第39話
二〇二六年四月二十日の午後。
送信ボタンを押してから、わずか十分後。スマートフォンの画面が小刻みに震え、通知ランプがパッと点灯した。画面を開いた俺の視界に、心臓が跳ね上がるような文面が飛び込んでくる。
『嬉しいです! ぜひご一緒させてください。……あの、もし浅野さんが良ければ、うちのちまきも連れて行っていいですか?(チワワが両手を振るスタンプ)』
「――よしっ!!」
俺は思わず、誰もいないリビングで拳を握りしめていた。
ちまきも一緒。ということは、俺と門脇さん、そして大福、アズサ、ちまきという、前代未聞の「二名と三匹」による犬連れダブルデート・システムがここに完全構築されたわけだ。一人で行くのは少し緊張すると思っていたが、相棒たちがいてくれるなら百人力……いや、パグ二匹の破壊力を考えると、一馬力くらいに減る可能性もあるが。
決戦の日は、四月二十五日の土曜日。
カレンダーを確認しながら、俺はふと、翌日である二十六日の予定に目を留めた。日曜日には、あの鬼課長が音頭を取る「職場の新年度花見大会」が控えている。
(桜が綺麗な名所は……やめておこう)
どうせ次の日に、会社の面々と嫌というほど満開の桜の下でお酌をさせられるのだ。せっかくの門脇さんとのプライベートな時間まで、同じ景色で塗りつぶす必要はない。もっと静かで、潮風が心地よくて、犬たちがのびのびと過ごせる宇品の海沿いのプロムナードか、芝生の綺麗な穴場公園にしよう。
そうと決まれば、ここからは「デートプランの構造設計」だ。
俺はノートPCを開き、必死の形相で検索エンジンを叩き始めた。
『犬同伴可 カフェ 広島』『チワワ パグ 相性』『初デート 失敗しないルート』――。
「フゴォ……フゴゥ……」
足元では、さっきまでバナナを狙っていた大福が、俺の焦りなどどこ吹く風で、ヘソを天に向けてブヒブヒと呑気な寝息を立てている。アズサもその腹に寄り添うようにして丸くなっていた。
「おい大福、アズサ。お前ら、二十五日は門脇さんとちまきちゃんに会うんだぞ。頼むから、ちまきちゃんに体当たりしたり、門脇さんの服にヨダレをなすりつけたりするなよ……?」
話しかける俺の口元は、かすかに震えていた。
もし、俺の考えたデートプランが退屈だったら? もし、大福たちがちまきちゃんを怯えさせて、門脇さんに嫌われてしまったら?
一度ネガティブなロジックが作動すると、焦りは無限に膨れ上がっていく。仕事の予算編成よりも遥かに複雑で、一筋縄ではいかない「恋愛」という名の未知のインフラ。
画面に並ぶオシャレなドッグカフェの画像を見つめながら、俺は、新年度のどんな修羅場よりも激しい緊張と焦燥の波に、一人静かにおぼれそうになっていた。




