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許されないこと

 王都へ戻った俺たちは、英雄として迎えられなかった。


 北方監視塔の生存者は七名。救出した聖女たちは、白い布に包まれて聖堂へ運ばれていった。助かったはずなのに、誰も笑わない。胸元の聖痕を失った少女は、もう二度と聖女部隊には戻れない。


 祈りを武器にされた者が、祈る力を奪われる。


 それが、この戦争の残酷さだった。


 合同指揮室に戻ると、カイルは黙って椅子に沈んだ。彼の聖女たちも、いつもの規律を保てていない。ひとりは唇を噛み、ひとりは血のついた手袋を外せず、もうひとりは壊れた魔導銃を抱きしめていた。


 俺の部隊も同じだった。


 レイナは壁際に立ったまま、ずっと剣の柄に手を置いている。リリスは弾倉を何度も抜き差ししていた。ユアは祈祷書を開いているのに、ページをめくれない。ノエルは片眼鏡を拭くふりをして、何度もこちらを見ていた。


「司令官」


 最初に口を開いたのはカイルだった。


「君は、どうしてあそこで名前を隠した」


 部屋の空気が止まる。


 レイナたちの視線が、ゆっくり俺に集まった。


 俺は魔導盤に目を落とす。盤面には、焼け落ちた監視塔の跡が黒く表示されていた。


「敵に奪わせたくなかった」


「彼女たちには?」


「……まだ、渡せない」


 そう答えた瞬間、胸の奥が痛んだ。


 名前なんて、ただの音だ。なのに、彼女たちにとっては違う。俺を司令官ではなく、一人の人間として縛る鍵になる。渡せば、たぶん彼女たちはもっと深く沈む。愛も、依存も、祈りも、今より濃くなる。


 俺はそれが怖かった。


 レイナが静かに近づいてきた。


「司令官」


「分かってる。卑怯だよな」


「いいえ」


 彼女は俺の前で膝をついた。


「卑怯なのは、私たちです。名を知りたい。呼びたい。夢の中だけでは足りない。けれど、知ってしまえば、私はきっと今より我慢ができなくなります」


 リリスが椅子の背にもたれ、無理に笑った。


「あたしなんか、名前知ったら弾に刻みそう。司令官を傷つける奴を撃つたびに、その名前を見て安心するの。……うわ、重いね」


「自覚はあるのか」


「あるよ。あるから、怖いんじゃん」


 ユアが祈祷書を閉じた。


「わたしは、祈りに混ぜてしまいます。朝も夜も、癒やす時も、眠る前も。きっと、その名だけを神様より先に呼んでしまう」


 ノエルは薄く微笑んだ。


「わたしは、記録します。声の震え、呼ばれた時の反応、眠っている時に囁いた場合の脈拍変化まで」


「最後はやめろ」


「では、許可制にします」


「許可しない」


 少しだけ笑いが生まれた。


 だが、その笑いはすぐに消えた。


 扉が開き、軍務官が入ってきたからだ。


「司令官各位。貴族院より通達です」


 嫌な予感がした。


 軍務官は顔色を悪くしたまま、封書を読み上げる。


「聖痕汚染への対抗策として、今後、聖女部隊の撤退判断は司令官単独ではなく、貴族院監察官の承認を必要とする」


 室内が凍りついた。


 つまり、逃げるなということだ。


 聖女が死にかけても、司令官が撤退を命じても、貴族の承認がなければ戦場に残れ。そういう命令だった。


 カイルが机を叩いた。


「ふざけるな! 現場を知らない連中が!」


 俺は拳を握る。


 怒りで視界が狭くなる。けれど、怒鳴っても盤面は変わらない。貴族たちは聖女を兵器として見ている。壊れるまで撃てる魔導銃と同じだと思っている。


「司令官」


 レイナが俺を見る。


「命令を」


 リリスも、ユアも、ノエルも、俺を見ていた。


 その目には、期待だけではない。もし俺が「戦え」と言えば、彼女たちは戦う。壊れるまで。俺の声を信じて、笑いながら地獄へ行く。


 だからこそ、俺は間違えられない。


「撤退権限は渡さない」


 俺は言った。


 軍務官が息を呑む。


「ですが、通達は――」


「現場で死ぬのは貴族じゃない。聖女だ。兵だ。なら、俺が責任を取る」


 カイルがこちらを見た。


「君ひとりで背負う気か」


「ひとりじゃない。司令官は他にもいる」


 俺は彼を見る。


「カイル。協力してくれ。ほかの司令官にも声をかける。聖女部隊の撤退判断を、現場指揮官の共同裁量に戻す。貴族院に押し切られる前に、実績と署名を集める」


「……反抗だぞ」


「生きて帰すための作戦だ」


 カイルは少しだけ笑った。


「君は本当に、臆病なくせに無茶をする」


「よく言われる」


 その時、リリスが背後から俺に抱きついた。


 耐えられるはずもなく、俺は前のめりに倒れかける。レイナが支え、ユアが腕を取り、ノエルがなぜか記録用の小帳を開いた。


「司令官、やっぱり軽い」


 リリスが耳元で囁く。


「男なのに、あたしがちょっと抱きついただけで負けちゃうんだ」


「今は真面目な場面だ」


「真面目だよ。だから確認してるの。こんなに弱い人が、あたしたちを逃がすために貴族と戦うんだって」


 ユアが俺の手を包む。


「司令官が壊れないように、わたしたちが守ります」


 レイナが低く告げる。


「あなたを害する命令なら、私は命令ごと斬ります」


 ノエルが微笑む。


「名前はまだ我慢します。その代わり、今はあなたの反逆を記録させてください」


「反逆じゃない」


「では、愛の作戦行動ですね」


「もっと違う」


 カイルが呆れたように笑った。


「君の部隊は、本当に騒がしいな」


 俺は四人に支えられながら、魔導盤を見下ろした。


 魔族は外から聖女を奪う。


 貴族は内側から聖女を使い潰す。


 敵は、戦場だけにいるわけじゃない。


「全員、聞け」


 俺の声に、四人が背筋を伸ばした。


「次の敵は魔族だけじゃない。聖女を道具にする連中全員だ。誰も壊させない。誰も置いていかない」


 四人の瞳が、暗い熱を帯びる。


「了解、司令官」


 その声は甘く、重く、少しだけ危険だった。


 けれど、今はそれでいい。


 この重さごと、俺は指揮する。


 彼女たちを兵器ではなく、帰る場所のある女の子として生かすために。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

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