1-1、だるまさんがころんだ
一、だるまさんがころんだ
宿に戻る途中、恐る恐るといった風に、民家から子供たちの姿が見えた。
太郎と英恵があの森でなにをしていたのか、おそらく村の誰もが知っているのだろう。
大人たちもまた、家を出ていく子供たちを見守りながら、太郎に白い眼を向けていた。
わらわらと子供たちが太郎と英恵を取り囲む。子供たちの目に、憎悪などはない。ただ、好奇心と、純粋という名の邪悪さ。
「よそ者だ」
「来た、来た。あれが」
「し。話しちゃだめだよ、呪われる」
お正月だというのに人がいなかったのは、この日に限って、村の外から呪いを解く人間が訪れるからなのだろう。
子供たちが、『大人たちの言葉』をそのまま、太郎にぶつけた。
つまり、家の中では、太郎の来訪を固唾をのんで見守って、太郎が本当に『呪いを解く客人』なのかを見定めていたのだろう。
子供たちの言葉に、感情はこもっていない。マネしているだけなのだ、大人たちの言葉を。
言葉の意味を深く考えず、大人たちの言葉を正しいと思い込んで、子供たちは純粋にも、言葉の刃を太郎に投げかけたのである。
やはりこの村には、悪習が残っている。
太郎はそんなことを思いながら、子供たちの視線に耐える。
「英恵。英恵は本当に、この村から出たことがないのか?」
「うん、ないよ。私、この村にはなんでもあるの。川があるから魚はとれるし、肉も野菜も自給自足なの。テレビだって普通につくし。なのに、あの森の先になにがあるのかは、誰も知らない」
「あの森、が……神域なのか……?」
英恵は、この村を出られなくなった太郎にショックを受けたのか、足元がおぼつかない。
会って間もない太郎がこんなことをするのは気が引けたが、太郎は英恵の手を取り、肩に回した。英恵の手は、雪にかじかんで冷たかった。手だけじゃない、体もまた、氷のように冷たい。
「太郎、大丈夫だから」
「大丈夫じゃないだろ。一応俺のせいだし」
「太郎のせい?」
「そう……俺が正月以外の日に、ここに来れば、入れることもなかったし、出なくなることもなかったんだろうけど」
太郎が言うと、英恵は少し間を開けてから、「そうだね」と答えた。否定しないところを見ると、やはり英恵も、どこかで太郎を疎んでいるいうことだろう。
それは仕方がないことだ。
太郎が少しばかり肩を落としながら歩くと、その後ろに、ばしん! と衝撃が走った。
「いたっ!?」
「この、なんで来たんだ!」
ひとりの子供である。その子供は躊躇いなく太郎の背中を叩いた。
振り向くと、半纏を着た、太郎の腰ほどまでの身長の男の子が、たたずんでいた。
その目に邪悪は一切なく、ただ純粋に、『英恵を心配している』ようだった。
英恵が目で子供を叱るも、子供はなんら臆することなく、英恵を太郎の手から奪った。
奪ったが、英恵がやはり転びそうなのを見て、太郎は英恵の背中に手を添えた。
そしてまた、子供は太郎の手を叩く。
子供にとって、この村の言い伝えは世界のすべてに違いない。いいも悪いも判断ができない子供にとって、世界の真実は両親そのものだ。だから、悪意は他者にむき出しになるし、善意もまた、素直に他者に向けてしまう。
だからこそ、太郎は本当に、自分がこの村人に歓迎されていないことを、知ってしまった。
「ごめん、なんか俺」
「こら、かいと。お客さんを叩いちゃダメでしょ?」
英恵がかいとと呼ばれた少年――七歳くらいの男の子だ――をいさめる。男の子は顔をうつむかせて、「だってえ、はなねえが泣いてんだもん」とすねた。
この少年は、ただひたすらに、英恵を助けたいらしかった。
その顔は心なしか赤い。七歳とはいえ、もういっぱしの紳士気取りで、つまるところ、白馬の王子さまにでもなりたいらしい。
今度こそ、太郎の手が英恵から離れた。叩かれたからではない。太郎が『異質』だと悟ったからだった。
「ごめんな、お姉ちゃんを泣かせちゃって」
「そ、そうだよ! お兄ちゃん誰! なんではなねえに触ってんの!」
英恵から手を離したというのに、ばし、とまた太郎は叩かれて、英恵のわきからさらに一歩、離される。
そのまま、かいとが「大丈夫?」と英恵を覗き込んで、つまりこれは、かいとは英恵に心を寄せているらしかった。
かわいらしい。なんて、普段なら思うのだろうが、今日はそんな気持ちはみじんもわかなかった。
このやり取りだけで、太郎は自分が場違いな気がして、目線を泳がせ、手も、心も、存在も、行き場を失った。
「はなねえ、俺の手、握って」
かいとが、英恵の手を優しく握った。英恵は遠慮がちながらも、かいとを『男』として認めたかのように、少しだけ体を預けている。
かいとが勝ち誇ったように太郎を見た。ほらみろ、英恵は自分のものだ、満面の笑みがそう言っている。
かいとはどうやら、大人たちの噂話をうのみにして太郎を阻んだというよりは、太郎が英恵に触れていたことに憤慨し、『大人たちの言葉を借りて』威嚇しに来たらしかった。
太郎にも、そんな時代はあった。男の子は、一度は年上のお姉さんに恋をする。いや、これは単なる村意識なのかもしれないが。
「かいとくん、ごめんって。俺と英恵は、たんなる客と店主の関係だよ」
「本当に? お父さんもお母さんも、あなたがはなねえを連れていくって。言ってたから」
「ないないない。連れてくってなに!? 俺そんな悪いやつ認定されているの?」
む、と口をとがらせて、かいとは黙り込んだ。その様子は子供そのもので、大人たちに比べれば、子供とは仲良くなれるのではと、太郎はぼんやりと思う。
周りを見れば、いつの間にか子供たちが外に出てきている。みんな、太郎を物珍しそうに見つめており、確かに、村の外から来た部外者なのだと太郎に知らしめる。
しかし、子供たちの目は、最初こそ化け物を見に来たかのような好機のそれであったのに対し、太郎が『人間』だとわかるや、そろりと、まるで転校生に話しかけるがごとく、好奇心に任せて太郎を取り囲んできたのだった。
「ねえ、お兄ちゃん。だるまさんが転んだ、しようよ」
そうして、とある男の子が、言った。
男の子、といっても、太郎の周りに集まった子供は五人が五人、男の子だった。
「え、急だな。なんで。今時だるまさんが転んだなんてする子供いるのか」
「だって、お正月はね、最初にだるまさんが転んだをして、とおりゃんせを歌って、かごめかごめして、はないちもんめ、最後になべなべ底抜けするって決まってるんだよ」
「へえ、村の伝統行事みたいな? そっか、じゃあ、やるか。だるまさんがころんだ」
なるべく、打ち解けたいという下心はあった。太郎は、この村のことを知らねばならない。なぜなら、松の内のうちに呪いを解かなければ、太郎もまた、この村の人間に同化する。つまり、村から出られなくなるのだ。
とはいっても、閉鎖的な村組織というのは、厄介だ。民俗学でよく研究されているけれど、村にはしきたりや上下関係が存在することが多いし、だったらまず、子供たちに取り入るのが得策だろう。
太郎はしゃがんで、子供たちに視線を合わせた。
すると、かいとが英恵の手を引きながら、
「じゃあ、お兄ちゃんが最初の鬼!」
「げ、かいとくん、ひどいな」
「いいじゃん、じゃあ、公園行こう!」
かいとが元気に一歩飛び跳ねる。先ほどまでの敵対心はどこかに消えて、太郎はようやく、この村の『来客』としては、認められたようだった。
英恵もまた、かいとに手を引かれて、向こうに走っていく。
村の真ん中あたりには、公園がある。そこまで子供たちとともに走って、太郎は公園の中央にある、ご神木に案内された。
「ここで十数えてね」
「おう、かいとくん、俺、こう見えてだるまさんが転んだ、強いからな」
「はは、嘘だあ。僕たちの方が強いんだから!」
かいとがご神木から五メートルほど離れた場所に走っていく。
ほかの子供たちもまた、大きな一本の木――しめ縄のかかった杉を中心にして、周りを取り囲んだ。
「はじめの一歩、とーんだ!」
かいとの威勢のいい声。次々に子供たちが跳ねる音、泥がびちゃ、と飛び散る音が聞こえてきた。
太郎は音が一度やんでから、すうと息を吸い込んだ。
現状、呪いがなんなのか、英恵もわからないようだし、だったら、この村になじむのが先だ。
子供が受け入れてくれたら、次はその両親。
そうやって、なにか、なにかこの村の呪いを解く方法を探せばいい。
「よーし、だるまさーんが……こーろんだ!」
後ろを振り返る。しっかり英恵も参加していた。体が揺れている。
体幹が弱いのか、英恵の身体は小刻みに揺れて、右足がぽろ、と前に踏み出た。
「英恵、アウト!」
「えー、太郎、本当にちゃんと見てる? ひいきしてない?」
英恵が文句を垂れる。しかし、足はしっかり前に進んで太郎の方に向かって歩いて来ている。ようは、英恵も自分がアウトだと自覚はしているのだ。
「してないしてない」
英恵が杉の木の隣に立ち、太郎は今一度太郎は杉の木の方を見る。手を目の高さに曲げて、そこにおでこを乗せて目をふさぐ。
だるまさんが転んだは、昔遊んだことがあるが、だるまというのは縁起物で、それが転ぶなんてこと、あるのだろうか。
だって、だるまには重りが入っていて、どんなに押しても転ばないから、縁起物として今も受験のときなんかは、みんなが買い付ける。
「だるま……さん……が、ころんだ!」
振り返る。みんながキャッキャと笑っている。打ち解けられた、のだろうか。
かいとの右足が宙に浮いている。右足を前に曲げて、一歩歩き出す瞬間に、太郎が振り返ったのだ。
かいとの筋肉がプルプルと震えている。太郎はかいと、そしてほかの子供たちを見渡す。
『今回は』見逃そう。
太郎がまた、杉の木を見る。子供たちが、楽しそうに笑っていた。




