第54話
二〇二六年五月十七日、午後。
『広島パグミーティング』はいよいよクライマックスを迎え、メインイベントである『全日本パグ早食い競争』がスタートしようとしていた。
広場に設置された特設レーン。全国から集まった猛者パグたちがズラリと並ぶ中、我が家の大福もエントリーを果たしていた。
「フゴ……フゴフゴッ……!」
大福の奴、自分の出番だと理解しているのか、やる気満々で目を見開き、地響きのような荒い鼻息を吹き出している。その気迫は、まさに決戦に挑む戦士のそれだった。
係員の手によって、各レーンの『早食い防止皿』にカリカリのフードが投入される。
あの迷路状の防止皿――アパートでアリアに負け続け、悔し涙を飲んできたあの皿だ。
「……待て!」
俺の制止の声に、大福は全身の筋肉を凝固させ、皿の中のカリカリをギョロ目で凝視する。鼻息でフードが飛び散りそうなほどの緊張感が漂う。
そして――。
「……よしっ!!」
合図が鳴り響いた瞬間、全レーンのパグが一斉にフードへ突撃した!
会場中に響き渡る「ぬちゃぬちゃ!」「フゴフゴ!」という凄まじい咀嚼音の嵐。
その中で、大福の動きは次元が違っていた。日頃から我が家のワンルームで鍛え上げられた「溝攻略のロジック」が爆発したのだ。舌先をミリ単位の精度で溝へ滑り込ませ、驚異的な吸引力でカリカリを一瞬で回収していく。
「いけぇぇぇ、大福ーっ!!」
「大福くん、がんばってーっ!!」
俺と、隣でちまきちゃんを抱いたリサさん、そして帰蝶ちゃんを抱っこした内山田課長の大歓声が響き渡る。
次の瞬間。
「勝者――一番レーン、大福ちゃん!!」
司会の声が聞こえた時、大福の皿はすでにピカピカに舐め上げられていた。二位のパグに圧倒的な差をつけての、文句なしの完全優勝だった!
「――やったぞ! 大福ーっ!!」
俺は思わずその場に飛び上がり、駆け寄ってきた大福を両腕で力いっぱい抱きしめた。
「フゴッ! フゴフゴォォーッ!!」
顔中に大福の温かいヨダレをなすりつけられながら、俺は胸が熱くなるのを抑えきれなかった。
アパートで何度も負け続け、それでも諦めずに溝に挑み続けたあの日常。その積み重ねが、今、全国のパグたちの頂点という最高の形で結実したのだ。
「長政さん、大福くん、すごいです! 日本一ですよ!」
リサさんが目を輝かせて拍手を送り、内山田課長も「浅野、お前のパグはアッパレだ!」と感動の面持ちで頷いている。横ではアズサが「さすが私のお兄ちゃんね」と言わんばかりに誇らしげに鼻を鳴らしていた。
5月の澄み切った海風と、会場を包む温かな拍手の嵐。
九死に一生を得た四月から、愛犬と仲間たちと走り抜けてきた五月の空に、俺たちの最高の笑顔が弾けたのだった。




