第37話 無認可治癒師
翌日の午後、神殿の聴取室には紅蓮の剣の四人が呼ばれていた。
ミナも同席している。
逃げたいと思った。
かなり正直に。
けれど、逃げればまた記録だけが残る。ミナのいないところで、ミナのしたことが誰かの言葉に変わる。それはもっと怖い。
だから、椅子に座っていた。
セヴラン司祭は昨日と同じ穏やかな顔で、机の向こうにいる。
記録係の神官も同じ場所。
ノエルさんとラウラさんも同席している。
紅蓮の剣は、昨日より少しだけ回復していた。バルドさんは肩を固定したまま。カミラさんは指に包帯。グレンさんは膝に布を巻き、座っていても落ち着かなさそうだった。イザークさんだけは、体調の悪さを隠すように背筋を伸ばしている。
最初に話したのは、イザークさんだった。
「彼女は攻撃魔術を使えません」
その一言から始めるあたりが、いかにも彼らしかった。
イザークさんは続ける。
「紅蓮の剣に在籍していた時も、彼女はヒーラーでした。魔術師ではありません。補助魔術師登録で依頼を受けていたのなら、職業詐称に当たるでしょう」
セヴラン司祭は頷く。
「その点は本人も認めています」
「さらに、彼女は治癒式に補助線を混ぜていました。少なくとも僕の見た範囲では、正規の神殿式ではありません」
イザークさんの声には嫌味がある。
でも、言っている内容は完全な嘘ではない。
ミナはそれが苦しかった。
敵意を向けられているのに、全部を否定できない。
「無資格の式改造は危険です」
イザークさんは言った。
「彼女自身が善意でも、失敗した時に誰が責任を取るのですか」
部屋が静かになる。
責任。
ミナは手を握る。
ずっと避けてきた言葉だった。
セヴラン司祭は、次にグレンさんを見る。
「グレン・ヴァルクさん。紅蓮の剣のリーダーとして伺います。ミナ・リースさんの支援がなければ、あなた方は依頼継続可能でしたか」
グレンさんはすぐに答えなかった。
昔なら、言い切っただろう。
可能だ。
俺たちは強い。
回復は神殿で足りる。
けれど、今のグレンさんは膝に布を巻いている。バルドさんは肩を固定されている。カミラさんの指には包帯がある。イザークさんも、まだ顔色が悪い。
事実が、言葉の前に座っていた。
「……廃坑では、助けられた」
グレンさんは低く言った。
それだけだった。
謝罪ではない。
でも、否定でもない。
セヴラン司祭はバルドさんへ視線を移す。
「バルドさん」
バルドさんは大きな体を少し起こした。
「俺は、あのままなら死んでいた」
短い言葉。
重い言葉。
「肩も肋も、呼吸も駄目だった。ミナがいなければ、廃坑から出られなかった」
ミナは膝の上の手を見る。
助けた。
それは本当だ。
でも、その本当は、嘘を消さない。
バルドさんは続けた。
「紅蓮の剣にいた頃も、俺はたぶん助けられていた。気づいていなかった」
その言葉に、胸が少し痛んだ。
気づいていなかった。
それは、責めたい言葉でもあり、責められない言葉でもあった。
ミナは見えるように支えていなかった。見えるように説明していなかった。だから気づかれなかった。
でも、気づこうとしてくれなかったことも事実だ。
どちらも残る。
******
最後に、カミラさんが呼ばれた。
彼女は膝の上で指を重ねていた。弓を引く手。ミナが何度も震えを抑えた手。
セヴラン司祭が尋ねる。
「カミラ・レインさん。あなたは、ミナ・リースさんの支援について、在籍当時から何か気づいていましたか」
カミラさんはしばらく黙った。
沈黙が長い。
イザークさんが少し苛立ったように身じろぎする。
やがて、カミラさんは顔を上げた。
「見ていました」
ミナは息を止めた。
その言葉を、あの日に聞きたかった。
追放宣告のあの酒場で。
通路側の端の席で。
自分だけが自分の仕事を信じられなくなりそうだった時に。
カミラさんは続ける。
「正確には、全部を理解していたわけではありません。でも、ミナがいる時は、手首の震えが早く収まりました。狙いがずれにくかった。疲労が出る前に、何かが軽くなる感じがあった」
部屋の空気が変わる。
カミラさんは目を伏せない。
「私は、それを見ていました。でも、追放の時に言いませんでした」
ミナの胸が痛む。
カミラさんの声も少し揺れた。
「グレンと揉めるのが面倒だったからです。イザークに理屈で返されるのが面倒だったからです。私は、自分が波風を立てない方を選びました」
記録係のペンが止まりかけ、また動く。
カミラさんは言った。
「だから、ミナが何もしていなかったという証言はできません。彼女は、していました。私たちが見ないふりをしていただけです」
その言葉は、遅かった。
遅すぎた。
でも、記録に残った。
ミナは目の奥が熱くなるのを感じた。
泣きたくない。
ここで泣くと、何かが違う気がした。
だから、息をゆっくり吐いた。
セヴラン司祭は、書類を整えた。
「救った事実と、規則を破った事実。どちらも消えません」
静かな声だった。
誰かを責めるためでも、慰めるためでもない。
事実を置く声。
ミナはその言葉を受け止めるしかなかった。
******
聴取が終わると、紅蓮の剣の四人は別室へ案内された。
廊下に出る直前、カミラさんがミナの前で足を止めた。
「遅くなったわ」
ミナはすぐには答えられない。
カミラさんは続けた。
「謝れば済むとは思っていない。けれど、記録には残したかった」
「はい」
ミナは小さく頷いた。
許します。
そうは言えなかった。
でも、聞きました。
それなら言える気がした。
「聞きました」
カミラさんは少しだけ目を伏せた。
「それで十分よ。今は」
彼女は歩いていった。
ミナはその背中を見送る。
古い痛みは消えない。
でも、形が少し変わった。
その時、ラウラさんが声をかけた。
「次は、新パーティの皆さんの証言になります」
ミナの体が固まる。
紅蓮の剣より、そちらの方が怖い。
助けた相手。
傷つけた相手。
今も一緒にいたい相手。
ミナは小さく頷いた。
逃げない。
何度もそう決め直しながら。
******
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