試させてもらう
貴族院への対抗策は、翌朝には潰された。
合同指揮室に集められた俺たちの前で、軍務官が震える声で通達を読み上げる。
「司令官各位に告ぐ。今後、撤退命令を独断で発した者は、指揮権を一時凍結。該当部隊は監察官直属の管理下へ移す」
空気が死んだ。
レイナの手が剣へ伸びる。リリスの指が銃把を撫でる。ユアの祈祷書が軋み、ノエルの片眼鏡の奥で瞳が細くなる。
俺は魔導盤の縁を握った。
聖女部隊は、祈りと銃と魔法を併せ持つ切り札だ。だから貴族院は、彼女たちを失うことより、使い切れないまま退かせることを恐れている。前に進む弾丸は美しい。戻ってくる弾丸には価値を見ない。
「……ふざけるな」
カイルが低く吐き捨てた。
その時、扉が開いた。
入ってきたのは、黒い礼服の監察官だった。細い男だ。白い手袋をはめ、戦場の匂いを知らない顔をしている。
「感情的になられては困ります。これは王国の合理的判断です」
「合理的?」
俺は思わず聞き返した。
「聖女を死ぬまで撃たせることがか」
「死ではありません。資源の最大運用です」
その言葉で、室内の温度が一段下がった。
リリスが笑った。
「あは。今の、撃っていい理由になる?」
「ならない」
「司令官が止めなきゃ、撃ってたよ」
「止めるためにいる」
監察官は俺を見下ろした。
「君が例の病弱な司令官か。聖女に情が移りすぎていると聞く」
「情がなければ、人は帰せません」
「兵器に情は不要だ」
瞬間、レイナが動いた。
抜刀はしなかった。ただ一歩、俺の前へ出る。その一歩だけで、監察官の護衛が青ざめた。
「撤回を」
「何?」
「司令官の前で、私たちを兵器と呼ぶことを許しません」
声は静かだった。
だが、その静けさは刃だった。
監察官は笑おうとして失敗した。レイナの背後で、リリスが弾倉を回し、ユアが祈りを閉じ、ノエルが狙撃銃の安全装置に指をかけていたからだ。
俺は立ち上がった。
膝が少し震える。情けない。でも、座ってはいられなかった。
「監察官殿。ならば、次の任務にはあなたも同行してください」
男の顔が歪む。
「私が?」
「撤退承認が必要なら、現場で即時判断してもらう必要があります。安全な部屋からでは遅い」
「私は文官だ」
「聖女も人間です」
沈黙が落ちた。
俺の声は大きくなかった。けれど、四人の視線が背中を支えていた。
「彼女たちを資源と呼ぶなら、あなたも盤面に乗ってください。命令する者だけが安全圏にいる戦場を、俺は認めない」
監察官は返事をしなかった。
代わりに、薄く笑う。
「いいだろう。次の任務で証明してもらう。君の甘い指揮が、王国に必要かどうかを」
彼が去ったあと、合同指揮室には重い沈黙だけが残った。
カイルが椅子に座り直す。
「君、本当に喧嘩を売るのが下手だな」
「売ったつもりはない」
「なら才能がある」
俺は返事をしようとして、咳き込んだ。喉の奥が焼ける。昨日の疲労が残っているのに、無理に声を張ったせいだ。
「司令官」
ユアがすぐに支える。
「大丈夫だ」
「大丈夫ではありません」
レイナが俺の肩に外套を掛ける。
「座ってください」
「まだ話が――」
「座ってください」
二度目は命令に近かった。
俺は逆らえず椅子に座る。非力な体が憎い。ほんの少し立っていただけで息が乱れる。こんな俺が、聖女たちを人間として扱えなどと叫ぶ。
滑稽だ。
けれど、リリスが俺の手を握った。
「司令官が弱くてよかった」
「またそれか」
「うん。弱いから、あたしたちが兵器じゃないって分かってくれる。強い人は、強いものを平気で使い潰すから」
ユアが静かに頷く。
「司令官は、わたしたちを帰すために震えてくださる」
ノエルが小さく微笑む。
「その震えは、勇気より貴重です」
レイナは俺の前に膝をついた。
「司令官。あなたが私たちを人間と呼ぶ限り、私は剣であり続けます。兵器ではなく、あなたの意思で鞘に戻れる剣として」
胸が詰まった。
俺は彼女たちの名前を呼べる。だが、彼女たちは俺の名を知らない。知りたいはずなのに、まだ司令官と呼んでくれる。
その信頼が、痛かった。
「次の任務で、監察官は俺たちを試す」
俺は魔導盤を開いた。
赤い点がひとつ、王都南西の廃棄聖堂に灯っていた。
「敵は外にも内にもいる。だから、誰も置いていかない。監察官もだ」
リリスが露骨に嫌そうな顔をした。
「あいつも助けるの?」
「助ける。死なせたら、貴族院は聖女を守れない証拠に使う」
「司令官、ほんと嫌な盤面見るよね」
「臆病だからな」
カイルが立ち上がる。
「僕も行く。証人が必要だろう」
俺は頷いた。
その瞬間、作戦室の鐘が鳴った。
出撃命令。
重い鉄の音が、胸の奥まで沈んでいく。
レイナが剣を取る。リリスが魔導銃を装填する。ユアが祈祷書を胸に抱き、ノエルが長銃を背負う。
四人は美しかった。
だからこそ、怖かった。
美しいものほど、戦場では簡単に壊される。
「全員、準備」
俺は震える指で通信石を握った。
「今回の目的は討伐じゃない。証明だ」
四人の視線が俺に集まる。
「聖女は兵器じゃない。司令官は処刑人じゃない。俺たちは、帰るために戦う」
返答は短かった。
「了解、司令官」
その声は甘くなかった。
祈りでも、愛でも、呪いでもない。
死地へ向かう者たちの、静かな覚悟だった。
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