3-3、かごめかごめ③
しかし、ももの家には誰もおらず、骨折り損だった。
雪雲が立ち込め始めている。今夜か、明日には雪がまた、降るだろう。
「どこ行ったんだろうな。こういう時、スマホのありがたさを痛感するよ」
「ああ、メール、だっけ? リアルタイムでやり取りできるんだもんね。電話とかも」
「そうそう。はあ、でも」
太郎は、意を決して、英恵に向き直った。
英恵は柔和に笑っている。先ほどまでの、弥彦に向けた憎悪の影はない。
「俺、あの崖の下に行ってみたいんだけど」
「え……なんで」
「なんで……なんでかな。この村の呪い……なにか引っかかるんだ」
「引っかかるって? なにが?」
それがわかれば苦労はしない。
だが、そういえば、忠人の死体は今も『神隠し』にあったままだ。
それを探すためもあったし、かいとの死体を確かめたいのもあった。
英恵は逡巡し、
「じゃあ、私が案内するね」
そう、返事をした。
村の中に公共交通機関などはない。そんなものはなくとも、歩いて回れるほど、この村は狭かった。
崖の真下に着いて、太郎は顔をしかめた。
「この骨……本当に人間のなんだな」
確かに、頭蓋骨の形も手足の骨も、骨盤も。全部が人間のものと同じ形をしている。
そして、その中央に落ちたであろう、かいとの死体を探す。
骨の山の真ん中が、へこんでいる。あの高さからかいとは落ちたのだ、助からないだろうし、骨の山だって崩れもする。
「うっ、うえっ」
大量の骨を見て、これから死骸を探そうというのだ、昨日の比じゃないほどに、胃が痛んだ。
パンケーキを吐き戻し、胃酸が上がるのを飲み込んで止める。
「太郎、私もう帰りたい」
「先帰っていいよ。俺、かいとを弔いたいんだ」
英恵がため息をこぼす。そんな風に言われたら、英恵だって同じ気持ちだ。
英恵が、骨の山をのぼる。
骨のてっぺんまできて、かいとが落ちたであろう場所を覗き込む。
「血の跡が……でも、死体はない」
かっかかかっかっかっかっか!
ひゅ、と。なにかが頭上を飛んだ。太郎は空を見上げる。
ワシだった。
「あ、ぶな……」
ワシがなにかを咥えている。目を凝らす。あの服は。
「かいとの、服?」
そして、ワシたちは仲間内でなにかを喰らっている。崖の真ん中あたりにあるでっぱりに、ワシの巣がある。
そこで、引きちぎるようにワシがなにかを、ついばんだ。赤い。血が滴っている。
「……!!」
がららら、と骨の山を滑り落ちて、太郎はその場にうつむいた。
人肉を、食べているのだ。あのワシたちは。
そう思うと、恐ろしくてたまらなかった。逃げ出したいのに、足がすくむ。
英恵が後ろで悲鳴を上げる。振り向くと、弥彦の姿があった。
「なんであんたがいるのよ!」
しかも、弥彦の手には、なにかの肉。肉を包むのは、かいとの服。
人肉を、食うのだろうか。あのワシたちと同じように、弥彦は――川の向こうに住む一族は。
太郎が立ち上がり、弥彦につかみかかった。
「かいとくんを返せ!」
その手から肉片を奪い取る。弥彦が驚きしりもちをつく。その目は、心底恐怖に染まっていた。
弥彦の赤い唇が、震えている。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい」
「謝るってことは、やっぱりこれは……」
手の中にある肉片が、妙に温い。
頭がクリアになって、太郎は手の中にあった肉片を投げ捨てた。
人間だったモノを、手に取って初めて、命の重さを知る。この肉片は、もう息もしなければ動くこともない。死んでいるのだ。
そして、これから、弥彦はこの肉を、食おうとしていたのだ。
思ったとたん、怒りがわいてくる。英恵が弥彦にした扱いが、正当に思えてならなくなった。
「この、人間が人間を食うなんて! それでも人間か!」
「ああ、ごめんなさい、ごめんなさい!」
太郎がほうった肉は、再び弥彦の手に渡った。弥彦が逃げるさなかに拾い上げたのだ。
そのまま、弥彦は肉を持って、川の方角へと走っていく。家の方へと逃げていく。
「太郎、早く追いかけないと。川の向こうには、私たちは渡れない……けがれてしまうから。太郎にも、渡ってほしくない」
川の向こうは、鬼たちの住処だ。鬼の空気で汚れているから、この村の人間は決して橋を渡らない。だったら、誰がその橋を作ったのだろうか。
「こら! かいとを返して!」
追いかけようとする英恵を、しかし太郎は引き留めた。手を握って、太郎は英恵を引き寄せる。その肩におでこを摺り寄せて、力なく、弱々しく、息を吐き出す。
「太郎? 大丈夫?」
「めげそう。だけど、英恵のためにも。俺はあきらめない」
呪いの正体を暴かなければ、この村は呪われたままだ。
だから太郎は、次なる呪いを探して、村を歩く。
ジャージを返してもらう、というのは取って付けた言いわけだった。太郎は、この村で次に起こるであろう呪いを探すために村に繰り出した。
現状、この呪いは『太郎の見えるところ』で起きている。つまり、神はこう言っているのだ。
「おまえがこの呪いのありかを解くのだ」と。




