表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パーティを追放されたのでヒーラーが魔術師とうそをつきました  作者: Miris
追放した側が、失ったものに気づく

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/52

第27話 戻ってこい、ミナ


 ルシェルのギルド広間で、グレンの声がミナの前に落ちた。


 休日の午後だった。


 髪には、さっき買ったばかりの青いリボンが揺れている。


「お前、補助魔術師になったのか」


 その問いは、ただの確認ではなかった。


 責める音が混じっている。疑う音もある。何より、ミナが知らない場所で別の名前を持っていたことが気に入らない。そんな色が、グレンの目に浮かんでいた。


 ミナは口を開きかけた。


 補助魔術師です。


 そう言えば、この場は少しだけ楽になるかもしれない。


 でも、すぐ隣にはリタさんがいる。半歩前にはセラさん。奥ではガイさんが立ち上がっている。三人は、ミナの言葉を聞くつもりでいる。


 嘘を重ねるには、近すぎた。


「……今は、そう登録しています」


 やっと出た声は、思ったより小さかった。


 グレンの眉が動く。


「今は?」


 その横で、イザークが鼻で笑った。相変わらず、きれいなローブを着ている。けれど、裾に泥が跳ねていた。魔術師らしく整えた姿の中で、そこだけが妙に目立つ。


「おかしな言い方だね。君はヒーラーだったはずだ。いつから魔術師を名乗るようになったのかな」


 広間のざわめきが、少し薄くなった。


 ヒーラー。


 その言葉は、セラさんの耳にも届いた。


 セラさんの肩がわずかに動く。リタさんは何も言わない。ただ、視線だけが細くなる。


 ガイさんがこちらへ歩いてきた。床板が小さく鳴る。


「ミナ」


 低い声だった。


 責める声ではない。


 確認する声。


 それが、余計に胸に重かった。


 ミナは指先を握った。青いリボンの端が視界の端で揺れる。ついさっきまで、友達と呼んでいいのかと迷っていた。焼き菓子を分けてもらった。お茶が甘かった。


 その時間が、遠くなる。


 グレンは周囲の空気を気にした様子もなく、一歩近づいた。


「話がある。こっちへ来い」


 命令の形だった。


 ミナの体が、反射的に動きかける。


 昔の癖だ。


 紅蓮の剣にいた頃、グレンに呼ばれたら立つ。報酬の話でも、依頼の確認でも、叱責でも、まず立つ。それが当たり前だった。


 でも、足は動かなかった。


 動かなかったのは、ミナが強くなったからではない。


 セラさんが半歩だけ前に出たからだ。


「ここで話してください」


 声は少し固い。でも逃げていない。


 グレンがセラさんを見る。


「誰だ、お前」


「セラ・ウィンです。ミナさんのパーティの剣士です」


「パーティ」


 グレンは短く笑った。


 馬鹿にしたような笑いだった。


「低ランクの寄せ集めだろう」


 セラさんの頬が赤くなる。怒りだ。


 ミナは慌てて一歩前に出た。


「グレンさん。用件を聞きます」


 自分でも驚くくらい、声がまっすぐ出た。


 グレンの視線がミナへ戻る。


「紅蓮の剣に、一度入れ」


 広間の音が、本当に止まった気がした。


 ミナは聞き間違いかと思った。


「一度、ですか」


「そうだ。次の依頼だけでいい」


 グレンは腕を組む。


「バルドが使えない。湿地の依頼で膝と肩を痛めた。神殿で治療はしたが、盾役としてはまだ重い。お前の支援があるなら、穴は埋まる」


 穴。


 その言い方に、ミナの胸の奥が冷える。


 人の怪我も、不安も、疲労も、全部「穴」になる。埋めればいいものになる。


「私の支援、ですか」


「ああ」


 グレンは当然のように頷いた。


「お前、補助魔術師として評判になってるんだろ。だったら、ちょうどいい」


 ちょうどいい。


 ミナは、手の中にまだ焼き菓子の紙包みを持っていることに気づいた。リタさんがガイさんへの土産に買ったものとは別に、エレナさんへ渡そうと思っていた栞も鞄に入っている。


 それらが、急に場違いに思えた。


 リタさんが軽い声で言う。


「ちょうどいいって、何に?」


「部外者は黙ってろ」


 グレンが睨む。


 リタさんは笑った。


「うわ、懐かしい感じの態度。あたし、初対面だけど」


 軽口なのに、目は冷たい。


 ガイさんがミナの横に立った。


「ミナが決める」


 短い一言だった。


 その一言だけで、ミナの足元が少し戻ってくる。


 グレンは面白くなさそうにガイさんを見上げた。体格差はある。だが、グレンはそれを気にしない人だった。自分の剣で届く相手なら、恐れない。


「お前が今のリーダーか」


「まとめ役ではある」


「なら話が早い。ミナを一度借りる」


「物じゃない」


 ガイさんの声が低くなった。


 ミナは胸の前で手を握る。


 紅蓮の剣。


 その名前を聞くだけで、昔の席順が蘇る。通路側の端。テーブルの隅。一人分の報酬を受け取ることすら、どこか申し訳なく思っていた場所。


 今は違う。


 そう思いたい。


 でも、グレンの声を聞くだけで、体は昔の自分を覚えている。


 ******


 カミラは、ずっと黙っていた。


 壁側に立ち、弓袋を肩にかけたまま、こちらを見ている。目が合うと逸らす。けれど、完全には背けない。


 ミナはその視線を見て、胸が少し痛んだ。


 追放の日、カミラは反対しなかった。


 嫌いなわけじゃない。ただ、今の紅蓮の剣には見える貢献が必要なの。


 そう言った。


 今、その彼女は何を見ているのだろう。


 イザークが退屈そうに指を鳴らす。


「そもそも、彼女の現登録が補助魔術師なら、旧パーティへの一時同行は問題ない。支援役として雇えばいいだけだ。もっとも、本当に補助魔術師なら、だけど」


 最後の言葉だけ、わざと薄く笑った。


 セラさんが顔を上げる。


「どういう意味ですか」


「そのままの意味だよ。彼女は以前、ヒーラーとして登録されていた。僕たちのパーティにいた時もそうだ。攻撃魔術は使えない。なのに今は魔術師を名乗っている」


 セラさんの視線が、ミナへ向いた。


 まっすぐだった。


 疑いというより、知りたい目。


 だから痛い。


 ミナはすぐに答えられなかった。


 グレンはその沈黙を、自分に都合よく受け取ったらしい。


「細かいことは後でいい。ミナ、お前が来れば済む」


「済む、とは」


「バルドの穴を埋める。俺たちの動きを支える。前と同じだ」


 前と同じ。


 その言葉で、ミナの呼吸が少し止まった。


 前と同じなら。


 また後ろに立つ。


 見えないように支える。


 助けたことは記録に残らない。


 終わった後で、何もしていないと言われる。


 でも、グレンは続けた。


「前のことは水に流してやる」


 広間の空気が、少しだけ変わった。


 ミナの中でも、何かが変わった。


 許してやる。


 そういう言い方だった。


 追放されたのは自分なのに。


 役立たずと言われたのは自分なのに。


 水に流してもらう側に、また置かれている。


 ミナはゆっくり息を吸った。


 甘いお茶の香りは、もう消えていた。


 でも、髪のリボンはまだそこにある。


 リタさんが選んでくれたもの。


 セラさんが結んでくれたもの。


 それが、ほんの少しだけミナの背中を押した。


「グレンさん」


「何だ」


「その話は、ここで終わりにしてください」


 自分の声が、震えているのがわかった。


 それでも、言葉は止まらなかった。


 グレンの顔が険しくなる。


「どういう意味だ」


 ミナは、青いリボンがほどけないように、そっと髪に触れた。


「私は、紅蓮の剣には戻りません」


 その一言で、昔の自分が少しだけ遠ざかった。


 ******


この話が良かった、参考になったと思ったらお好きな数だけつけてください!

また見たい!と思ったらブックマークもお願いします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ