第44話
土曜日の夜、アパートに帰宅すると、スマートフォンが小刻みに震えた。
画面を開くと、門脇さんから『今日は本当に楽しかったです! ありがとうございました』という、温かなメッセージが届いていた。どうやら、今日の二人と三匹のお散歩デートを心から楽しんでもらえたらしい。胸の奥がじんと熱くなり、俺はベッドの上で何度もその画面を眺めていた。
だが、幸せな余韻に浸る俺の脳裏に、ふと明日の予定が重くのしかかってくる。
(……はぁ、どうしても明日が憂鬱だ)
日曜日は、年に一度の「職場の新年度花見大会」が控えている。上司や先輩にお酌をして回り、気を遣い続ける無駄な労働。だが、もし門脇さんにお酌をしてもらえる瞬間があるなら、それだけで明日に行く意味はあるかもしれない――。そんな淡い妄想を抱きながら、俺は深い眠りについたのだった。
――二〇二六年四月二十六日、日曜日。
雲一つない青空の下、市内公園で会社の花見大会が開催された。
今回の会場は一般的な公園ということもあり、犬たちは全員お留守番だ。出発前、我が家の怪獣たちは自動給餌器の横で「グーグー」と呑気な寝息を立てていた。給餌器にはカリカリを限界まで充填し、水もたっぷりと用意しておいたから、一日くらいはなんとかなるだろう。
しかし、俺の予想通り、花見大会は俺にとって「地獄の展開」となった。
満開の桜の下、酒の回った係長に捕まり、延々と理不尽な説教を聞かされる羽目になったのだ。「お前はだな、もっとだな!」と酒臭い息を吹きかけられ、ハイハイと頭を下げ続ける苦行の時間。これだから会社主導の宴会という昭和のインフラは嫌いなんだ。俺は心の中で何度目かの溜息を吐き捨てていた。
「浅野さん、お酒、もう一口いかがですか?」
うんざりしていた俺の目の前に、救いの神が現れた。
いつの間にか係長の横にやってきた門脇さんが、柔らかい笑顔でビール瓶を差し出してくれたのだ。昨日のデートの私服とは違うオフィスカジュアルな装いだったが、その優しさが、疲れ切った俺の心にしみわたっていく。
「あ、門脇さん……! ありがとうございます」
注いでもらったグラスの泡を見つめながら、俺は心の中で大きくガッツポーズを決めた。
酔っ払い上司の説教という地獄のインフラの中でも、彼女と交わす一瞬の視線とグラスの触れ合い。それだけで、この憂鬱な日曜日も、どうにか乗り越えられそうな気がした。




