表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パーティを追放されたのでヒーラーが魔術師とうそをつきました  作者: Miris
追放されたヒーラー、魔術師を名乗る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/52

第9話 毒針の傷


 初依頼を終えた昼下がり、ミナたち四人の帰り道は、思っていたより穏やかだった。


 小洞窟を出た後、四人は街道へ戻るために林の中を歩いていた。毒蛾の死骸から採取した討伐証明はリタの袋の中。ガイは盾を背負い直し、セラは少し誇らしげに剣の柄を撫でている。


「初依頼、成功ですよね」


 セラが何度目かの確認をした。


「成功だ」


 ガイが答える。


「毒蛾も倒した。証明も取った。全員歩けてる」


「全員歩けてるって大事ですね」


「大事だ」


 ガイは真面目に頷いた。


 そのやり取りに、ミナは少しだけ笑った。


 全員歩けている。


 それは本当に大事だ。討伐数より、報酬より、まずそこだと思う。以前なら、そう思っても言えなかった。


 今も言えるわけではない。


 けれど、ガイが当たり前のように言ってくれるだけで、胸の奥が少し柔らかくなる。


 リタが先頭で枝を避けながら歩く。


「浮かれるのは街に戻ってからね。毒蛾は巣から離れたところに隠れてることもあるから」


「はい!」


「返事だけ元気」


 セラが頬を膨らませた。


 ミナは周囲の空気を読む。


 毒粉の濃い気配はない。林の中は湿っていて、風も弱い。普通なら安全だ。


 普通なら。


 右手の茂みが、かすかに揺れた。


 リタが短剣に手をかけるより早く、ミナの目がそこへ向いた。


 白い羽。


 小さいが、腹部が膨らんでいる。


 毒針持ち。


「セラさん、止まって!」


 ミナの声が飛ぶ。


 セラは反応した。けれど、足が半歩前に出ていた。勝利の後で気が緩んでいたのだろう。剣に手を伸ばした姿勢のまま、毒蛾と向き合う形になる。


 毒蛾が跳ねた。


 ガイの盾が間に合わない。


 リタの短剣も届かない。


 ミナは支援を伸ばした。セラの足を引く。反応を補助する。肩の力を抜かせる。


 でも、間に合わなかった。


 毒針が、セラの左腕に刺さった。


「っ!」


 セラが息を詰める。


 ガイの盾が毒蛾を弾き飛ばし、リタの短剣が羽を裂いた。毒蛾は地面に落ち、すぐに動かなくなる。


 けれど、ミナの目はセラの腕から離れなかった。


 針の周囲が、すでに青黒く変わり始めている。


 毒が早い。


 血流に乗る。


 呼吸が乱れる。


 指先が震える。


 迷っている時間はない。


 ******


「座ってください。腕を心臓より低くしないで」


 ミナの声は、自分でも驚くほど冷静だった。


 セラは顔を青くしながら膝をつく。


「だ、大丈夫です。これくらい」


「大丈夫かどうかは私が見ます」


 言葉が少し強かった。


 セラは目を丸くしたが、逆らわなかった。


 ミナは毒針の周囲に手を当てる。皮膚の下で毒が広がっていく。速い。熱を持ち、血管を刺激し、腕から肩へ向かう。呼吸はまだ保っているが、このままでは喉にも反応が出る。


 補助魔術としてごまかせる範囲ではない。


 明らかに治癒だ。


 しかも、かなり精密な治癒。


 リタが近くにいる。ガイも見ている。セラ自身も意識がある。ここで使えば、もう「支援です」だけでは通らないかもしれない。


 でも。


 毒は待たない。


 師匠の声が、頭の中で短く響く。


「迷っている間に毒は回る。言い訳は後でしろ」


 ミナは深く息を吸った。


「解毒補助を入れます」


「補助?」


 リタの声がした。


 ミナは答えない。


 治癒式を立ち上げる。毒を完全に消すのではない。血の流れを一時的に遅くし、広がった毒を腕の一部へ留める。神経の反応を落ち着かせ、呼吸へ影響が出ないよう喉と胸の緊張を抑える。


 その上で、毒の性質に合わせて式を組み替える。


 既存の解毒魔術では間に合わない。毒蛾の種類が微妙に違う。だから、師匠に叩き込まれた通り、相手の体に合わせて縫い直す。


 魔法式は石板ではない。


 相手の体に合わせて縫い直せ。


 ミナの指先に汗が滲む。


 セラの呼吸が浅くなる。


「セラさん、私を見て。息を吐いてください」


「は、い」


「吸うより先に、吐いて」


 セラが震えながら息を吐く。


 その呼吸に合わせ、ミナは毒の流れを押し戻した。


 青黒い色が、少しだけ薄くなる。


 ガイが息を呑んだ。


 リタは黙っている。


 ミナには、二人を見る余裕がなかった。


 今はセラだけを見る。


 痛み。毒。呼吸。脈。魔力循環。


 全部を一つずつ拾い、必要な場所へ必要なだけ流す。


 強すぎると体が反発する。


 弱すぎると毒が勝つ。


 細く、深く、急がずに。


 数分が、ひどく長かった。


 やがて、セラの肩から力が抜けた。


「息、できます」


 ミナはそこで初めて、自分も息を止めていたことに気づいた。


「よかった」


 声が震えた。


 セラの腕にはまだ痕が残っている。完全に治したわけではない。毒の影響を抑え、危険な流れを止めただけだ。しばらく安静にすれば大丈夫。


 それでも、命はつながった。


 セラは涙目で自分の腕を見ていた。


「私、死ぬところでしたか」


 ミナはすぐには答えなかった。


 怖がらせたいわけではない。けれど、軽く流してはいけない。


「あのまま走ったり、強く息を吸ったりしていたら危なかったです」


「私、また前に出すぎました」


「はい」


 ミナは正直に頷いた。


 セラの顔が少し曇る。


 けれど、ミナは続けた。


「でも、止まろうとはしてくれました。次は、もっと早く止まれます」


「次」


「次がある方がいいです。反省できるので」


 その言葉に、ガイが小さく頷いた。


「生きてるなら反省できる」


 セラは唇を噛み、それから深く頭を下げた。


「次は、ちゃんと聞きます」


 ミナは包帯の端を結ぶ。


「お願いします。私も、もっと早く言います」


 ******


「今の、何?」


 リタの声は軽くなかった。


 ミナはセラの包帯を巻きながら、指を止めた。


「解毒補助です」


「補助にしては、ずいぶん体の中まで見てた」


「毒の流れを」


「そういうの、普通の補助魔術師がやる?」


 ミナは答えられない。


 ガイが間に入るように言った。


「今は戻るのが先だ。セラを歩かせるわけにはいかない」


「それは賛成」


 リタはあっさり引いた。


 でも、疑いを捨てたわけではない。


 ガイはセラの前にしゃがむ。


「背負う」


「歩けます」


「歩かせない」


 短いやり取りの後、セラは素直に背負われた。


 ミナはほっとしながらも、包帯に残った光を見つめる。


 治癒の痕跡が残っている。


 高度な治療をした後の、細い魔力の縫い目。普通の冒険者にはわからないかもしれない。でも、ギルドの試験官や本物の魔術師が見れば、気づく可能性がある。


 ミナは包帯の上からそっと手を当てた。


 隠せるものではない。


 命を救えば、跡が残る。


 それは当然のことなのに、今は少し怖かった。


 帰り道、セラはガイの背中で何度も謝った。


「すみません。私、前に出すぎました」


「生きてるなら反省できる」


 ガイが答える。


 リタが前を見ながら言う。


「次からは、ミナちゃんの『止まって』は止まること」


「はい」


 セラは小さく頷いた。


 ミナはその後ろを歩きながら、胸の奥が重くなるのを感じていた。


 助けた。


 それは後悔していない。


 でも、また一歩、本当の名前に近い力を使ってしまった。


 補助魔術師の木札が、鞄の中で静かに重い。


 ******


 ギルドへ戻ると、依頼完了の手続きはすぐに始まった。


 討伐証明。毒蛾の羽。依頼地の確認。負傷者の有無。


 受付職員がセラの腕を見る。


「毒針ですか」


「はい。でも処置済みです」


 ミナが答える。


 職員は包帯に触れ、少しだけ眉を動かした。


「処置はどなたが?」


 ミナは息を止める。


 ガイが言った。


「ミナだ」


 隠すつもりはない声だった。


 リタも続ける。


「毒の回りを止めてくれた。おかげでセラは歩ける」


「歩いてないです。背負われました」


 セラが小さく訂正する。


 緊張した空気が少しだけゆるむ。


 しかし、受付職員の目は書類へ戻っていた。


「補助魔術師としての異常対応、ですね」


「はい」


 ミナは答えた。


 職員は記録にペンを走らせる。


 その手が、途中で止まった。


「念のため、試験官へ確認します」


 ミナの喉が渇く。


 奥から、昨日の試験官が呼ばれてきた。彼はセラの包帯と、そこに残った薄い魔力の流れを見る。


 ほんの一瞬。


 本当に一瞬だけ、目が細くなった。


「依頼は成功です。期限付き仮登録の条件は満たしました」


 ミナは胸を撫で下ろしかける。


「ただし」


 その言葉に、体が固まる。


「職業確認については、保留記録を残します」


 試験官は書類の端に小さな印をつけた。


『職業確認保留。』


 黒いインクが乾くまで、ミナはそこから目を離せなかった。


 依頼は成功した。


 セラは助かった。


 ミナは必要とされた。


 けれど紙の上に、嘘のほころびが初めて残った。


 ミナはその印を見て、胸の奥で小さく息を吐いた。


 隠したつもりでも、助ければ跡が残る。


 なら、いつかはきっと聞かれる。


 あなたは、本当は何者ですか。


 その時、自分は答えられるのだろうか。


 答えを用意できないまま、書類のインクだけが乾いていった。


 乾いた黒は、思っていたより消えにくそうだった。


 ******


この話が良かった、参考になったと思ったらお好きな数だけつけてください!

また見たい!と思ったらブックマークもお願いします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ