3-5、かごめかごめ⑤
まっすぐ進んで、階段をのぼる。下に降りて、左、右、また左。
頭上に銅線を巻いたよくわからない儀式的なもの、突き当たりに見える高所からの空は山の中腹だろうか。
また暗い道に入って登っておりて、もう、自分たちがどこにいるのか、太郎にはわからない。
わからないのに。
「なん……」
とある、ドアが見えた。数ある道は、最終的にはこの、ドアに続いているようで、太郎はごくりと生唾を飲み込んだ。
三十分ほど歩いただろうか、たどり着いた先には、『洋風の』ドアがあった。ドアノブがあって、鍵がかかるタイプの、鉄のドアだ。
「英恵、ここ。開けるぞ」
「ま、待って。このドアなんなの? この先になにがあるの?」
しかし、太郎は待ってやらなかった。そのドアをひと思いに開けると、雪風が吹きすさび、その光景に固まった。
牢獄。
いくつもの牢屋が立ち並び、その一番奥の座敷牢に、女が一人、座っていた。
背が低い、若い女だ。まだ十四歳かそこら――太郎よりも年下だ。
だが、目を引いたのはその少女が幼いからでも、美しすぎるからでも、華やかな化粧をしているからでもない。
年端もいかない少女が、妊娠している。お腹が満月のように丸い。臨月だった。
「あれ? あなたたちは、見張りの人間ではないのね」
聞き覚えのある声だった。どこでだったか。柔らかな声は、まだ彼女が子供であることを示している。
「あの、なんであなたはとらわれているんですか?」
太郎の問いに、女性は首を傾けた。そのしぐさのひとつとっても美しく、太郎は思わず見とれてしまう。
「とらわれる? ああ、私? 私は……女はここで、臨月を過ごすっていう決まりなんですよ、この村は。ねえ、英恵さま?」
ここで、少女は太郎の後ろに隠れる英恵に微笑みかけた。
太郎は勢いよく英恵を振り返る。さっき、英恵はこの場所を知らないと言っていたばかりなのに。
「英恵? 知ってたのか、この場所」
「や……臨月になったら女は特別な場所に行くとは知っていたけれど」
「それだけじゃあないじゃない。英恵さまも知っているでしょう? この村では、女は二十になったら子を産むために毎晩男たちと――」
聞くに堪えない内容だった。
つまり、婚姻もしていない女たちのもとに、村の存続のために、毎晩見知らぬ男たちが通う。
そうして妊娠しては、臨月に密やかにこの場所で子供を産み落とす。
それが、三十五歳まで続く。
女は子を産むために三十五まで自由を許されない。三十五を過ぎれば、各々家庭を持ち、子を産んでも、村人に『盗り上げられない』。ただ、この村には呪いなのかなんなのか、男ばかりが生れ落ちる。だから、子産みの負担が年々重くなるばかりだった。
英恵がこの村を出たがるのは――もももそうだ。来年、英恵とももは、二十歳になる。二十歳になったら、この女と同じように、虐げられる。
だが、合点がいく。この村の男――英恵の父親も、ももの父親も、年齢が高すぎることは太郎も気づいていた。
男たちは妻を持たずに、村の若い女に自分の後継ぎを産ませているということらしかった。
だが、かいとの親は、違う。ようやく自分の子供と夫を持てた。だがもう、かいとの両親は『壊れていた』。
自分の子供は愛している。けれど、かいとの母は、何度も子を盗られ、何度も産んで、盗られて、命の重みがわからなくなった。
かいとの父親は、もともと子供は生贄とするならわしに染まっていたから、だからかいとを、崖から落とすことができたのだ。
「英恵。この村、やっぱりおかしい」
「太郎にはわからないのよ。こうでもしなきゃ、子々孫々を守れない」
「太郎さま。太郎さまにはわからぬものも、あるのです」
ハッとして、太郎は少女の方を見る。声に聞き覚えがある。
見覚えがあって当然だ。あの少年にそっくりではないか。
「もしかして、鶴野八重さん?」
弥彦に生き写しだった。違いといえば、髪が長く、畳まで広がっていることくらいだ。
少女が控えめにうなずく。この少女は、弥彦の姉の、八重だ。だったら、幼く見えても、八重はれっきとした大人――二十歳を超えているのだろうか。
そうは見えない、どう見ても、弥彦も八重も、まだ年端もいかぬ子供だった。
「八重さんは、本当に大人なのか?」
だしぬけに聞く太郎に、八重は密やかに、笑った。
「鬼は、十五で成人なのです」
「鬼……人を食うから?」
「さようです。ですから、私たち一族は、初潮が来たら一人前、もう私も、何度目の子か、わかりません」
太郎は言葉を失った。
八重がそんな扱いなのだから、弥彦も同じような扱いを受けてきたのだろう。だったら、かいとの肉を食おうとしても、おかしくはない。
弥彦の心は、この村に壊されたのだ。
「逃げよう、八重さん」
「太郎! ダメだって。川の向こうの女たちは、人間じゃないの。逃げないように、子供を確実に産ませるためにここに住まうの。子供ができたら」
「なん……英恵、自分がなに言ってるのかわかってるのか? そういう差別は、法律でも禁止されてて……」
「でも、この村は外界から隔たっているから、法律もなにも通用しない。だって、私たちをさばくのは法ではなく、神なんだから」
「神?」
ハッとしたように、英恵が口をつぐんだ。その時、後ろから足音が聞こえる。
英恵がとっさに、隣の牢に太郎を引っ張って、身を隠した。
大人たちが、八重を見張りに来たらしい。
かつ、かつ。かかっかっか。ガタン! ざーり、ざーり。
足音が近づいてくる。しかし、なかなか姿は見えない。
五分は経っただろうか。
監守らしき大人が、八重の牢の前に立つ。しかし、がしゃん、と牢の格子に手を掛けて、牢の中を見て絶叫した。
「逃げたぞ! 鬼の妊婦が逃げた!」
監守が人を呼んで、牢を見ては慌てふためき、監獄の部屋を走り出ていく。
みんながいなくなったところで、ようやく息を殺していた太郎と英恵が、隣の牢から姿を現す。
幸いにして、隣の牢には布団があって、そこにくるまり、ふたりは監守をやり過ごすことができた。
だとして、さっきまで八重はこの牢獄にいたはずだった。
太郎はいの一番に、隣の牢獄を見やる。
なんの変哲もない、座敷牢。むき出しの地面に、トイレ代わりの穴が開いている。
酸欠にならないように、気持ち程度の窓が高い位置に開いている。
そして、座敷牢の真ん中に落ちた、太い鉄の棒。
八重にはとても、小窓は通れないだろう。身重の身体であそこまで登るのは無理だし、第一お腹がつっかえて、あの窓を通り抜けることはできない。
「消えた……? 俺たちの目の前で?」
「た、太郎。鬼の一族は、やっぱり神の反逆者なんだよ。神にあだなす、魔のものなんだよ。だから今、私たちに見せつけるように死んだのよ、姿形すら残さず」
そんなもの、あるはずがない。この村には男尊女卑がはびこって、人種差別も残っている。それこそが、魔のものなんかよりもずっとずっと、恐ろしいのではないだろうか。
太郎は座敷牢の錠を確認する。
「かぎはかかっている。それに、八重さんが牢を出る音はしなかった」
だけど、そうだ。足音に混じって、『ガタン』という音がした。あれは、なにかがぶつかった音だ。
「あっ、太郎!」
深い思考に陥りかけたとき、英恵が太郎の手を取り、走り出した。
ドアを勢い良く開け放って、来た道を引き返す。その後ろから、大人たちの声。
「あいつらだ!」
「英恵とよそ者だ! あいつらが鬼を逃がしたんだ!」
だとして、この牢の窓の外は、どうなっているのだろうか。来る途中で、さんざん階段を上ってきたのだから、外が地面とは限らない。
むしろ、どこかの高い場所にある、と考えた方が自然だ。
つまり、逃げようがない、どうあがいても。
英恵の足に迷いはない。まるで慣れているかのように、来た道を寸分たがわず走っていく。
おかしい。
やはり、英恵はこの場所を――牢獄の存在を、知っているのでは。
「はあ、は……ここまでくれば、もう大丈夫」
英恵とともに井戸まできて、梯子をのぼって外に出た。
大人たちは、追いかけてこない。太郎は流れる汗を袖で拭う。死ぬ気で走ったのは生まれて初めてだった。
地下と違って、外は寒い。冷たい空気が肺に刺さって、痛い。
「英恵……八重さんは、本当に死んだのか?」
「それは私にも……これも、呪いのひとつ……」
子供たちが遠くに歌っている。そのわらべ歌は、『かごめかごめ』。籠の中の鳥は、妊婦を表す。
はたとかみ合う。
今までの呪いは、子供たちの歌とリンクしていた。
最初は、だるまさんが転んだ。
次に、とおりゃんせ。
先ほどのは、かごめかごめ。
そもそも、そうだ。初日に子供たちと遊んだ時、お正月に遊ぶわらべ歌には、順番があると言っていた。
「最初がだるまさんが転んだで。次にとおりゃんせ。その次はかごめかごめ。で、次が」
「はないちもんめ」
英恵がうなずく。疑惑が確信に変わる。
この村で起こる呪いは、子供たちの遊びと同じ順番で起きているのだ。
だったら、子供たちがこの呪いの正体なのだろうか。
いや、だとしても、わらべ歌なんて子供ならだれでも遊ぶものであるし、遊ぶ順番を決めるのだって、偶然に違いない。
その偶然を、必然にしているのは、
「神。って言ってたよな。英恵。この村をさばくのは、法律ではなく、神って」
「……うん。そうだね。もう隠せないよね。太郎。この村にはね、神さまがいるの。山の神さまが」
やがて英恵は、ゆっくりと、うなずいた。
「今日は疲れただろうし……一旦寝てから話そう。私も一晩頭冷やして、呪いのことを整理したいから」
英恵の目の下にはクマができている。太郎ははやる気持ちを抑えて、首を縦に振った。太郎はともかく、英恵にとって家族と同義の村人が立て続けに死んだのだ。英恵を休ませなければと、太郎は息を吐いた。




