3-2、かごめかごめ②
ももの家に行く道すがら、今日も子供たちが外で元気に遊んでいる。傍に大人たちがいるわけでもなく、今日は『かごめかごめ』の歌が村中に響き渡っていた。
川の傍の公園には、子供が四人、輪になってくるくると舞い遊んでいた。まるで天使のように、くるくると。
次第に子供たちは太郎と英恵を取り囲んで、輪になってわらべ歌を歌いだした。
「ええ、なにもう。私たちは用事があるのに」
けれど、元来面倒見のいい英恵は、太郎ひとりを輪の中に入らせると、自分は輪の中心にしゃがんで、目をふさいだ。
この村には、子供は五人しかいないらしい。かいとが死んだから、今は四人だ。
少なすぎる気もするが、それでも、少子高齢化なのだろうと思うことにした。あるいは、子供は生贄として毎年死んでいるから育たないのでは、という考えを押し込めて。
「ほら、太郎さんも。かーごめ、かごめ」
話しかけたのは、五歳くらいの男の子である。
「ああ、っと、籠の中の鳥は」
いついつ出やる。
「夜明けの番に。鶴と亀が滑った。うしろの正面だあれ?」
最後はなんとなく、太郎の歌声も乗ってきて、英恵の後ろに立った男の子が、嬉しそうに声を上げた。
「だーれだ!」
そういえば、忠人の死も、かいとの死も、ここの子供たちは知らないのだろうか。
人が死んだにしては静かすぎる公園、朝日はとうに上り切って、頭上で燦燦と太郎を照らす。
雪は半分ほど解けたが、問題は明日の朝だ。
溶けた水と雪が混じって、朝の氷点下で凍ると、アイスバーンになって危ない。
「えーと、誰だろうなあ」
英恵のうれしそうな声。いや、そう聞こえてほしいだけかもしれない。
英恵はこの村で、あまりいい扱いを受けていない。そのうえ、太郎のせいで忠人が死んだ。
悲しいはずなのに、英恵は大人たちと違って気丈にふるまう。
なにも知らない子供たちには、せめて普段通りであってほしい。
「俺だよ、俺」
まるでおれおれ詐欺みたいな言葉だな、と太郎が笑った。太郎に歌を促してきた子供だ。
「あ! ゆうやだ!」
英恵が嬉しそうに声を上げると、「なんだぁ」と後ろの正面の少年が、悔しそうにその場にしゃがみ込んだ。ゆうやという名前らしい。
合わせるように、英恵が立ち上がって後ろを振り返る。
「やっぱり、ゆうやだ」
「はなねえ、ずるいって。俺、二回も声掛けしたじゃん」
「ええ、私はお願いしてないじゃない。でもまあ、そうだね。ズルだったかも。じゃあ、もう一回私が鬼ね!」
英恵はそう言って、また輪の中心にしゃがみ込んで、うつむいて目をふさいだ。
ゆうやは太郎の隣で手をつないで、太郎を見上げて、笑っている。人好きする笑みだ。純粋な、笑み。
「太郎さん、ほら、回るよ」
「あ、うん」
英恵に倣って、太郎もうまく笑えているだろうか。いや、きっと無理だ。
太郎はそんなに器用じゃない。隠し事なんてすぐに他者にばれるし、そもそも、子供といえど、秘密を持つことへの罪悪感に押しつぶされそうだった。
そんな太郎とは裏腹に、ゆうやが楽しそうにわらべ歌を歌いだした。
「かーごめ、かごめ。籠の中の鳥は。いついつ出やる。夜明けの晩に。鶴と亀が滑った。うしろの正面、だあれ?」
げ、と内心で太郎は悪態をついた。運悪く、英恵のうしろの正面に止まってしまったのだ。
子供たちが太郎に好機の目を向けている。
どうしろというのだろうか。
現状、この場にいて声変わりしているのは太郎だけだ。だったら、普通にしゃべったのではすぐにばれてしまう。だからと言って、裏声でも出せと?
この非常時に、そんな芸当。
「ほら、太郎。早く」
せかしたのは、先ほどのうしろの正面、ゆうやである。
ゆうやはかいとほどでないにしろ、英恵になついているらしかった。証拠に、先ほど英恵のことを「はなねえ」と呼んでいた。ほかの子供たちは、少なからず英恵の名前をそう呼んだり――いや、そもそも気づいた。
子供たちは、英恵の後ろに立ちたがらない。子供は普通、こういう遊びでは自分が自分がとうしろの正面を取りたがるものではないのだろうか。
「ほら、太郎」
「あ、ああ」
小声でゆうやとやり取りして、太郎は恥を忍んで、声を高く、
「わ、わたしよ?」
裏声を出した。
子供たちがどっと笑いだす。
消えてしまいたい。あとできっと、英恵にからかわれる。でも今は、子供たちの笑顔を守りたかった。そんな気持ちが、湧き上がったのは、もうだいぶ英恵に毒されているからだろう。
「ははは、なんだよそれ」
「なんだ、太郎さんって面白い人じゃん」
「だねだね、お父さんは関わるなって言ったけど」
ひそひそと話す声は、すべて太郎の耳に入っている。子供は正直でいい。
大人のように小細工なしに、素直な声を届けてくれるから。
太郎が息をひそめる。英恵はうしろの正面を振り返ることなく、
「うーん、誰かなあ」
わざとらしい英恵の声。その声は、笑いをこらえるのに必死だった。
ゆうやが太郎を小突く。もう一度言え、ということらしい。太郎は恥も外聞もかなぐり捨てて、声高に、叫んだ。
「わたしよお! 忘れちゃったのお?」
「あはは、やめてほんと。太郎ね!」
「くっ、気づかれたか。自信あったんだけどなあ!」
子供たちは、輪になっていた手を離して、お腹を抱えて笑っている。
あはは、あはは。
男の子しかいない村の子供たち。ズボンを履くのはこの村では男の子だけだ。だから、ここにいるのが男の子だと太郎にはわかる。それでも、もし女の子でも、ズボンを履いていたらきっと男の子と見分けがつかないだろうなと思う。
ここにいる子供たちはみな幼く、男の子とも女の子とも、見間違うくらいだった。
「太郎さん下手すぎ」
「本当だ、太郎さん変! 男女だ」
「だね、変な人!」
全部子供たちのためにやったんだよ、とは言葉にせずに、英恵が立ち上がって、太郎を輪の真ん中に座らせた。
太郎は渋々真ん中にしゃがむ。
「次は太郎が鬼ね」
英恵に念を押され、太郎は観念した。
「やだなー。だって俺、この村の子供の名前、知らないんだもん」
だけれど誰も、太郎の味方はしなかった。
名前がわからなければ、この遊びは成り立たない。うしろの正面が誰なのかを、この遊びではあてるのだ。
だったら、太郎には不利だ。英恵とゆうや以外の名前と声を、太郎は知らない。
「じゃあ、名前のヒント出そうよ」
もう目隠しをしてしまったが、その声はゆうやのものだった。なんて優しい。
ジンと感動しつつ、太郎は目隠しをしたまま「助かるわ」と言う。
「いいね、ゆうや。じゃあ、名前の最初と最後の字を教えて、当ててもらおうか」
「さんせーい。な、次郎、明人、野菊!」
「俺もいいよ」これがきっと、次郎の声だ。
「ぼくも、いいれすよ」これが明人。
「僕も賛成」知っていたが、野菊は男の子の名前なのか。
しかし、子供独特の甲高い、だけれど不快にはならない柔らかな声は、一度聞いたくらいでは覚えられそうにない。
けれど、うっかりもののゆうやのおかげで、この場にいる子供たちの名前は全部覚えた。
うしろの正面の子供の名前は、ヒントがもらえるから、じゃあ、太郎には、勝算しかない。
「じゃあ、回るよ。せーの!」
英恵が場を仕切る。歌が聞こえる。弾んだ声、あたたかで平穏な。
「かーごめ、かごめ」
その中でひときわ美しい、英恵の歌声。
数日一緒にいても気づかなかったが、英恵は歌を歌うとそれは声音が美しい。
きっとこういう少女は、昔だったら真っ先に神にささげられるのだろうなと、太郎は不謹慎なことを思ったほどだ。
その後何回か太郎と英恵が鬼になって、かごめかごめも飽きてきたね、と話していたところに、ひとりの少年――、いや、少女か?
薄汚れた服を着た子供が、公園の隣の川の橋の上に見えた。
子供たちがくもの子を散らすように逃げていく。
ざわざわと、先ほどまでのかわいらしさは消え失せて、村独特の、まとわりつくような空気があたりを包み込む。
「え? どうした?」
太郎がその場に立ち尽くし、その薄汚れた子供を見ると、英恵が太郎の両頬を手で包み込んで、その子供から顔をそらさせた。
「わ、人食い一族が来たぞ!」
ある一人の男の子が、川の橋を渡る少年――十五歳ほどの男の子を指さした。
「本当だ! 鬼が来る、逃げろ!」
かごめかごめは、確か、妊娠していた籠の鳥の女性が流産する、そんなわらべ歌だった気がする。
そんなことを太郎は考えながら、鬼と呼ばれた少年を見た。英恵がせっかく顔をそらさせたのに、太郎はそんなことお構いなしに、好奇心に負けたのだった。
その視線の先にいた人物に、太郎は息をのんだ。
「きれい……」
男の子と言うには、美しい顔のつくりをしている。英恵と同じ種類の美しさだった。
その子を『男の子』と断じたのは、服装がズボンだからだ。
この村では男と女の服装は、明確に分けられている。
公園を走り出ていった子供たちもまた、みんな男の子で、ズボンを履いていた。
「あなたが、今年のお客さま?」
少年が川を渡ってきたのは、どうも太郎のせいらしかった。太郎はこの美しい少年に見惚れて、答えられない。
代わりに、英恵がとげとげしく答えた。
「そうよ、太郎さんが、今年のお方よ」
その言葉には、節々に棘があって、太郎はいたたまれなくなる。
そういえば、川の向こうの家の人間が洗濯をしていたところに出くわした時も、英恵はこんな風に、いやな目をしていた。
少年が、はにかむように笑った。そうして、神にでもするかのように、恭しく頭を下げた。その所作は、決して鬼なんかではない、ただ一人の、美しい人間だった。
「ようこそいらっしゃいました、太郎さま」
「いや、さまとかつけなくていいし」
「いいえ。僕はこの村のならず者。この村のすべての人に、同じ敬称を付けるのです。ですからお許しください、太郎さま」
ふん、と英恵が鼻を鳴らすのが分かった。
英恵は太郎を丁重にもてなしてくれるし、村の人から虐げられるつらさも知っているはずなのに、なぜ、この少年にこんな態度をとれるのだろうか。
腹の中の疑問とは裏腹に、太郎はその人間とは思えぬ美しい生き物に、名を問うた。
「君、名前は?」
「ぼ、僕の名前など、名乗るわけには」
しかし、太郎がゆずらないため、渋々少年が、答えた。
「鶴野八重と申します」
「八重?」
太郎が繰り返すと、八重がはたりと首を傾けた。
「なにか変でしょうか」
「いや……八重って名前は、俺の知る限りだと女の子……」
「あっ、僕の名前でしたか! 姉の名前と間違えました。僕の名前は、弥彦です。よく姉の名前を聞かれるもので、無意識に答えてしまうんです」
八重、という姉がいるらしい。八重、美しい名前だ。
それにしても、声変わりもまだ来ていないらしく、声色は女と言う方がしっくりくる。所作だって女と言う方が自然だった。唯一、名前だけは勇ましい。
「弥彦は何歳なの?」
「僕ですか? 十七です」
「え、二つ違いか。もっと幼いと思っていたのに」
太郎の顔がほころんだ。しかし、英恵はそれが気に入らない。太郎の手を引っ張って、自分の方に顔を向かせる。太郎は、英恵のことは好きだけれど、弥彦に向けるこの、おそろしい視線だけはかばいきれそうにない。
結局、英恵もこの村の人間なのだ。村に染まりつつあるのだ。
「太郎、ほら、行こう。ジャージ返してもらうんでしょう?」
ダメ押しに、英恵は太郎の手を引き、歩き出した。太郎は弥彦に頭を下げる。弥彦も慌てて頭を下げた。
「あ。ああ。じゃあ、またね、弥彦」
「はい、お元気で。太郎さま」
ひらひらと、まるで少女のように手を振る弥彦をしり目に、ふたりは今一度ももの家に向かっていく。




