帰省
実家は人が住んでいないにも拘わらず綺麗なままだ。確か不在中の管理は家政婦さん達にお願いしていたハズだ。
私が子供の頃からお世話になっている方で医師として何かと家を空けることが多いお父さんが病弱で家事の出来ないお母さんとまだ幼かった私を心配して雇ってくれた人だ。
その後、お母さんが亡くなり私とお父さんの仲が険悪になった時もさらにその数年後に『果ての無い医師団』に所属したお父さんに医療を学ぶためについて行った私の代わりにこの家の管理をしてくれていたのだ。
見方によっては私達家族に振り回された最大の被害者にも思える。
そんな苦労をかけた人が未だに実家の管理をしてくれているのかと思うと頭が上がらない。今回の帰省で会えれば良いけれど。
「中には入れそうですか?」
「鍵は普通に持ってるから」
流石に実家のカギまで捨てるほど自棄にもなっていない。この時代に実家から離れて一人で暮らすのも十分自棄だという話には今は耳を塞がせてもらおう。
敷地内に入り、玄関の鍵穴に鍵を差し込むとガチャリと音を立てて回る。ノブを回してドアを開いたその向こう側は懐かしい生まれ育った自宅だった。
「……ただいま」
小さく呟き、玄関に立ち尽くす私を皆は何も言わずに見ているだけだ。多分、あえて何も言わないんだと思う。私が動き出すまで、待ってくれている。これは私の事だしね。
そうして中に入る決心をしようとしていると、パタパタとスリッパが床を叩く音が聞こえて来た。
「どなたかいらっしゃいました、か……?」
「……お久しぶりです、一美さん」
私の事を見て目を丸くしているのはこの家の管理をずっとしてくれていた一美さんという方だ。もう50代に近い方で白髪や顔のしわも目立つようになってしまったけど間違いない。
温和そうな雰囲気は昔とちっとも変っていないし、エプロン姿が似合うのも健在だ。
緊張して固まる私と、呆ける一美さん。それを見守る三人の無言が玄関でしばらく続くとゆっくりと一美さんの方から口を開いた。
「真白さん……?」
「ハイ、真白です。長らく家を空けていて、申し訳ないです」
「……ふぅ」
お互いのことを誰かを確認した一美さんはぺこりと会釈した私を見た後その場でふらりと倒れ込んでしまう。
「え“っ?!カレジ!!」
「承知しました!!」
いきなりの事だったから驚いたけど、足の速いカレジが素早く一美さんを抱きとめることで事なきを得る。
良かった。大人が直立状態から地面に倒れたら絶対に怪我をするからね。しかも脱力状態でなんて倒れ方によっては大怪我だ。
とにかく落ち着いて話せるようになるまでは安静にさせないと。
「リビングに運ぶよ。美弥子さん、お茶の準備出来る?出来れば落ち着くやつ」
「ハーブティーをご用意します。少々台所をお借りいたします」
「好きに使って」
皆を案内しながらリビングへと向かう。リビングとダイニング、キッチンが繋がってるアイランドキッチンだからすぐそばだし、なにかあっても私が応急処置くらいなら出来る。
少なくとも救急車を呼ぶような状態でもないし、落ち着かせるのが一番良いかな。
「お騒がせしました。突然の事だったので驚いてしまって……」
「ごめんなさい、事前に連絡をするべきでした」
「いえ、真白さんと真司先生がその辺りズボラなのは重々承知しているので」
「うぐっ」
リビングのソファーに腰かけ、ハーブティーの香りを楽しんでいると一美さんから容赦なく辛辣な一撃が飛んでくる。
相変わらず歯にもの着せない言い方をする人だ。厄介なのは嫌味ではなく、本人に一切の悪気は無いところだ。
昔と変わらないということの証左でもある。逆を言えば、私が昔からズボラだと露呈させられたのだけど、一切否定できないから何も言うまい。
「昔からズボラなのですね。私もお世話をさせていただいていますが、すぐに散らかされるので」
「研究資料とか机の上どころじゃないですよね。かと言って勝手に触ってしまうと邪魔になってしまって、ねぇ?」
「言われてるよ真白」
「姫様、大事な物こそ整理整頓が効率を上げるのですよ」
針のムシロとはこの事だ。なんでこうなるかな。




