4-2、はないちもんめ②
病院に着くと、正月だというのに患者が押し寄せている。というよりは、正月休みという概念がないらしく、通常の時間帯での診察が始まっていたのだった。
いや、そもそもこの村は、なにかがおかしい。何度も感じている違和感の正体は、ひとつやふたつではないようだ。
年寄りばかりの患者は、都会でも珍しくはない。待合室と外にまで――百人近い老人たちが押し寄せるなんてこと、あるのだろうか。この小さな村で、老人が百人。
太郎が違和感の正体を探る中、英恵は淡々と受付を済ませる。
「ええと、予約してなくて」
英恵が受付に言うと、受付の看護師が顔をゆがめた。
そこでようやく、太郎が看護師の方に目を向けた。その濁った黒い瞳に、一瞬だけ気圧される。
隣の英恵を見れば、帰り支度をしている。
なぜ英恵は、この村の人間なのに、村人にさげすまれているのだろうか?
いや、今はそれよりも。
太郎はなるべく声を明るく、
「傷の消毒をお願いしたくて」
英恵が帰ろうとしたのを察して、すかさず後ろから声をかけた。
看護師の表情がぱっと明るいものに変わった。この村に女は二人しか見たことがなかったが、病院には知らぬ顔が二人、いた。
ひとりは英恵を憎々しく見、もうひとりは英恵に気づくと、柔和に微笑んだ。
「ええ、じゃあ順番制なので。午後五時くらいになると思います」
英恵に冷たい目を向ける看護師が言った。
「そんなに!?」
太郎は壁掛け時計を見やる。
今は朝の九時。しかし、村中から年寄りが集まったらしく、待合室の椅子も、廊下も人でごった返していた。その中に、子供は一人。やはり、少ない。
とはいえ、それにしたって、村の人間の数が多い。外も併せて、百だ。
病気の人間だけでこれなのだから、村全体では、もっと数がいるのではないだろうか。
この村に、こんなに人が住んでいたなんて。
「英恵ちゃん、英恵ちゃん」
話しかけてきたのは、中年の女性である。先ほど、英恵に笑みを向けた方の看護師だった。
そのいでたちは恰幅がよく、親しみのあるものだった。
「あ、ゆうやくんママ」
「ほんと、元旦から嫌になるわよねえ。今日は怪我?」
英恵の傷を指さして、ゆうやくんママが笑っている。英恵への差別的な様子は一切なく、太郎はほっとして、ゆうやくんママの方を見た。
「あれ、そっちの子は? 彼氏?」
「や、違くて。太郎さん。お正月にこの村に来た」
「ああ、あなたがこの村に来た人なんだ、今年は」
ふうん、とナースステーションからこちらを見て、ゆうやくんママが太郎を見ている。
英恵に向けるものとは違い、少しの物珍しさ――奇異の目を向けられる。でも、もうこの目には慣れた。
「私、桜田カナ。カナおばさんって呼んでいいよ」
「あ、山野太郎です」
「うん、太郎くん。君、ナイスな判断だったよ」
英恵の傷のことである。プロから見ても、この化膿の具合はよろしくないらしい。
カナがこっちこっち、と手招きしたのは、処置室だった。
「緊急性高いから、先生呼んであげる」
「わ、ありがとうございます。ゆうやくんママ」
「それで、かわりと言ったらなんだけど」
ただで治してくれるはずもなかった。太郎は少しだけ落胆と、不安を感じるも、カナの頼みは至極まっとうなものだった。
「このお正月、ろくに家に帰れてなくて。ゆうやの様子、見て来てくれない?」
「もちろん、喜んで」
腕の傷の消毒をして、抗生物質の薬を処方される。その間、カナは忙しなく患者の世話をしている。
看護師の鏡だ。誰に対しても平等で、優しく笑顔を絶やさない。
だが、どこかで見覚えがあるな、とも思う。
「じゃあ、行こう、太郎」
「あ、うん。なんか、カナさんって、見覚えあるよな?」
「そう? この村って、みんな親戚みたいなものだから、きっと気のせいだよ」
そうして、太郎は呪いのことを考えながら、カナの息子であるゆうやのいる家へと足を向けた。ゆうやとは、かごめかごめをして遊んだ記憶がある。元気にしているだろうか、とはいっても、昨日ぶりの再会ではあるのだが。
「ゆうやくん、こんにちは」
「はなねえ! こんにちは!」
玄関にはやはり、チャイムなんてものはない。門扉を潜り抜けて、引き戸を直接開けて、中にいるゆうやを呼ぶと、なんの警戒心もなくゆうやの姿が現れた。
ゆうやの容姿は中性的で、男の子だと言われなければわからないくらいの可愛さだった。年のころは五歳ちょっと。
この村の子供は、おそらくどの子供も村のしきたりを教え込まれて、かいとのように『死』を覚悟させられている。
だが、幼い子供に生贄の意味も、死の意味もわかるはずがない。
わからないから、生贄にされる。本来生贄なんて、大人でも務まるはずだ。それをわざわざ子供に背負わせるあたり、いかにも因習村のようだなと思う。
「あ、この前の太郎さん!」
「うん。って、あれ?」
ゆうやの後ろから現れたのは、ももである。「こんにちは」とばつが悪そうに頬をかいて、ひょこりと顔を出したかと思えば、
「二人が来たし、私はもう帰ろうかな」
「えー、ももねえは、いつになったら俺のお姉ちゃんになってくれるの?」
既視感が確信に変わった。
カナはももに似ていたのだ。そして、ゆうやとももは、姉弟だと言われたら納得してしまうくらいに、似ている。
というよりは、この村の不健全さを考えれば、答えは簡単だった。
異父兄弟。
ももの父親とゆうやの父親は違う。けれど、母親はきっと同じ――カナなのだ。
先日、あの座敷牢に行ったことで、太郎はこの村のゆがみを知った。女は臨月になると、あの座敷牢に閉じ込められる。そして、望まぬ相手とだって、子をなすことが、強要される。
「ももちゃん、俺たちが後から来たから、帰るよ」
「そうだね。太郎の言う通りだね。私、カナさんに頼まれて見に来ただけだから、ももがいるなら安心だし」
「や……! あの!」
ももの声音は、いつもよりワントーン高く上ずっていた。いつもの明るさはない。
なにかにおびえているようだった。
やはりももも、この村の子供なのだ。なんらかの事情、おそらくカナとの関係に関するもつれが、あるに違いない。案の定、
「私がここに来たこと、カナさんには言わないで」
「……それは、カナさんのため? ゆうやくんのため? ももちゃんのため?」
臆することなく太郎が問う。こんなの間違っている。家族の形態が、崩れている。
この村は、おかしい。婚姻していなくたって、女はこの村の男、すべての子供を産む義務があるし、母子であっても、一緒に住めるとも限らない。
「太郎……私を困らせないでよ」
「困らせたのは、ももちゃんの方だろ。だって、ゆうやくんのところに来るのだって。おとう――」
しかし、英恵に止められて、太郎の言葉は遮られた。
なぜ? と目で問えば、「それはこの村の普通だからよ」と小さな声が返ってきた。
普通? 異父兄弟が?
「ももねえ、ももねえってば。はないちもんめやろうよ」
「ええ、でも、四人だけしかいないじゃない」
「いいじゃん、いいじゃん。四人いたら、足りるじゃん」
ゆうやは、かごめかごめといい、外遊びが好きな男の子のようだった。夜の間、やはり雪は降ったは降った。けれどそれは途中で雨に代わり、雪を溶かして、外は地面が見えるくらいだった。
雨の後は生暖かくなる。
今日は快晴、風が気持ち悪いくらいにぬくい。
「じゃあ、明人とか、野菊とか、呼ぶ?」
ゆうやが折れる。だが、それは悪手だった。ももがさらにさらに困ったように、ゆうやを見る。
「あ、それは……私がゆうやと会ってるって知られたら、ママに怒られるから」
「えー、じゃあ、はなねえと太郎ならいいでしょ? もうももねえがここにいるの知っちゃったんだし」
本能でわかるのだろうか、それとも、太郎がももを姉だと思い込んでいるだけなのだろうか。
ももとゆうやは、どこからどう見ても、姉と弟だ。
なんでも言い合える仲。その仲を引き裂くことは、誰にもできないだろう。
だけど、ももは、ゆうやの家にいることをカナには言うなと言う。つまり、ゆうやとももが本当は血のつながりがあることを、カナも知っているということ、なのだろうか。
「ねえ、太郎さん。いいでしょ、はないちもんめ、やろうよぉ」
「ゆうやは……仕方ないな。俺は少しならいいけど。英恵は?」
「ああ。私も。少しならいいよ」
かくして、四人は玄関先の道の真ん中で、はないちもんめを始めるのだった。




