第34話 できること、できないこと
翌朝、ミナはノエルさんと一緒に、ギルドの小会議室へ入った。
昨日と同じ部屋だった。
けれど、机の上には新しい紙と、ノエルさんが持ち込んだ薄い刻印板が置かれている。
ガイさん、リタさん、セラさんはすでに座っていた。
昨日よりも距離があるように見える。
実際には、椅子の位置は変わっていない。
変わったのは、たぶん気持ちの方だ。
ノエルさんは全員へ軽く頭を下げた。
「本日は、ミナ・リースさんの術式について、戦闘運用上必要な情報を整理します」
「講義みたい」
リタさんが言う。
「実際、半分は講義です」
ノエルさんは淡々と返した。
リタさんが少しだけ笑う。
その小さな笑いで、部屋の空気がほんの少し緩んだ。
ノエルさんは紙に大きく文字を書く。
治癒支援。
ミナはその文字を見つめた。
「治癒支援」
セラさんが小さく読む。
「正式な分類ではありません」
ノエルさんはすぐに言った。
「便宜上の呼称です。ミナさんの術式は、治癒式を土台にしています。ただし、負傷後の回復だけでなく、負傷前の負担軽減、毒や疲労の抑制、撤退判断の補助にも使われています」
ガイさんが腕を組む。
「つまり、ヒールだけではない」
「はい。ですが、普通の補助魔術でもありません」
ノエルさんは刻印板に魔力を流した。青白い線が外側から輪を作る。
「通常の補助魔術は、外から押し上げる。力を足す、反応を速める、防御を張る。ミナさんの術は、内側の乱れを見て、壊れかけた流れを整えます」
リタさんがミナを見る。
「だから、毒を見る時の感じが変だったんだ」
「はい」
ミナは頷いた。
「私は、魔力そのものより、体に入った時にどう悪さをするかを見ています。毒が喉に入るのか、血に乗るのか、筋肉を固くするのか。そういう流れです」
セラさんは真剣に聞いている。
昨日の傷は消えていない。
でも、目を逸らしてはいない。
ミナは紙を一枚手元に引き寄せた。
「できることを、先に話します」
ペンを持つ指が少し震える。
それでも書く。
紙の上に、できることを一つずつ並べる。
毒や疲労の兆候を早く見る。
痛みを一時的に抑える。
筋肉や関節の負担を逃がす。
呼吸や魔力循環を整える。
怪我をする前に動きを制限する。
重傷時の応急処置をする。
書いていると、自分が何をしていたのか少しずつ見えてくる。
今まで、全部を「支援です」で隠していた。
でも、分けると違う。
毒を見ること。
疲労を見ること。
痛みを残すこと。
動きを止めること。
全部、必要な理由がある。
ガイさんが聞く。
「痛みを一時的に抑える、とある。消すのとは違うのか」
「違います」
ミナは頷いた。
「痛みは危険信号です。全部消すと、壊れている場所を使ってしまいます。だから、動ける程度に弱めるだけです」
「俺が盾を落とさない程度に」
「はい。でも、受け続けていいという意味ではありません」
ガイさんは少しだけ苦い顔をした。
「耳が痛い」
「痛みは残した方がいいです」
リタさんが笑った。
「今の返し、ミナちゃんにしては鋭い」
「すみません」
「謝るとこじゃない」
少しだけ、いつもの空気が戻る。
ミナは次の紙を置いた。
「できないことも、話します」
今度の方が大事だ。
ミナはそう思った。
次に、できないことも書いた。
攻撃魔術は撃てない。
大怪我を一瞬で完全に治せない。
死んだ人は戻せない。
無理を続ける人を永久に支えられない。
本人の意思を無視して体を動かすことはしない。
魔法式改造は失敗の危険がある。
セラさんが、最後の一行で顔を上げた。
「失敗したら、どうなりますか」
ミナは喉が少し乾く。
答えなければならない。
「体の流れを余計に乱すことがあります。毒を止めるつもりで、別の場所へ負担を逃がしてしまうことも。疲労を軽くするつもりで、本人が限界に気づきにくくなることもあります」
「怖いですね」
「はい」
ミナは頷いた。
「怖いです」
ノエルさんが続ける。
「だから、条件が必要です。ミナさんが大きな治癒支援を入れる時は、対象者が可能な限り了承すること。戦闘中で無理な場合は、事後に説明すること。撤退判断に関わる場合は、本人だけでなくパーティ全体へ共有すること」
リタさんが指を立てる。
「質問。ミナちゃんの『止まって』は絶対?」
ミナは少し考えた。
「絶対にしたくありません」
「したくない?」
「はい。私も間違えるかもしれません。だから、本当は理由も言いたいです。でも、間に合わない時は、先に止まってほしい」
セラさんの肩が揺れる。
ミナは彼女を見る。
「セラさん。私は、あなたを操りたいわけではありません」
「はい」
「止まってほしい時は、理由があります。足場、毒、腱、呼吸。できるだけ言います。でも、言う前に危ない時は、短く止めます」
セラさんは視線を落とし、しばらく黙った。
それから、小さく頷いた。
「頭では、分かりました」
「はい」
「でも、次にミナさんの合図を聞けるかは、まだ分かりません」
正直な言葉だった。
ミナは胸が痛んだ。
でも、それでいい。
平気なふりをされるより、ずっといい。
「はい」
ミナは頷く。
「それも、教えてくれてありがとうございます」
セラさんは少しだけ目を丸くした。
リタさんが頬杖をつく。
「じゃあ、確かめるしかないね」
「確かめる?」
「次の依頼で。小さいやつ。死なないやつ。できれば甘いものの近く」
条件が一つ変だった。
その時、会議室の扉が叩かれた。
ラウラさんが顔を出す。
「失礼します。小規模の救助依頼があります。危険度は低いですが、足場が悪く、二次被害を出しやすい案件です」
リタさんがセラさんを見る。
セラさんは少し迷い、それからミナを見た。
「一度、確かめたいです」
声はまだ硬い。
でも、逃げてはいない。
「私が、ミナさんの合図を聞けるか」
ミナは頷いた。
「はい」
これは、許しではない。
でも、次の一歩だった。
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