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供犠の村  作者: 空岡立夏
11/32

3-1、かごめかごめ

三、かごめかごめ


 ももと別れて、ふたりは村の真ん中を通って家に向かう。

 一時とはいえ、甘いパンケーキに癒された太郎は、生気を取り戻していた。人間、食べなければいい考えも浮かばないし、マイナス思考に陥るものである。

 少しだけ軽くなった足取りで、太郎と英恵は無言で宿を目指していた。その途中、太郎はあるものが目に入る。


「あれ?」


 あるものに気が付いた。川の向こうに、家が何軒か、たたずんでいるのである。

 昨日は暗くてよく見えなかったが、その川の住人は、川で洗濯をしていたのだが、太郎と英恵を見るや、家に走り逃げたのだった。

 隣の英恵をちらりと見やる。

 笑っていた。とても、『いやらしく』。


「英恵?」


 不安と、なにかおぞ気がして、太郎は英恵の名前を反射的に呼んでいた。

 英恵が太郎を向き直る。先ほどの、嫌な感じは一切しない。


「ん? どうかした?」

「いや……気のせい、かな」


 なにか、侮蔑、いや。なんだろう。

 この村の人間が太郎に向ける目と、同じ種類の、あの舐めるような、目。

 それを英恵がしていたことに、太郎は不安を感じていた。

 違う、やめてくれ。英恵はそんなんじゃない。英恵だけは、村の人に染まらず、清らかに澄んだままなのだと、太郎は信じて疑わなかった。


「さっきの人たちは、俺のこと見ても、なにも言わないんだな」


 何の気なしに英恵に声掛ける。英恵はふ、と鼻で笑った。


「あの人たちは……隠しても無駄だから言うけれど。この村はね、もともとこの川のこちら側だけだったの」

「へえ。じゃあ、川の向こうの人たちは、別の集落?」

「そう。人を殺して食うのよ、川の向こうでは」


 ぞ、として、太郎は川のあちらの家から顔をそらした。

 それが本当にしろ嘘にしろ、太郎を差別しなかった英恵に、そういう心があったことが、太郎はいたたまれなかった。

 人が人を食べるなんて、そんなこと、あるはずがない。けれど、この村は昔からそういう習わしとか言い伝えとか、そういうものが今も『成り立っている』だけに、嘘だろうと断じることができない。


「でもそれって、誰も見た人はいないんだろ?」

「いないよ。でも。あの川の向こうの人間が、とおり崖の下にいるところを何度も目撃されているの。それも、ささげものがあった翌日に」


 つまり、今朝のかいとも――

 川の向こうの住人が川に置いていった洗濯ものを見やる。

 子供用の服があった。しかし、それがかいとのものとは言い切れない。なぜなら、太郎の中でかいとの服はあいまいな記憶と化していたからだった。

 自分の目の前で、幼い子供が死んだ。そのショックから、太郎は今朝のことを上手く思い出せない。

 頭がくらくらする。息が苦しい。

 はっは、はっは。

 息が吐けなくなる。吸うばかりで、吐けない。苦しい。

 二酸化炭素を吐き出せず、酸素ばかりが血液を、這う。苦しい。肩で息をする。


「太郎?」

「はなえ、はっ、うっ」


 過呼吸、というのはなにも珍しいことではない。太郎だって、そういった症状をも見たことはあった。けれど、自分がなってみるとことのほかパニックになって、息を吸ってはいけないのに、吐くことができない。

 はっは、はっは。

 吸うばかりで吐かないから、酸素ばかりが体を巡る。人間の体は不思議だ。

 酸素がなければ死んでしまうくせに、酸素ばかりでも苦しくなる。まるでこの村のように。皆が生贄になったらは村は滅びるけれど、だけと生贄がいなければ村は成り立たない。

 太郎の頭がくらくらして、目の前が真っ白になった。

 太郎が地面にしゃがみ込む。


「太郎、大丈夫、大丈夫だよ」


 英恵は姿勢を低くした。そのまま、英恵は太郎の唇に唇を重ねた。

 ふう、と英恵の呼気が入ってくる。何回も、何回も。

 手足のしびれが、和らぐ。息が吐けるようになる。くらくらする頭が鮮明になる。意識が現実に戻ってくる。

 涙が生理的に流れていた。


「太郎、落ち着いた?」

「は……たぶん」

「そう……今日はひとまず、宿に帰ろうか」

「ああ、うん」


 英恵に支えられるようにして、太郎は立ち上がった。英恵は太郎の手を肩に回して支えて、歩き出す。

 そういえば、ももにジャージを貸しっぱなしだった。落ち着いたら返してもらわないとと、太郎は思う。



 宿に戻ると、寒さに身が凍えそうだった。ももの家とは違って、宿には暖房がない。隙間風が冷たい。

 英恵が囲炉裏に炭を入れた。もうもうと空気が揺れて、熱がこもる。

 人の入った形跡がある。黄色いテープが張られて――いつの間にか、警察が来ていたようだった。

 英恵はその黄色のテープなんて気にも留めずに囲炉裏の大広間に入って、温めた囲炉裏の傍に太郎を呼んだ。

 太郎は気が咎めながらも寒さには逆らえず、黄色いテープを潜り抜けた。

 太郎は、英恵が囲炉裏の傍に敷いた座布団に座る。


「お茶を淹れてくるから、待っててくれる?」

「や、英恵もゆっくり休んだら」

「いいの。私はこの寒さにも、呪いにも慣れているけれど。太郎はそうじゃないでしょう? 落ち着くように、甘いゆず茶、作ってあるの」


 慣れている。って。

 そりゃあ、毎年こうやって呪いが起きて、五人の人間が死んでいくのだから、確かに慣れはするだろうが。

 それでも、昨日死んだのは英恵の父親だ。唯一の肉親だ。

 いや、母親はどうした?


「お待たせ。熱いから気を付けて」


 ゆずの皮を刻んで、砂糖と蜂蜜で甘く煮込んだゆずをお湯に溶かしたゆず茶は、英恵お手製なのだと英恵が笑った。

 太郎は、ゆず茶を冷ましてから、そっと口に含んだ。落ち着く。

 酸味と甘み、ゆずの皮のほのかな苦み。それらが胃の腑に落ちて、体の中から温まる。


「あのさ、答えたくなかったらいいんだけど」


 ゆず茶をもう一口飲んで腹の中に落として、だけれど浮かんだ疑問は消化できなかった。

 太郎がかしこまって、英恵に向き直った。

 英恵は囲炉裏に手をかざして、鼻を真っ赤にして、笑っている。


「英恵の母親って……」

「お母さんはいないよ」

「それって、呪い――」

「呪いは関係ない、かな……」


 じゃあ、一体なんで、英恵には母親がいないのだろう。そういえば、ももも母親がいないと言っていた。それは、呪いのせいなのか、それとも元からいないのか。

 聞けぬままに、ゆず茶が胃の中を満たしていく。

 空になったマグカップを、英恵が廊下を横切って、土間の台所にもっていく。

 その床の板が、きれいなことに気づいた。きれいすぎるのだ。

 この宿の外観は古く、リフォームするのなら、内装だけでなく外観も一緒にするはずだ。


「この宿って、床、きれいだよな」

「え? ……ああ。張り変えたばかりだから」


 それに、軋みすらしないのだ。歩くと重厚な音がする。まるで、木の上ではなく金属の上を歩いているかのような安定感がある。

 きっと、内装を整えるので精いっぱいで、外装はおいおい直すつもりだったのだろうと、太郎は思った。


「そっか。でさ、このあとはちょっと、出かけたいんだけど」


 太郎の申し出に、英恵が台所から帰ってくる。


「どこに?」

「どこ? うーん。あ、そうだ。ももちゃんにジャージ貸したままだったから、返してもらおうかなって。そのあとは決めてないけれど……なにか、引っかかるんだよな」

「ふうん。じゃあ、私もついていくよ」

「え、いいよ。一人で行けるし」

「でも……村の人に会ったら気まずいでしょう?」


 それは確かにその通りなので、ここは申し出を受け入れることにした。



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