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新たな聖女

 翌朝、俺は医務室の寝台の上で、軍務官から渡された書類を見て固まっていた。


 書類の表題には、こうある。


 ――聖女部隊、第四席配属通知。


「……第四席?」


 俺が呟くと、枕元にいたユアが嬉しそうに微笑んだ。


「はい。聖女部隊は、聖堂が認定した特級戦力の総称です。治癒や浄化に限らず、騎士、銃士、魔術師であっても、聖痕に適合した者は聖女と呼ばれます」


「つまり、レイナやリリスも聖女扱いなのか?」


「扱いではありません。正式な聖女です」


 俺は思わずレイナとリリスを見た。


 レイナは騎士団の制服姿で壁際に立ち、リリスは椅子に逆向きで座って魔導銃の弾倉を弄っている。どちらも一般的な聖女のイメージからは遠い。片方は無表情で剣を抱いているし、もう片方は今にも窓の外を撃ちそうだ。


「司令官、今ちょっと失礼なこと考えたでしょ」


「考えてない」


「嘘。あたしのこと、聖女っていうより問題児だと思った」


「否定はしない」


「ひどっ」


 リリスが頬を膨らませる。その仕草だけなら年相応に可愛いのだが、手元の魔導銃が分解整備中なので、絵面が物騒だった。


 聖女部隊。


 その名から、俺は白い修道服の少女たちが祈る部隊を想像していた。だが実際は違う。神聖魔力を身体に宿し、聖痕という紋様を発現させた女性たち。その力の出方は人によって違う。


 ユアは祈りと治癒。


 レイナは聖銀の剣と防護結界。


 リリスは魔導銃へ聖属性の弾丸を装填する射撃術。


 つまり彼女たちは、聖なる力を使う戦闘兵科の総称なのだ。


「それで、第四席って誰なんだ?」


 俺が書類へ視線を戻した瞬間、医務室の扉が叩かれた。


「入ります」


 澄んだ声だった。


 入ってきたのは、黒い修道服に短い外套を羽織った少女だった。年は俺と同じか、少し上くらい。淡い金髪を肩口で切り揃え、片眼鏡の奥に琥珀色の瞳を光らせている。


 背負っているのは杖ではなく、長大な魔導狙撃銃だった。


 銃身には聖句が刻まれ、魔石の薬室が淡く輝いている。祈るための道具ではない。遠距離から魔を撃ち抜くための、明確な武器だ。


「聖女部隊第四席、ノエル・アステリア。ただいま着任しました」


 彼女は胸に手を当て、俺へ優雅に一礼した。


「あなたが噂の司令官ですね」


「ああ。よろしく頼む」


 俺が返事をすると、ノエルはじっとこちらを見つめた。


 そして、なぜか満面の笑みを浮かべた。


「想像以上に弱そうです」


「初対面でそれ言う?」


「褒めています。わたし、守り甲斐のある方は好きですので」


 部屋の空気が一瞬で変わった。


 レイナの視線が氷点下になる。リリスが魔導銃の部品を組み上げる速度を上げる。ユアは微笑んだまま、俺の布団をそっと掴んだ。


 まずい。


 新しい火種の匂いがする。


「ノエル。司令官への距離が近いです」


 レイナが淡々と言った。


 ノエルは首を傾げる。


「まだ三歩ありますが?」


「心の距離です」


「まあ。騎士聖女様は独占欲がお強いのですね」


 リリスが椅子から身を乗り出した。


「ねえ、その長い銃、飾りじゃないよね。あとで勝負しよ」


「構いません。銃士聖女様。ただし、司令官に流れ弾が当たらない場所で」


「あたしが司令官に当てるわけないでしょ」


「ええ。外した弾が嫉妬で曲がらなければ」


「いい度胸してるじゃん」


 ユアが穏やかに二人の間へ入る。


「争いはいけません。司令官が怯えます」


「怯えてはいないが、胃は痛い」


「では、わたしが癒やします」


 ユアが自然に俺の手を取ろうとした瞬間、ノエルがすっと反対側へ回り込んだ。


「治癒なら、わたしも可能です。狙撃聖女は遠視、遠撃、遠隔治癒を得意としますので」


「司令官の治癒は、わたしの担当です」


 ユアの笑顔が深くなる。


 ノエルも笑顔を崩さない。


「担当制でしたか。では、空き枠はありますか?」


「ありません」


「残念です。では新設しましょう。たとえば、司令官の精神安定担当など」


「不要です。司令官の心は、わたしたちが包んでいます」


「包むだけでは窒息しますよ?」


 俺は布団の中で頭を抱えたくなった。


 新ヒロイン、初日から強い。


 しかも、ただの癒やし枠ではない。レイナに対しては騎士として、リリスに対しては銃士として、ユアに対しては聖女として競える。これは部隊としては心強いが、俺の精神衛生上は非常に危険だった。


 ノエルは俺の視線に気づくと、柔らかく微笑んだ。


「ご安心ください、司令官。わたしは他のお三方のように、あなたを困らせるつもりはありません」


「それは助かる」


「ただ、あなたが弱りきって、誰かに縋りたくなった時、一番近くにいるのがわたしであればいいなと思っているだけです」


「十分困る発言だった」


 リリスが噴き出した。


「司令官、顔真っ赤」


「熱だ」


「違うと思います」


 レイナが俺の額に手を当てる。冷たい手のひらが心地いい。だが、その横からユアがもう片方の手を伸ばし、ノエルが脈を測ろうとしてくる。


「待て。全員で診るな」


「司令官の健康確認です」


「看病です」


「観察です」


「最後だけ目的が違う」


 三人だった圧が、四人になった。


 だが、混乱の中でも俺は書類を読み進める。ノエルの配属理由は、東の森よりさらに奥にある魔族領境界の偵察。魔王軍の斥候が、魔導銃に似た武器を持ち始めたという報告があるらしい。


 銃と魔法。


 この世界の戦争は、剣だけでは終わらない。聖なる弾丸、魔石式の狙撃銃、結界を貫く術式弾。戦場はどんどん複雑になっている。


 俺のような非力な司令官が生き残るには、彼女たちの力を正しく配置するしかない。


「ノエル」


「はい、司令官」


「君の射程と、魔力消費を教えてくれ。次の作戦に組み込む」


 ノエルの瞳が、すっと細くなった。


 甘い笑顔の奥から、戦闘者の顔が現れる。


「最大射程は三千歩。聖痕解放時なら、視界外の魔力反応も撃ち抜けます。ただし連射は苦手です。一発ごとに祈りを込める必要がありますので」


「十分だ。レイナが前衛で敵の足を止め、リリスが中距離で群れを崩し、ユアが結界と治癒で線を保つ。ノエルは後方から指揮個体を狙撃。これで聖女部隊の穴がかなり埋まる」


 言い終えると、四人が同時に俺を見た。


 なぜか、少し熱っぽい視線だった。


「……なんだ?」


 レイナが静かに答える。


「司令官が、私たちのことを必要だと言ってくださいました」


「作戦上な」


 リリスがにやにや笑う。


「照れ隠しだ」


「違う」


 ユアが頬に手を当てる。


「司令官の中に、わたしたちの居場所があるのですね」


「言い方が重い」


 ノエルは俺の枕元へ身をかがめ、片眼鏡の奥で楽しそうに笑った。


「では、わたしも早く司令官の盤面に深く刻まれたいです」


「作戦単位で頼む」


「心の単位でも構いません」


「構わないでくれ」


 四人がそれぞれ違う顔で笑った。


 冷静なレイナ。


 快活なリリス。


 慈愛のユア。


 柔らかく鋭いノエル。


 全員が聖女で、全員が戦える。剣と祈りと銃と魔法を持ち、俺なんかよりずっと強い。


 そして全員、俺に対してだけ距離感がおかしい。


 俺は医務室の天井を見上げ、深く息を吐いた。


 聖女部隊は、さらに強くなった。


 同時に、俺の逃げ場はまた一つ減った。


「司令官」


 ノエルが甘く囁く。


「これから、よろしくお願いしますね。弱くて優しい、わたしたちの司令官」


 その言葉に、他の三人の視線が鋭くなる。


 俺は確信した。


 次の戦場より先に、この部隊内のラブコメ戦線を指揮しないと、たぶん俺が死ぬ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

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