある泥の靴。暴こうと歩み寄るも、膝が折れた。


「え……?」


 太郎の目が、ぐるんと白目になる。気を失ったのだ。

 ゆうやを助けに行って、ももも英恵も太郎も、その呪いにあてられたのである。



 目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。

 病院には明るい電灯があって、その天井をぼんやりと眺めながら、太郎は現状をすぐには理解できなかった。


「ゆうや、ゆうやぁ!」


 カナの泣き声に、太郎はようやく思い出す。ゆうやを助けに行った後の記憶が、ない。

 起き上がると、脳貧血で頭がくらくらした。点滴が繋いである。

 医者に泣きすがるカナと、その後ろで泣いているももの悲痛な表情に、なにが起きたのかわからなかった。


「え、ゆうやくんは?」

「なんで。なんで。あんたが家に来たから、ゆうやを病院に連れてきて待たせていたら。放送部屋で、呪いに襲われて死ぬなんて」


 いま、なんて?

 太郎は勢いよく立ち上がる。ももと英恵は既に意識を取り戻し、病院着でゆうや『だったもの』のを見下ろしている。遺骨だった。

 カナがゆうやの名を呼んで、骨壷を抱きしめる。


「なんで……ゆうやくんが死んで……」

「私たち、いつの間にか病院前に倒れたていたらしいの。でもその時にはゆうやは意識がなくて……植物状態で助からないって判断されて……呪いが周りに伝播する前に、病院の併設の火葬場に――」


 だとして、なぜ放送部屋にゆうやがいたのだろうか。

 カナは自分が働く病院にゆうやを連れてきて、近くで遊ばせていた。だけどゆうやは、自分にかまってくれないカナに苛立ち、カナの目を盗んで放送部屋に入った。

 そして、そこで呪いにあてられた。


「ゆうや、ゆうや!」


 ゆうやが死んで、遺骨が霊安室に運ばれて、カナは誰もその部屋に近づかせなかった。

 霊安室の廊下で、ももが泣いている。

 ももの目が真っ赤に腫れて、泣いても泣いても涙が枯れることはない。

 向こうの部屋から、カナと医師の声が聞こえる。


『インスリンの数が合わない』『今はゆうやのところにいたたいのであとにしてもらえますか』『でも、カナさんは看護師なんだから、責任問題だぞ?』


「私のせいだ、ゆうや、ごめんね、ごめんね。いまお医者さま呼ぶから」

「もも、落ち着いて。ゆうやは死んだって、もう火葬も終わったんだから」

「でも、でも。神さまに頼めば」

「いくら神さまでも、死人を生き返らせることはできないよ」


 そこで、ももは霊安室から太郎の方に視線を移した。その目に、太郎は見覚えがあった。

 よそ者を見る、村人の、目だ。

 ため息を悟られないように、太郎はももの目を見返した。


「あなたのせいよ!」

「もも、太郎はなにも悪くない。悪いのは呪い……もっと言えば、太郎をこの村に招いてしまった、私」

「英恵は黙ってて! なにが呪いを解く、よ。あなたのせいで、ゆうやが死んだ。あなたさえ死ねば、すべて片付くのに」

「そう、なのか……? 俺が死ねば。最後の一人は救えるのか?」


 残すところは、なべなべ底抜け。

 ももは、ふと息を吐き出した。


「あなたには、できないでしょうね」

「できないって……俺だって、他人が死ぬくらいなら」

「私たちにはできる。この村で育ったから。でも、よそ者のあなたには、自死なんてとてもできないでしょう!?」


 ももとは打ち解けられたと思ったのに、悲劇は簡単に人の絆を壊してみせる。

 それがたまらなく悲しくて、悔しかった。

 太郎は、霊安室のドアの前の儀式棚にある、ナイフを手に取った。

 霊安室のドア前の棚には、この村独特の風習で、ナイフ、榊、だるま、子供の人形、それに、お神酒が置いてあった。神や呪いを霊安室に入れないためらしい。

 そのナイフを、迷うことなく太郎は握りとった。

 そのまま、そのナイフを首に突き付ける。

 少しでも力を籠めれば、太郎の頸動脈が切れて、即死だ。


「太郎、落ち着いて」


 英恵が太郎の方に手を伸ばす。ナイフをよこせ、という意味だ。だけど、太郎はふるふると首を横に振って、手に力を入れ直す。


「俺が死ねば、呪いは終わるんだろ?」

「そうよ、終わる。太郎が死ねば」


 ももが煽る。しかし、英恵はふるふると首を横に振って、太郎に一歩、歩み寄った。

 あの時と同じだ、と太郎は思った。かいとが死んだときと、同じなのだ。

 違うのは、死のうとしているのが太郎で、助けようとしているのが英恵。そして、英恵を邪魔する大人は、いない。

 太郎は、動けなかった。首を切ることが、できなかった。

 死ぬ覚悟なんて、持てるはずがない。七歳のかいとにできたことが、太郎にはできない。

 英恵が、ナイフの刃を握るようにして、太郎からナイフを奪った。英恵の手に血が滴る。

 太郎がその場に座り込む。泣いていた。太郎は『生きていること』に泣いたのだ。

 死ぬと思うと、怖かった。死ぬ勇気なんて、持てなかった。

 死にたくない、けれどもっと、これ以上人を死なせたくない。


「はっ、ほら。よそ者だから、死ぬこともできない」

「そうだ。俺は、ももちゃんの妹さんのようにはなれない」

「妹を語らないでっ!」


 ももが太郎をにらんだ。しかし、英恵が太郎とももの間に割って入って、ももは息を吐きだし、英恵を笑った。


「英恵のせいじゃん。全部、全部」

「そうだよ。だから、太郎を責めないで」

「はは、お似合い。よそ者と生贄同士、慰めあったらいい!」


 ももがどかどかと病院を出ていく。

 二人きりになって、英恵は太郎を振り返った。へたり込んで泣く太郎に、英恵もしゃがんで、太郎を抱きしめた。


「大丈夫。これ以上村人は、死なないから」

「英恵?」

「太郎は太郎のままで、いいんだよ」


 その言葉が、妙に寂しい。

 その時、英恵の穏やかな声にかぶせるように、夕方の放送が外に流れた。不快な音を立てながら、子供の声が、空を駆ける。

 

 勝って嬉しい花いちもんめ、負けて悔しい花いちもんめ

 隣のおばさんちょっと来ておくれ

 鬼がいるから行かれない

 お布団かぶってちょっと来ておくれ

 お布団ビリビリ行かれない

 あの子が欲しい、あのこじゃわからん

 この子が欲しい、このこじゃわからん

 相談しましょ、そうしましょ


 じじ、じ。と放送部屋から音楽が流れる。今、病院の隣の放送部屋には、誰がいるというのだろうか。

 いるのだろうか、人間が。

 これは呪いで、この歌もそれらが流しているのなら、探しに行くことすら無駄に感じる。

 太郎はそれくらい、絶望していた。

 病院の外に、叫び声が聞こえる。カナとももが、言い争っているらしかった。


「あんたが死ねばよかったのよ! あんたの盗られた妹だって、あんたの代わりに死んだって。なら、今度はアンタが死ぬべきでしょう!?」

「それは……! 仕方なかったのよ! 妹はまだ七歳だった。私はもう、その時十五歳だった。神様の生贄には、年齢が行き過ぎてて! お父さんとおんなじこと言わないでよ!」


 ももが泣きじゃくる。もう、なにもかもどうでもいい。

 カナは霊安室に入っていって、死んだゆうやの骨壷を抱き抱えて、悲しみの涙を流したまま、病院を出ていく。


「カナさん、まだ呪いがあるかもしれない。だからひとりでの行動は」

「いいえ。大人はこの呪いにかからないのよ。私はもう、この子が死んだら呪いなんてどうでもいい。この子のいない世界なんて。私はこの子と、最後の夜を過ごすから、お通夜も葬式にもこないで、もも」


 それだけ言い残して、カナはナース服のまま、病院を出ていった。



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