第6話 三人の仮パーティ
試験のあと、ミナはルシェルのギルド食堂で、仮パーティの三人と向かい合っていた。
大柄な男性は、椅子に座っていても大きかった。
肩幅が広い。腕も太い。革鎧の上からでも、前に立てば壁になる人だとわかる。横に置かれた盾は、ミナの上半身くらいある。
男性は自分の胸を親指で指した。
「ガイ・ロックベル。盾役だ」
「よろしくお願いします」
「こっちはリタ」
椅子を後ろに傾けていた女性が、片手をひらひら振った。
「リタ・ベル。斥候。罠と毒と、嘘っぽい話が得意」
「嘘っぽい話」
「見抜く方ね」
リタはにやりと笑った。
ミナの背中に、冷たいものが落ちた。
その笑顔は軽い。軽いのに、目は笑っていない。人の足元や手元、視線の動きを見る人だ。
ミナは仮登録の木札を両手で持ち直した。
最後の一人、若い剣士が勢いよく立ち上がる。
「セラ・ウィンです! 剣士です! 実績が欲しいです!」
「最後だけ正直すぎる」
リタが突っ込む。
セラは顔を赤くした。
「だって本当ですし。低ランクでも、ちゃんと依頼を成功させないと上に行けませんから」
まっすぐな声だった。
ミナは少しだけ眩しく感じる。
自分にも、ああいう時期があったのだろうか。師匠のノートを抱えて、私は折れないと書いていた頃。今よりずっと怖いもの知らずだった気がする。
ガイが机の上の依頼紙を指で押した。
「俺たちが受けようとしてるのはこれだ。街道脇の小洞窟に毒蛾が巣を作った。駆除依頼。低ランクだが、毒粉で失敗する奴が多い」
ミナは依頼紙を覗き込んだ。
『毒蛾の小巣駆除。
場所: ルシェル東街道脇、小洞窟。
注意: 毒粉吸引による呼吸困難あり。
過去に一名、毒粉による呼吸停止。』
最後の一文で、ミナの指先が止まった。
呼吸停止。
毒粉が肺に入り、喉が腫れ、呼吸が浅くなり、やがて止まる。想像しただけで、体の中に危険の地図が浮かぶ。
リタがミナの顔を見た。
「お、補助魔術師さん、そこに反応するんだ」
「毒は、早めに避けた方がいいので」
「そりゃそう」
軽い声。でも視線は鋭いまま。
セラが身を乗り出した。
「火球は撃てますか?」
来た。
また来た。
ミナは口の中が乾くのを感じた。
「火は……得意ではありません」
「じゃあ風刃とか?」
「攻撃は、あまり」
セラの顔がわかりやすく曇る。
「補助魔術師なのに?」
「補助魔術師だから、攻撃はしないんじゃない?」
リタが笑う。
「まあ、魔術師ってつくと火力を期待しちゃうけどね」
刺さる。
悪意がない分、余計に刺さる。
ミナは膝の上で指を重ねた。
「支援と異常対応なら、できます。毒粉の影響を軽くしたり、動きの補助をしたり」
ガイが腕を組んだ。
「毒が怖い依頼だから、それで十分だ。火力ならセラが斬る。俺が受ける。リタが見つける」
「あたしは燃やさないからね」
「わかってる」
ガイは真面目に頷いた。
この人は、細かい理屈より現場で必要かどうかを見る人なのだろう。
ミナには、その判断がありがたかった。
同時に怖くもあった。
必要とされた理由は、補助魔術師だから。
本当はヒーラーだと言えば、その必要は消えるのだろうか。
******
仮パーティの手続きは思ったより簡単だった。
名前を書く。職業を書く。依頼番号を書く。成功時の報酬分配を決める。
その紙の上で、ミナはまた同じ職業を書いた。
『補助魔術師』
ペン先が少し引っかかる。
インクがにじむ。
ミナは息を止めて、字が崩れないように書き終えた。
「分配は四等分でいいな」
ガイが言う。
ミナは慌てて顔を上げた。
「私、仮加入ですし、少なめで」
「依頼に出るなら一人分だ」
「でも、私、攻撃は」
「毒で倒れたら攻撃も何もない」
ガイの返事は短かった。
ミナは言葉に詰まる。
紅蓮の剣では、回復役の報酬はよく削られた。回復薬の補充費。神殿代の積立。後衛だから。討伐数がないから。
一人分だ、と当然のように言われると、どう反応していいかわからない。
リタが頬杖をつく。
「ガイはこういうとこ雑だけど、金はきっちりしてるよ。受け取っときな」
「雑は余計だ」
「事実じゃん」
セラがミナを見つめている。
「本当に毒、なんとかできます?」
「完全に防ぐことはできません。でも、吸い込む量を減らす補助と、呼吸が乱れた時の対応なら」
「それ、補助魔術なんですか?」
まっすぐな質問だった。
ミナは一瞬だけ固まる。
セラは疑っているというより、純粋に知りたい顔をしていた。だからこそ、ごまかしにくい。
「異常対応の、補助です」
嘘は、言うたびに少しだけ滑らかになる。
それが怖かった。
リタの視線が横から刺さる。
「ふうん」
短い相槌。
それだけなのに、ミナは喉の奥がきゅっと縮まった。
******
出発は翌朝になった。
準備のため、四人で市場へ向かう。毒蛾相手なので、布で口元を覆う必要がある。リタは防毒布を選び、ガイは予備の革手袋を買い、セラはやたらと大きな解毒薬を手に取っていた。
「それ、上級解毒薬。値段見た?」
リタが言う。
「見ました。でも命には代えられません」
「その値段、今回の報酬ほぼ全部飛ぶよ」
「戻します」
セラがすばやく棚に戻す。
ミナは少しだけ笑ってしまった。
セラがこちらを見る。
「笑いました?」
「いえ、少しだけ」
「笑ってます」
「すみません」
謝ると、セラもつられて笑った。
空気が少し柔らかくなる。
ミナはその柔らかさに戸惑った。紅蓮の剣では、依頼前の準備はもっと張り詰めていた。討伐数、効率、報酬、消耗品の節約。笑っている余裕はあまりなかった。
ガイが安い解毒薬を三本手に取る。
「ミナ、これで足りるか」
「毒蛾の粉なら、軽症用を人数分と、濃いものを一本。あとは水です」
「水?」
「喉についた粉を流すためです。飲むより、口をゆすぐ分も必要です」
リタが目を細めた。
「詳しいね」
「異常対応なので」
「便利な言葉だ」
ミナは言い返せなかった。
ガイが水袋を二つ持ち上げる。
「水はこれで足りるか」
ミナは気持ちを切り替えて、容量を確認した。
「行き帰りと、口をゆすぐ分を考えると少し足りません。毒粉を吸った時、飲むだけではなく吐き出す水が必要です」
「吐き出す水」
セラが真面目な顔で繰り返す。
「はい。飲み込むと喉に付いた粉も一緒に入ることがあります。最初はゆすいで、吐いて、それから少し飲みます」
リタが感心したように口笛を吹いた。
「毒相手の段取り、妙に細かいね」
「細かい方が安全なので」
「それはそう」
ガイは何も言わず、水袋をもう一つ買い足した。
ミナはその横顔を見て、少しだけ驚く。
説明したら、聞いてもらえた。
ただそれだけのことが、胸の奥にゆっくり染みた。
紅蓮の剣では、準備の話をするとよく言われた。心配しすぎだ。効率が落ちる。怪我をしたら治せばいい。
でも、ガイは違った。
必要だと判断すれば、すぐに準備を変える。
ミナの言葉が、初めて荷物の中身を変えた。
便利な言葉。
本当にそうだ。
補助魔術師。異常対応。支援特化。
その言葉を使うたび、自分の本当の名前を布で覆っている気がする。
でも、今はその布がなければ外へ出られない。
******
翌朝、東門の外で三人と合流した。
空は薄曇り。風は弱い。毒粉が舞うには嫌な天気だった。湿っていれば落ちるが、乾いて弱い風があると、粉はゆっくり漂う。
ミナは鞄の中身を確認する。
包帯、水袋、軽い解毒薬、師匠のノート。ノートは依頼には不要だ。でも、置いていく気にはなれなかった。
ガイが盾を背負う。
「怖い依頼ほど、生きて帰る準備がいる。あんたの仕事はそれだ」
あんたの仕事。
ミナは顔を上げた。
ガイの言葉には、責める色も期待を押しつける色もない。ただ、必要な役割を確認しているだけだ。
「はい」
今度の返事は、少しだけ強く出た。
セラが剣の柄を握る。
「私、前に出ます」
「出すぎたら止めます」
ミナが言うと、セラは目を丸くした。
「止めるんですか?」
「止めます。足首を痛める前に」
「まだ痛めてません」
「痛める前に止めるのが支援です」
言ってから、ミナは自分で驚いた。
少しだけ、師匠の言い方に似ていた。
リタが肩を揺らして笑う。
「いいじゃん。火力はないけど、口はちょっと強い」
「口も強くないです」
「今のは強かったよ」
セラがむっとし、ガイが小さく笑った。
ミナは胸の奥が少し温かくなるのを感じた。
新しいパーティ。
まだ仮で、まだ嘘の上に乗っている関係。
でも、嘘の上でも、歩幅を合わせてくれる人たちだった。
それでも、歩き出す足音は四人分だった。
街道の先、小洞窟へ続く森が見える。
依頼書の最後の一文が頭をよぎる。
過去に一名、毒粉による呼吸停止あり。
ミナは表情を引き締めた。
補助魔術師のふりをしていても、人が倒れる前に見つける。
そこだけは、嘘にしない。
そう決めると、足元の土を踏む感覚が少しだけ確かになった。
四人分の影が、朝の街道に並んで伸びていた。
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