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パーティを追放されたのでヒーラーが魔術師とうそをつきました  作者: Miris
追放されたヒーラー、魔術師を名乗る

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第12話 逃げられない名前


 救助依頼の報告を終えた午後、ミナはルシェルのギルド小会議室に呼ばれていた。


 壁には依頼地図が貼られ、棚には過去の報告書が並び、中央の机には新しい書類が一式置かれている。いつもの受付カウンターより静かで、紙をめくる音まで大きく聞こえた。


 ミナは椅子に座り、膝の上で両手を重ねていた。


 向かいには受付職員。横にはガイ、リタ、セラ。


 毒蛾の巣の駆除。薬草採取者の救助。


 低ランク依頼を続けて成功させたことで、四人には正式なパーティ登録更新の話が来ていた。中規模依頼を受ける前段階として、構成を記録しておく必要があるらしい。


 職員が書類を広げる。


「パーティ名は未定で構いません。今回は構成確認が主です」


 ペンが紙の上を滑る。


『盾役: ガイ・ロックベル/斥候: リタ・ベル/剣士: セラ・ウィン/補助魔術師: ミナ・リース』


 補助魔術師。


 その欄で、ミナの視線が止まった。


 何度も見た文字だ。


 もう見慣れてしまいそうになっている。


 それが怖かった。


 最初は、震えるほど重かった。今も重い。けれど、重いものは持ち続けると、体が勝手に持ち方を覚えてしまう。


 嘘にも、慣れてしまう。


 最初にその言葉を書いた時、ペン先は震えた。


 試験の時は、攻撃魔術を求められて息が止まりそうになった。


 毒蛾の洞窟では、支援です、と言いながら治癒式を流した。


 セラの毒針を処置した時は、もう言い訳より命が先だった。


 一つずつ思い返すと、どの場面にも理由がある。


 仕事がなかったから。


 助ける必要があったから。


 信頼を壊したくなかったから。


 理由はある。


 でも、理由が積み重なっても、嘘が真実に変わるわけではない。


 ミナは膝の上で指を重ねる。


 今なら、まだ訂正できる。


 たぶん、これが最後ではない。


 けれど、最後ではないと思っているうちに、本当に最後の機会を逃すのだろう。


「職業欄に変更はありますか?」


 受付職員が尋ねた。


 ミナは顔を上げる。


 来た。


 また、機会が来た。


 今なら言える。


 本当はヒーラーです。


 補助魔術師ではありません。


 治癒魔術に支援を混ぜています。毒を見ていたのも、呼吸を支えたのも、体温を整えたのも、全部ヒーラーとしての技術です。


 言わなければならない。


 これ以上進む前に。


 ミナは唇を開いた。


「私は」


 その瞬間、セラが明るく言った。


「ミナさんは補助魔術師ですよね」


 悪気のない声だった。


 むしろ誇らしげだった。


「私、ミナさんの支援があるなら前に出すぎなくて済むんです。足が勝手に行きそうな時、ちゃんと止めてくれるから」


 ミナの言葉が止まる。


 セラは笑っている。


 信じている顔だ。


 ガイも頷いた。


「俺も、怪我をする前に止めてもらえる方が助かる。倒れてから治すより、その方がいい」


 倒れてから治すより。


 ミナの胸に、師匠の言葉が重なる。


 壊れてから治すな。


 壊れる前に支えろ。


 ガイは、ミナのしていることを見てくれている。


 でも、その名前を間違えている。


 リタは椅子の背にもたれ、腕を組んでいた。


「あたしは、何者でもいいよ」


 ミナはリタを見る。


 彼女の目は、やっぱり鋭い。


「危険を見落とさないなら。嘘で死ぬのはごめんだけど、助かったのも事実だから」


 嘘。


 その言葉だけ、静かに刺さる。


 リタはたぶん、もうほとんど気づいている。


 でも暴かない。


 暴かない代わりに、逃がしてもくれない。


 ミナはペンを見下ろした。


 職員がもう一度尋ねる。


「職業欄、変更しますか?」


 今だ。


 本当に、今だ。


 ヒーラーです。


 言うだけ。


 ただ、それだけ。


 なのに、ミナの喉は動かなかった。


 怖い。


 役立たずに戻るのが怖い。


 この三人の目が変わるのが怖い。


 嘘をついたことを責められるのが怖い。


 そして何より、今やっとできた居場所を、自分の言葉で壊すのが怖かった。


「……変更は、ありません」


 言ってしまった。


 受付職員は頷き、書類へ印を押す。


 乾いた音が、小会議室に響いた。


 ******


 手続きが終わると、四人はギルドの外へ出た。


 昼の光が眩しい。通りには商人や冒険者が行き交い、どこかの屋台から焼き肉の匂いが漂ってくる。


 セラは上機嫌だった。


「正式に継続ですね」


「まだパーティ名はないけどね」


 リタが言う。


「名前、考えましょう」


「セラに任せるとすごいやつになるから保留」


「すごいやつって何ですか」


「紅蓮とか漆黒とか絶剣とか」


「かっこいいじゃないですか」


「ほら」


 軽いやり取りに、ガイが少し笑う。


 ミナも笑おうとした。


 けれど、うまくいかなかった。


 書類の音が、まだ耳に残っている。


 変更はありません。


 自分で言った言葉だ。


 誰かに強制されたわけではない。セラのせいでも、ガイのせいでも、リタのせいでもない。


 ミナが選んだ。


 嘘のまま残ることを。


 ガイが横に並ぶ。


「顔色が悪い」


「少し、疲れただけです」


「今日は休め」


「はい」


 短い会話。


 それだけなのに、ガイの気遣いが伝わる。


 ミナは胸が苦しくなった。


 優しくされるほど、言えなくなる。


 必要とされるほど、嘘はほどけなくなる。


 リタが少し後ろから言った。


「ミナちゃん」


「はい」


「いつか言わなきゃいけないことがあるなら、遅くしすぎない方がいいよ」


 ミナは振り返る。


 リタは屋台の方を見ていて、こちらを見ていなかった。


「一般論」


「……はい」


 一般論ではない。


 でも、ミナはそう受け取ることにした。


 セラが前で手を振る。


「ミナさん、昼ご飯行きましょう! 今日は私、腕も足も無事です!」


「それはいいことです」


 ミナはやっと少し笑えた。


 無事。


 それだけで、今日も意味がある。


 ******


 同じ頃、別の街。


 紅蓮の剣は、ギルドの前で新しい依頼書を広げていた。


 グレンは笑っている。


「沼地の甲殻獣。報酬は悪くない」


 イザークが依頼書を覗き込む。


「毒持ちの可能性あり、とあるね」


「毒消しを持てばいい」


 カミラは少し眉を寄せた。


「ヒーラーは?」


 グレンは鼻で笑う。


「必要になったら神殿に運べばいい」


「沼地から?」


「俺たちなら問題ない」


 その声には自信があった。


 自信だけがあった。


 バルドは盾の留め具を確認しながら、ぽつりと言う。


「最近、妙に疲れが抜けねえな」


「気のせいだ」


 グレンは依頼書を畳んだ。


「ミナが抜けて報酬の取り分も増えた。次で一気に稼ぐぞ」


 誰も反論しなかった。


 ただ、カミラだけが少し遠くを見る。


 昨日の訓練で、弓の狙いがわずかにぶれたことを、彼女は覚えていた。


 イザークは詠唱の三節目で魔力が跳ねたことを、まだ疲労のせいだと思っている。


 バルドは盾を持つ腕が重いことを、年のせいにしようとしている。


 グレンは、自分の膝が踏み込みの最後で少し沈むことに、気づいていない。


 ミナがいない戦場へ、紅蓮の剣は歩き出した。


 ******


 夜、ミナは宿の部屋で一人、契約書の控えを見ていた。


 机の上には師匠のノート。


 横には補助魔術師の木札。


 そして、紙の上には自分の名前。


『ミナ・リース 補助魔術師』


 ミナは指でその文字に触れた。


 インクはもう乾いている。


 こすっても消えない。


 乾いた文字は、思っていたより重かった。


「私は」


 声に出す。


 部屋の中は静かだった。


「私は、ヒーラーです」


 本当の名前は、ちゃんと言えた。


 一人なら言える。


 誰にも聞かれていない場所なら、簡単に言える。


 でも、今日の会議室では言えなかった。


 ガイの前で。


 リタの前で。


 セラの前で。


 必要としてくれる人たちの前で、言えなかった。


 ミナはノートを開く。


 師匠の字が目に入る。


『治すだけでは足りない。

支えるだけでも終われない。

最後に選ぶのは、お前が何者として立つかだ。』


 ミナは目を閉じた。


 今の自分は、何者として立っているのだろう。


 嘘で始まった。


 けれど、嘘だけでは人を救えなかった。


 救ったのは、ヒーラーとして覚えた手だった。


 それなのに、紙の上に残った名前は違う。


 補助魔術師、ミナ・リース。


 その名前で、彼女の新しい冒険は始まってしまった。


 窓の外で、夜の街の灯りが一つずつ消えていく。


 ミナはノートを閉じ、木札を机の引き出しへしまった。


 見えない場所へ入れても、名前は消えない。


 明日になれば、またその木札を持ってギルドへ行く。


 ガイと、リタと、セラが待っている。


 そしてきっと、誰かが助けを求める。


 その時、ミナはまた手を伸ばす。


 ヒーラーとして覚えた手で。


 補助魔術師と呼ばれる名前で。


 その二つがいつかぶつかると、ミナはもう知っている。


 それでも、明日の朝が来る。


 逃げられない名前を持ったまま。


 第一部の終わりは、解決ではなかった。


 ただ、ミナがもう戻れない場所まで歩いてきたという、静かな始まりだった。


 その先に待つ問いから、もう目をそらせない。


 ******


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