第42話
二〇二六年四月二十五日、土曜日の午後。
ついに、待ちに待った門脇さんとの「二人と三匹」のお散歩デートの日がやってきた。
潮風が心地よく吹き抜ける宇品の待ち合わせ場所。遠くから歩いてくる彼女の姿を視界に捕らえた瞬間、俺の心臓は大きくドキンと跳ね上がった。
今日の門脇さんは、春らしい柔らかい素材の白いブラウスに、可憐なフリルのスカートを合わせた私服姿だった。オフィスのきっちりとしたスーツ姿も素敵だが、私服の彼女は息をのむほど可愛らしく、春の日差しの中で眩しいほどに輝いていた。
そして、彼女が大切に抱っこしているスリングの中のチワワ・ちまきちゃんもまた、門脇さんとお揃いのような小さなフリルの洋服を身に纏っていた。
「フゴッ……!?」
俺の足元で、昨日シャンプーをしてふわふわに整えられた我が家の大福が、突如として石のように硬直した。
お上品すぎるフリルを身にまとった貴婦人のようなちまきちゃんの威容に完全に気圧されたのか、あの暴れん坊の食いしん坊怪獣が、額のシワを寄せて「俺なんかが近寄っていいのだろうか……」と言いたげにフリーズしている。黒パグのアズサも、大福の後ろにスッと隠れて様子を伺っていた。
「浅野さん、お待たせしました。今日はよろしくお願いします!」
門脇さんが花が咲くような満面の笑みでペコリと頭を下げる。その可憐な姿に、俺のドギマギした緊張のインフラはピークに達しそうになった。
「は、はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」
こうして、二名と三匹による前代未聞の特別デートがスタートした。
まずは、俺が必死の形相で事前リサーチしておいた、海沿いのペット同伴可能なオープンカフェへと向かった。テラス席案内され、潮風を感じながら腰を下ろす。
門脇さんは温かい紅茶を、俺はアイスコーヒーを注文。そして、犬用メニューから大福、アズサ、ちまきのために、それぞれ専用の無添加おやつを用意してもらった。
いつもなら「我先に!」とブルドーザーのように皿に飛びつくはずの大福だが、今日はお皿を前にしても実に静かだった。ちまきちゃんの優雅なお手本のような食べ方を盗み見るようにして、一枚のビスケットを「チョパ……チョパ……」と実に慎重に噛み締めている。そんな大福の珍しい「お行儀モード」に、俺と思わず苦笑いを交わし合った。
カフェの温かな空気の中、会話は自然と弾んでいった。
大福やちまきたちの愛くるしい失敗談や日頃の癖といったワンちゃんの話題から始まり、やがて話は職場での出来事や、お互いの仕事の悩み、ちょっとした愚痴にまで及んだ。
「実は私、経理の数字がどうしても合わない時、一人でデスクでキーッてなりそうになるんですよ」
「分かります。俺も現場のトラブルで胃が痛くなる日ばかりですよ」
普段のオフィスでは見せない彼女の素直な一面やふとした弱音。それに耳を傾け、自分の本音も少しずつ打ち明けていく。
互いに共感し合い、頷き合うたびに、胸の奥にすうっと心地よい温もりが広がっていく。
ほんの少し前までは、ただの同じ会社の「経理部の門脇さん」だった彼女との間にあった目に見えない壁が、潮風と犬たちの温もりに溶かされるようにして、ゆっくりと、だけど確実に縮まっていくのを俺は噛み締めていた。




