第49話 戦術ヒーラーという名前
戦術ヒーラー。
ノエルさんが口にした仮の名前は、会議室の空気を少し変えた。
軽くはない。
けれど、処分対象者、無認可術者、職業詐称者という言葉よりは、ずっと息がしやすかった。
ノエルさんは紙に文字を書き始める。
「正式名称は、戦場治癒支援がよいでしょう。通称は現場で使いやすいものにすればいい」
「勝手に通称まで決めるのはどうかと」
神殿の使者が言う。
「では、長い正式名称を毒霧の現場で毎回呼びますか」
「それは」
「略称は必要です」
ノエルさんは淡々としている。
淡々としているのに、少しだけ容赦がない。
ミナはこんな時なのに、少しだけ困った気持ちになった。
戦術ヒーラー。
自分に似合うのだろうか。
戦術という言葉は、少し強そうすぎる。ヒーラーという言葉は、やっと戻ってきたばかりで、まだ胸に馴染んでいない。
リタさんが小声で言う。
「変なヒーラーよりは、ちゃんとしてる」
「リタさん」
「褒めてる」
「今のは、少しだけ信用しにくいです」
セラさんが真面目に頷きかけて、慌てて止めた。
その様子に、ほんの少しだけ空気が緩む。
でも、会議はすぐ重さを取り戻した。
******
ノエルさんは紙を読み上げる。
「戦場治癒支援。治癒式を土台に、負傷前の負担軽減、毒、疲労、呼吸、魔力循環の悪化予防、撤退判断、緊急救命を行う戦場向け治癒運用」
長い。
でも、ミナのやってきたことが入っている。
毒を見たこと。
足を止めたこと。
呼吸を戻したこと。
帰る判断をしたこと。
ラウラさんが別の資料を出した。
「ギルド側の記録です」
机に並ぶ紙。
毒蛾の巣。
薬草採取者の救助。
毒沼外縁。
崩壊遺跡。
黒苔廃坑。
南門毒霧救護。
ミナは目を伏せたくなる。
全部、嘘の職業名で積み上がった記録だ。
でも、ラウラさんの声は責めるだけではなかった。
「ミナさんの参加依頼は、負傷率が低い。未完了依頼でも情報持ち帰り率が高い。救助依頼では二次被害が少ない。南門毒霧救護では、重症化を防いだ患者が多数います」
ギルド幹部が腕を組む。
「処分なしにはできない」
「はい」
ラウラさんは頷いた。
「ですが、即時追放も現実的ではありません。現場が必要とした力でもあります」
神殿の使者が資料を押さえる。
「神殿側の懸念は三つです。治癒式の改造は危険。許可なしで使えば責任が曖昧。冒険者ギルドが治癒師を抱える前例になる」
どれも正しい。
ミナは黙って聞いた。
もう、正しい言葉から逃げるつもりはなかった。
セヴラン司祭が静かに口を開く。
「私は、ミナ・リースさんの無認可治癒を容認するつもりはありません」
胸が少し沈む。
「同時に、南門で彼女を止めていれば、失われた命があったことも否定しません」
ミナは顔を上げた。
セヴラン司祭は、まっすぐこちらを見ている。
「したがって、条件付きの仮運用を提案します」
******
条件は多かった。
ミナは途中で少し目が回りそうになった。
「ミナ・リースさんは、ヒーラーとして登録を戻す」
まず、それ。
胸が小さく跳ねる。
「戦場治癒支援は、ギルドと神殿の共同記録対象とする」
記録。
また重い言葉だ。
でも、今度は隠すためではない。
「大規模な魔法式改造は、事前または事後報告必須。緊急時は、臨時監督者の確認を可能な限り受ける」
ノエルさんが頷く。
「私が立ち会える場合は立ち会います」
「あなたも忙しいのでは」
リタさんが小声で言う。
「忙しくなりました」
「自業自得っぽい」
「否定しません」
ノエルさんが普通に返すので、リタさんが少しだけ笑った。
セヴラン司祭は続ける。
「一定期間、依頼報告に詳細な術式記録を添付すること。神殿から指定された検査に応じること。治癒を拒む者へ強制行使しないこと」
「はい」
ミナは答えた。
自由ではない。
完全に認められたわけでもない。
監督される。
記録される。
失敗すれば、きっと重い。
でも、補助魔術師の木札を握って震えていた頃より、ずっと息がしやすかった。
嘘を守るための重さではない。
ヒーラーとして引き受ける重さだ。
「質問があります」
セラさんが手を上げた。
会議室の視線が彼女へ向く。セラさんは少しだけ肩を強張らせたが、手を下ろさなかった。
「ミナさんが治癒を使うたび、私たちは全部ノエルさんか神殿の人に確認しないと動けないんですか」
現場の質問だった。
ミナははっとする。
規則は大事だ。
でも、戦闘中に確認を待てば間に合わないことがある。
セヴラン司祭は少し考えた。
「緊急救命と撤退判断については、事後報告を認めます。ただし、事後であっても隠さないこと」
セラさんは頷いた。
「では、私はミナさんの合図で動けますね」
「あなたが、その危険を理解しているなら」
「理解します。わからなければ、聞きます」
セラさんの声は真面目だった。
ミナは胸の奥が温かくなる。
セラさんは、怒りをなかったことにはしていない。
それでも、次に進むための確認をしてくれている。
リタさんも手をひらひらさせた。
「あたしからも。ミナちゃんが倒れそうな時は、誰が止めるの」
ミナはぎくりとした。
「私は」
「止められる側にもなるって話。そこ、記録に入れて」
ノエルさんがすぐ書いた。
「術者本人の過負荷時は、同行者による中止判断を認める」
ガイさんが短く言う。
「俺が止める」
「私も止めます」
「あたしも止める。三方向から」
「それは少し怖いです」
「怖いくらいでちょうどいい」
リタさんは軽く言う。
でも、ミナはわかった。
これは縛るためだけの条件ではない。
ミナ自身を、壊れる前に止めるための条件でもある。
ラウラさんが新しい登録票を差し出した。
まだ空欄がある。
職業欄。
ミナはそこを見る。
逃げない。
もう、逃げない。
「ミナ・リース」
ラウラさんが静かに言った。
「職業欄を、あなた自身の言葉で確認してください」
ミナはペンを取った。
指先は少し震えている。
でも、止まらなかった。
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