第38話 戦場を生かす仕事
神殿の聴取室で、ミナは新パーティの三人を待っていた。
午後の光は白い。
机の上の書類も、昨日より増えている。
紅蓮の剣の証言。ギルドの依頼報告。ノエルさんの術式鑑定。エレナさんの治療記録。どれも、ミナのしたことを別々の角度から照らしている。
逃げ場はない。
それでも、昨日より少しだけ座っていられる。
自分が何をしたのか、少しずつ言葉になってきたからだ。
扉が開いた。
最初に入ってきたのはガイさんだった。大きな体を少し屈めるようにして、静かに部屋へ入る。続いてリタさん。最後にセラさん。
セラさんは一瞬ミナを見て、それから小さく頷いた。
それだけで、ミナの胸が少し詰まった。
セヴラン司祭が口を開く。
「本日は、ミナ・リースさんと現在パーティを組んでいる皆さんに証言をお願いします」
ガイさんが頷いた。
「わかった」
最初に問われたのは、ミナの支援による実際の影響だった。
ガイさんは、考えながら言う。
「ミナは、俺が倒れてから治すんじゃない。倒れる前に止める」
その言葉は短い。
でも、ガイさんらしかった。
「盾役は、受けるのが仕事だと思っていた。俺もそうしてきた。だが、ミナは受ける前に逃がせと言う。膝が沈む、肩が落ちる、呼吸が詰まる。そういうのを先に言う」
セヴラン司祭が問う。
「それは、戦闘能力の補助として有効だったと」
「違う」
ガイさんは即答した。
部屋の空気が少し動く。
「強くなるんじゃない。死ににくくなる」
その言葉に、ミナは息を止めた。
変な褒め方。
でも、冒険者にはたぶん、とても大事な言葉。
リタさんが次に話す。
「あたしは、ミナちゃんの嘘を全部許したわけじゃないです」
いきなりだった。
ミナの胸が少し痛む。
でも、リタさんは続けた。
「ただ、危険を見る目は本物。毒の流れ、足場、呼吸、疲労。あたしは罠や地形を見るけど、ミナちゃんは体が壊れる場所を見る。両方あると、帰れる確率が上がる」
セヴラン司祭は静かに聞いている。
「嘘は問題です。でも、あれをただ禁止したら、次に死ぬ人が増えると思います」
リタさんの声は軽くなかった。
「だから、記録と条件が必要です。あたしはそう思います」
ノエルさんがわずかに頷く。
セラさんの番になった。
ミナは、思わず手を握った。
セラさんは少し緊張している。けれど、逃げてはいない。
「私は、怒っています」
最初の言葉は、それだった。
ミナは視線を落としそうになって、耐えた。
「ミナさんに嘘をつかれていたことは、まだ平気ではありません。補助魔術師だと思っていました。憧れていた部分もあります。だから、全部違ったのかと思って、苦しかったです」
セラさんは一度、息を吸った。
「でも、助けられたことも本当です。ミナさんの合図で止まったから、生きています。最近の救助依頼でも、止まれました。ミナさんが何をしているのか説明してくれたから、怖くても聞けました」
声が少し震える。
「だから、私は、嘘は嫌です。でも、ミナさんの仕事まで嘘だったとは思いません」
ミナの目の奥が熱くなる。
今度は、少しだけ泣きそうだった。
でも、まだ。
まだ自分の番がある。
******
ノエルさんは、専門家として証言した。
ミナの術式が通常の補助魔術ではないこと。
治癒式を土台にしていること。
対象者の状態に合わせて式を組み替えるため、失敗時の危険があること。
同時に、毒、疲労、呼吸、撤退判断といった現場の危険へ届くため、単純な禁止では現場の損失が大きいこと。
「必要なのは、禁止ではなく運用条件です」
ノエルさんは言った。
「どの状況で使えるのか。誰の了承が必要か。記録をどう残すのか。失敗時に誰が対応するのか。それを定めるべきです」
セヴラン司祭は手を組んだ。
「魔術師組合は、その運用を保証できますか」
「現時点ではできません」
「では、神殿の管理下に置くのが妥当です」
その言葉に、ミナの胸が冷える。
神殿の管理下。
それは、正しいように聞こえる。
でも、ミナの中で何かが小さく震えた。
治療室の奥。
許可があるまで手を出せない場所。
神殿の記録に合う患者だけを診る場所。
エレナさんのように、分類からこぼれた症状が長く眠る場所。
セヴラン司祭はミナを見た。
「ミナ・リースさん。あなたが神殿に所属すれば、あなたの力は正しく管理されます。治癒師としての再認定も検討できます」
優しい提案のように聞こえた。
たぶん、本当に善意もある。
でも、ミナはすぐに頷けなかった。
セヴラン司祭は続ける。
「あなたの力を自由に使わせることはできません。命に触れる力です」
「はい」
ミナは頷いた。
「命に触れる力です。だから、怖いです」
全員の視線がミナへ集まる。
ミナは息を吸った。
今、自分の言葉で言わなければならない。
「私は、ヒーラーです」
その一言は、昨日より少しだけはっきり出た。
「傷を塞ぐだけが、ヒーラーの仕事だとは思っていません」
師匠の声が、胸の奥で重なる。
壊れてから治すな。
壊れる前に支えろ。
「毒が回る前に止めること。無理な踏み込みを止めること。呼吸が乱れる前に整えること。帰れない勝利を選ばせないこと」
ミナは、ガイさんたちを見る。
「それも、戦場で人を生かす仕事です」
部屋は静かだった。
ミナは続けた。
「私は嘘をつきました。それは消えません。処分が必要なら受けます。でも、私の仕事を、ただ危険だから禁止するだけにはしないでください」
声が震えた。
でも、止まらなかった。
「私は、目の前で人が倒れる前に手を伸ばしたいです。ヒーラーとして」
言い終えると、指先が冷たかった。
けれど、胸の奥は少し熱かった。
セヴラン司祭はすぐには答えない。
長い沈黙だった。
やがて、彼は書類を閉じた。
「本日の証言は記録しました。処分判断は、明日午前に持ち越します」
ミナは息を吐いた。
終わっていない。
でも、逃げずに言えた。
部屋を出る時、セラさんが小さく言った。
「ミナさん」
「はい」
「今の言葉は、嘘じゃないって思いました」
ミナは、すぐには返せなかった。
ただ、深く頭を下げた。
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