第56話
カチャリとドアノブを回し、俺はリサさんとちまき、そして大福とアズサを連れて、何年ぶりかになる実家の玄関を潜った。
「……ただいま」
ぽつりと呟いたその声に反応するように、廊下の奥から実家の先住猫――三毛猫の『タマ』がひょっこりと顔を出した。だが次の瞬間、俺の後ろに控えるシワシワ顔の怪獣(大福とアズサ)の存在に気づいたタマは、全身の毛を逆立てて「シャーッ! シャーッ!」と激しい警戒警報を鳴らした。
「あ、タマちゃん、ごめんね……!」
リサさんが慌ててちまきを抱き直し、大福たちも「なにやつ!?」と言いたげに首を傾げている。
そんな騒ぎを聞きつけて、奥の居間からゆっくりと姿を現したのは、どこかすっかり小さくなったように見える母親だった。
「長政……かい?」
犬嫌いの母親は、大福たちの姿に最初は一瞬身体を強張らせたものの、俺の隣で少し緊張しながら深々と頭を下げるリサさんの姿、そして俺の顔を交互に見つめた。
「お母様、初めまして。門脇リサと申します。いつも長政さんにはお世話になっております」
リサさんの清々しくも温かな挨拶。
俺は、じっとりと汗ばむ自分の手を見つめた後、まっすぐに母親の目を見つめて、ずっと胸の奥に温めていた言葉を口にした。
「……おふくろ。俺、このリサさんと結婚するよ」
静まり返る玄関。
かつて「母親とは仲良くできない」「俺は実家に受け入れられない」と思い込んでいた、俺の中の硬い結び目が、言葉になった瞬間だった。
次の瞬間だった。
厳しい顔をすると思っていた母親の老いた目から、ぽろぽろと大きな涙が溢れ出し、その痩せた頬を伝っていった。
「……よかった……よかったねぇ、長政……っ」
声を詰まらせ、エプロンの端で何度も目元を拭う母親。
不器用で、犬が苦手で、上手く言葉を交わせなかったけれど――母親はずっと、遠く離れた広島で一人で暮らす俺のことを心配し、幸せになることを祈ってくれていたのだ。
足元では、タマちゃんの威嚇もどこへやら、大福とアズサが「泣かないで」と言いたげに、そっと母親の足元へ歩み寄って鼻先を擦り寄せていた。
宮崎の温かな日差しが差し込む玄関。
長年、冷たく閉ざされていた俺の家族のインフラは今、愛する妻と愛犬たちの手によって、優しく、そして完璧に解き放たれたのだった。




