第33話 助けたことと嘘は別
その日の夕方、ミナたち四人はギルドの小会議室にいた。
窓の外では、夕焼けが石畳を赤く染めている。
けれど室内は、昼よりずっと冷たく感じた。
机を挟んで、ガイさん、リタさん、セラさんが座っている。ミナは向かい側。まるで依頼前の作戦会議みたいな配置だった。
でも、今日は作戦ではない。
説明。
謝罪。
信頼を壊した後の、最初の言葉。
ミナは膝の上で手を握った。
「まず、謝らせてください」
声は、少し震えた。
「私は、ヒーラーです。ルシェルに来た時、補助魔術師だと嘘をついて登録しました」
セラさんの肩が小さく動く。
リタさんは頬杖をついているが、目は逸らさない。
ガイさんは腕を組んだまま黙っている。
ミナは続けた。
「前の街で、私は紅蓮の剣から追放されました。理由は、攻撃できないこと、討伐数に貢献していないこと、回復が必要なら神殿で足りると言われたことです」
言葉にすると、あの日の酒場の匂いまで戻ってくる。
パンとスープ。
木のテーブル。
通路側の端の席。
「ヒーラーとして仕事を探しても、低評価が残っていて、安い補助仕事しかありませんでした。だから、隣街で、補助魔術師の募集を見た時に」
ミナは一度、喉を鳴らした。
「嘘をつきました」
短い言葉だった。
でも、部屋の中では重かった。
セラさんが顔を上げる。
「最初から、ですか」
「はい」
「私たちと会った時から」
「はい」
セラさんの唇が少し震えた。
「毒蛾の時も、毒針の時も、湿り森の救助も、毒沼も」
「はい」
ミナは目を伏せないようにした。
ここで逃げたら、また同じだ。
「全部、治癒式を土台にしていました。支援や異常対応に見えるように使っていました。でも、嘘でした」
セラさんは何も言わなかった。
その沈黙が痛い。
リタさんが静かに言った。
「あたし、嘘っぽいのは気づいてた」
「はい」
「でも、言うまで待ってた」
「はい」
「待たせたのは、あんただよ」
ミナの胸に刺さる。
怒鳴られるより、ずっと痛い。
「すみません」
「謝罪は受け取る。でも、それで終わりじゃない」
リタさんの声は軽くない。
「あたしたちは、何を知らないまま戦ってたの?」
ガイさんが続けた。
低い声。
「俺が知りたいのも、それだ」
ミナはガイさんを見る。
ガイさんは怒っている。けれど、怒り方がグレンさんとは違う。相手を押し潰すためではなく、戦場で必要なことを確認するための怒り。
「ミナが治癒師だったこと自体を責めているわけじゃない。助けられたことも事実だ」
少し間を置いて、ガイさんは言った。
「だが、俺たちは、お前が何をしているか知らなかった。どこまでできるかも、どこから危険かも知らなかった」
ミナは頷く。
「はい」
「それは、戦場では怖い」
その言葉に、ミナは息を止めた。
怖い。
そうだ。
ミナは、自分が怒られることばかり怖がっていた。
でも、ガイさんたちは別の怖さの中にいたのだ。
知らないまま命を預けていた怖さ。
「私は、自分が責められることばかり考えていました」
ミナは言った。
「ヒーラーだと知られたら、要らないと言われるんじゃないか。嘘つきだと言われるんじゃないか。そういうことばかり」
セラさんが小さく息を吸う。
「でも、本当は、みなさんに判断させていませんでした」
認めると、胸が痛い。
痛いけれど、必要な痛みだった。
「すみません」
ミナは深く頭を下げた。
******
しばらく誰も話さなかった。
廊下を誰かが歩く音が聞こえる。遠い。
やがて、セラさんが口を開いた。
「私、助けられました」
ミナは顔を上げる。
セラさんの目は赤くなっていた。でも、涙はこぼれていない。
「毒針の時も、毒蛾の時も、湿地でも。ミナさんが止めてくれたから、生きています。それは本当です」
「はい」
「でも」
セラさんの声が震えた。
「嘘をつかれていたことも、本当です」
ミナは何も言えなかった。
セラさんは続ける。
「私、ミナさんの支援がすごいと思っていました。補助魔術師なのに、すごいって。私も、ちゃんと聞けば強くなれるって思っていました」
そこで一度、言葉が止まる。
「でも、違ったんですね。違ったというか、全部違うわけじゃないのかもしれないけど、私が思っていたものとは違った」
混乱している。
その混乱を、セラさんは必死に言葉にしている。
ミナは、黙って聞くしかなかった。
「助けてくれたことは、ありがとうって思っています。でも、今すぐ平気ですとは言えません」
「はい」
「ごめんなさい」
「セラさんが謝ることでは」
「あります」
セラさんは首を横に振った。
「私、今、ちょっと怒っています。怒っているのに、助けてもらったから怒っちゃいけない気がして。それも嫌で」
まっすぐな言葉だった。
痛いけれど、きれいだった。
リタさんが小さく頷く。
「助けたことと嘘は別。そこ、混ぜるとお互いしんどい」
ミナはその言葉を胸の中で繰り返した。
助けたことと嘘は別。
救えたから、嘘が消えるわけではない。
嘘をついたから、救ったことが消えるわけでもない。
どちらも残る。
両方、持たなければならない。
ガイさんが椅子の背から体を起こした。
「謝罪は聞いた」
ミナは背筋を伸ばす。
「はい」
「次は、何ができて何が危険なのかを話せ」
「今、ですか」
「今すぐ全部は無理だろう。だが、曖昧なまま次の依頼には行けない」
ガイさんは真剣だった。
「俺は盾役だ。前に立つ。ミナが俺の体に何をするのか、何をしないのか、知っておく必要がある」
リタさんも頷く。
「あたしも。毒とか罠とか、ミナちゃんの見方とあたしの見方を合わせたい」
セラさんは少し迷ってから、小さく言った。
「私も、知りたいです。怖いけど」
ミナの胸が詰まる。
許されたわけではない。
それでも、聞こうとしてくれている。
「話します」
ミナは頷いた。
「ただ、私だけでは、うまく整理できないかもしれません」
「ノエルさん?」
リタさんがすぐに言う。
ミナは少し驚いた。
「わかりますか」
「あの人、こういう面倒な整理が好きそう」
「好きではないと思います」
「得意ではあるでしょ」
それは、たぶんそうだ。
ミナは小さく頷いた。
「お願いしてみます」
会議室の空気は、まだ重い。
でも、完全に閉じてはいなかった。
ほんの少しだけ、次に進む隙間があった。
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