第34話
二〇二六年四月十一日。
今夜、我がアパートの大家さんが開催したのは、住民の愛犬家たちが集う「犬食いしん坊の会」だった。
大家さんの広いリビングに、所狭しと並べられたのは、ビーグルのアリアと、我が家の大福・アズサ、そして何故か隣人まで巻き込んだ犬たちの熱い視線。
大福にとって、今日という日は「雪辱の場」だった。先日の犬集会で、早食い王者アリアに完敗を喫したその屈辱を晴らすため、俺はネットで評判の「早食い防止皿(迷路状の溝があるタイプ)」をわざわざ調達し、特訓を積んできたのだ。
「フゴッ! フゴッ!」
大福は今か今かと待ちわびながら、鼻息でフローリングに跡がつくほど荒ぶっている。その隣で、ライバルのビーグル・アリアは、大家さんがカリカリを皿に盛る様子を、まるで高級レストランのメニューでも吟味するかのような優雅な視線で見つめていた。
「よーい、スタート!」
掛け声とともに、大福の「迷路攻略戦」が始まった。
彼は迷路の壁に鼻を突っ込み、計算し尽くした(はずの)角度でカリカリを掻き出す。一昨日の敗北を経て、大福はついに「吸引力」をコントロールする技術を身につけたのだ。……そう、俺は信じていた。
だが、隣のアリアは違った。彼女は迷路など意に介さず、独自の「ブルドーザー戦法」で溝を強引になぎ倒し、驚異的なスピードで胃袋へカリカリを流し込んでいく。
「アリアちゃん、完食〜!」
大家さんの歓声が上がる。大福の皿には、まだ半分以上のカリカリが迷路の奥に隠れていた。
「フ……ゴォォォッ!!」
敗北を悟った大福の魂の叫びが、リビングに響き渡る。
顔を上げれば、アリアがしれっとした顔で大福の皿に近づこうとしている。俺が慌てて制止する横で、大福は「なんで勝てないんだ!」とでも言いたげに、アゴを床に叩きつけて不貞寝を決め込んでいた。
大家さんの部屋に漂うのは、敗北の切なさと、美味しいご飯の香り。
帰りの廊下で、アリアに尻尾を振られてもそっぽを向く大福の背中は、また一段と哀愁を帯びていた。アリアよ、お前が強すぎるだけなんだ、大福のせいじゃないんだよ……。




