第40話
二〇二六年四月二十一日、火曜日。
門脇さんとの四月二十五日のダブルデートに向けて、俺の脳内インフラは完全にキャパシティを超えていた。宇品の海岸沿いのルート、ペット可のテラス席、ちまきちゃんと大福たちのディスタンスの取り方……画面を見つめすぎて目がチカチカする。
「はぁ……気に入られなかったら、どうしようもないよな……」
思わずベッドにひっくり返り、天井を見上げてため息を吐く。
煮詰まった俺の視線は、現実逃避を求めるように、自然とリビングの床へと向かった。
そこには、クッションの上で丸くなって寝ている大福の姿があった。
薄暗い部屋の明かりの中で、その姿をじっと見つめているうちに、俺の脳内にある奇妙な数式が成立してしまった。
(……待てよ。なんか、生牡蠣に似てないか?)
一度そう思ってしまうと、もう生牡蠣にしか見えなくなった。
灰色がかった独特のフォーンの毛並み、少し湿った黒い鼻先、そして何より、首の周りに幾重にも重なった、たるんだシワの質感。それは、俺が生まれ育った九州の海のものよりも大ぶりな、ここ広島が世界に誇る、殻から剥きたての「ぷるんとした生牡蠣」そのものだった。我が家にはパグではなく、海のミルクが転がっていたのだ。
「おい大福。お前、じっと見てるとさ……なんか生牡蠣みたいだな」
ポツリと呟いた、その声が聞こえたのだろう。
大福の短い耳がピクッと跳ね上がった。次の瞬間、彼はガバッと起き上がると、ギョロ目を限界まで見開いて、俺のベッドの足元まで突進してきた。
「フゴッ!? フゴフゴフゴォォォーーーッ!!」
前足をベッドの縁にかけ、見たこともないような猛烈な勢いで抗議の鼻息を吹き付けてくる。パグとしてのプライドが傷ついたのか、「俺をそんなヌルッとした貝類と一緒にするな!」とでも言いたげな、凄まじい怒りのシステムが作動していた。隣でアズサまでが、大福の気迫に押されて「ワンっ」と小さく加勢している。
「悪かった、悪かったって! 褒め言葉だよ、広島名物なんだから!」
俺は慌ててベッドから下りると、キッチンの棚から大好物の犬用ビスケットの袋を取り出した。
カサッ、と。
ビニールが擦れる小さな音が、静かな部屋に響く。
その瞬間、大福の「フゴフゴ」という怒りの絶叫が、ピタリと止まった。
さっきまで怒髪天を突く勢いだったギョロ目は、一秒で「純粋無垢な子犬」の輝きを取り戻し、短い尻尾がプロペラのように回り始める。パグの感情のインフラ、復旧スピードが早すぎる。
「ほら、生牡蠣、じゃなくて大福。機嫌直せ」
ビスケットを差し出すと、大福は「ぬちゃっ」と音を立ててそれを一瞬で吸引した。美味しそうに咀嚼しながら、これでもかと尻尾を振っている。お前のプライドは、ビスケット一枚で買収できる程度だったらしい。
大福の口の周りについたビスケットの粉を拭き取りながら、俺はふっと肩の力が抜けるのを感じた。
デートのことで勝手に焦って、一人でパンクしかけていたけれど、俺の足元にはこんなにも分かりやすくて愛おしい怪獣たちがいるのだ。
「二十五日も、お前らしく生牡蠣ステップで頼むぞ」
そう語りかけると、大福はもう一枚を催促するように、静かに俺の膝へアゴを乗せてくるのだった。




