第48話 私はヒーラーです
ギルドの小会議室で、ミナは机の上の木札を見つめていた。
補助魔術師。
もう、手の中にはない。
ラウラさんの問いが、静かに残っている。
では、何と記録しますか。
ミナは息を吸った。
胸が痛い。
怖い。
それでも、今度は逃げない。
「私は」
声が少し震えた。
セラさんが後ろで小さく息を止める気配がした。
リタさんは椅子の背にもたれたまま、何も言わない。
ガイさんは、ただ待っている。
待ってくれる。
急かさない。
それが、ミナを支えた。
「私は、ヒーラーです」
言った。
会議室の空気が、わずかに動く。
紙にペンが触れる音がした。
その音は、処分の音にも聞こえた。
でも、同時に記録の音でもあった。
嘘ではない名前が、紙に乗る音だ。
ミナは続けた。
「職業登録を偽りました。補助魔術師として依頼を受けました。仲間に、必要なことを話しませんでした」
言葉にするたび、胸が痛む。
でも、痛いから本当だ。
「それは、私の責任です」
神殿の使者が顔を上げる。
「では、神殿の管理下に入る意思があると考えてよろしいですか」
ミナの喉が詰まった。
安全な道だ。
神殿に所属すれば、治癒師として認められる。
無認可ではなくなる。
患者を診る場所も与えられるかもしれない。
でも、冒険者として戦場に立つことは難しくなる。
ガイさんの膝が沈む前に止めること。
リタさんの集中が切れる前に支えること。
セラさんの足が踏み込みすぎる前に声をかけること。
帰れない勝利を選ばせないこと。
それを、治療室の中だけでできるだろうか。
「私は」
ミナはもう一度言った。
「神殿の治療室だけで働くヒーラーでは、ありません」
使者の眉が動く。
セヴラン司祭は黙っている。
ノエルさんはペンを止めない。
「傷を塞ぐだけでもありません。毒が回る前に止めること。足が壊れる前に下がらせること。帰れない勝利を選ばせないこと。人が倒れる前に、戦場そのものを生きて戻れる形にすること」
言葉が少しずつ、ミナの中から出てくる。
誰かに教えられた説明ではない。
南門で見た人たち。
毒沼で止めた足。
廃坑で助けた命。
エレナさんの冷たい手。
全部が言葉を押し上げてくる。
「それも、私のヒーラーとしての仕事です」
会議室は静かだった。
静かすぎて、ミナは自分の心臓の音まで聞こえる気がした。
******
最初に口を開いたのは、ガイさんだった。
「俺は、前衛だ」
いつものように短い。
「怪我をすることもある。だが、怪我を前提にされるのは違うと、ミナに言われた」
ガイさんは自分の膝へ視線を落とした。
「毒沼でも、遺跡でも、俺はまだ受けられると思った。ミナは止めた。倒れてから治すんじゃない。倒れる前に止める。それで俺たちは戻った」
リタさんが肩をすくめる。
「あたしは、嘘は嫌い」
また、胸が痛んだ。
でも、リタさんは続ける。
「でも、危険を見る目は本物。罠も毒も、見落としたら終わり。ミナちゃんは体の中に入った罠まで見る。あれ、あたしにはできない」
リタさんは少しだけ笑う。
「便利だから許すって話じゃないよ。便利だから、ちゃんと危険も記録して使うべきって話」
セラさんは膝の上で手を握っていた。
顔は緊張している。
「私は、嘘をつかれて嫌でした」
ミナは目を伏せそうになる。
でも、伏せなかった。
セラさんの言葉を、受ける。
「ミナさんの合図を聞くたびに、助かっていたことも本当です。でも、本当のことを知らなかったのも本当です」
セラさんは息を吸った。
「だから、すぐ全部平気にはなりません。でも、合図は本物でした。私は、それを知っています」
ミナの目の奥が熱くなる。
許されたわけではない。
それでも、見捨てられていない。
その重さが、胸に落ちる。
******
ノエルさんが記録紙を整えた。
「専門家として述べます」
声は淡々としている。
だが、会議室の全員が彼を見る。
「ミナ・リースさんの術式は、通常の補助魔術ではありません。治癒式が土台です」
はっきり言った。
ミナの嘘が、紙の上で終わる音がした。
「ただし、一般的な神殿治癒とも同一ではありません。負傷後の修復より、負傷前の負荷調整、毒や疲労の進行抑制、撤退判断への情報提供に重きがあります」
神殿の使者が口を挟む。
「それは、危険な独自解釈では」
「危険です」
ノエルさんは即答した。
ミナは少しだけ肩を落とした。
でも、ノエルさんは続ける。
「だからこそ、禁止ではなく記録と条件が必要です。禁止すれば現場では隠れて使われる。条件を定めれば、失敗時の責任も、成功時の評価も残せます」
セヴラン司祭が目を細める。
「あなたは、分類を作れと言うのですか」
「仮分類です」
ノエルさんは新しい紙を取り出した。
そこには、まだ何も書かれていない。
「提案します。戦場治癒支援。通称、戦術ヒーラー」
戦術ヒーラー。
聞き慣れない言葉だった。
ミナは、その響きを胸の中で繰り返した。
ヒーラー。
その言葉が、ちゃんと入っている。
ただの回復係ではない。
ただの嘘でもない。
まだ仮の名前。
でも、本当の自分に近い名前だった。
******
この話が良かった、参考になったと思ったらお好きな数だけつけてください!
また見たい!と思ったらブックマークもお願いします!




