真白
彼はただただそこで先程までと同じように座り込み、腕を組んで泣きじゃくる私のことを見つめ続けた。
慰めの言葉をかけるのでもなく、同情するでもなく。叱責もせず、落胆もせず。ひたすらに無言でそこにいた。
「やだ、やだ……。うぅぅっ」
「……お前も知ってると思うけどさ」
一通り泣き終えて、泣き声をあげるのにも疲れて来た頃。ようやく、彼はぽつりと呟いた。
やはり慰めなどの言葉では無さそうだ。欲しいわけでもないけど。彼は私なのだから、私の気持ちなんて最初から全部わかってるのかも知れない。
あえてかけないというよりは、かける必要がない。だって、私と彼は同じだから。
それはお前も知ってると思うけど、という言葉にしっかりと含まれていると思う。
「俺は、色んなことを間違えた。母さんが死んだ時に親父に殴り掛かったことも、学校で友達1人作らずに勉強しかしてこなかったこと。数少ない、気にかけてくれた人達の手を振り払って来たこと。さっき見た島で、結局誰も助けられなかったこと」
「……うん、知ってる」
私は山のように積み上がるほどの間違いをしながら、ここまで生きて来た。それは確かに私の中にもあって、私もよく知っている私のこと。
何度も何度も間違えて、最終的に私は一度折れた。それが、島での出来事の後。
あの時も、自分の理想と現実の乖離に耐え切れなくて逃げ出した。
「思えば、全部逃げて来た結果だ。母さんを父さんが救わなかったって事実に向き合いたくなくて殴ったし、友達を作らなかったのとか近づいて来てくれた人を拒絶したのはまた失うのが怖いから」
「島でも、結局逃げたもんね」
「その結果、看護師を辞めたことも逃げだな」
2人揃って自嘲する。あぁ、逃げてばかりの人生だ。理想ばっかり高くて、現実突き付けられたらあっさり折れて情けない。
逃げて逃げて逃げて、私はまた逃げるのか。
「そしてパッシオと協力して魔法少女になって、俺は私になって今こうして俺とお前が対面してる。間違いなく同一人物だし、人格が違うわけでもないんだけどな?」
「うん、私と貴方は一緒。別人じゃない」
差があるとすればそう。周りの環境とか、性別とかそのくらい。
私がしたい事は私が俺だった頃と何も変わらない。
「そのポイントになったのは、まぁ俺から私に変化して行く最中で人生のリスタートが出来たことだろうよ。リセットじゃなく、あくまでリスタート」
「全部まっさらにして最初から始めるんじゃなくて、途中からってこと?」
「そうだろ?まるで俺の灰色の学生時代を塗り潰すみたいに、お前の学生生活は始まってる」
確かにそうかも知れない。大体あの辺りから俺と私の境目があやふやになり始めてる。
きっと何処かで一人称も変わっているのだろう。この辺りはパッシオに聞くと詳しく聞けるかもね。
「逃げて逃げて逃げたその先で、偶然拾ったリスタート。正直言って強くてニューゲームってヤツだ。反則技だよな」
「しかも、俺だった頃の欠点、大体無くなってるもんね」
「あぁ、俺は今めちゃくちゃ恵まれてる。家族がいて、仲間がいて、友達がいて、守りたいものは山ほどあるし、守りたかったものにだって手が届きそうだ」
「うん」
私のここまでの道のりは彼のそれと比べて恵まれたモノだ。ご都合展開だと物語で描かれていたらそう言われるに違いない。
数多の偶然と奇跡、少しの繋がりが今の私を作り上げた。
彼が最初の方に言った通り、私の身に起きたことを説明出来る人は多分いない。いたとするなら神様くらいで、そんな神様の気まぐれのようなものが私をここまで連れて来た。
「それでも逃げるか?今あるものを全部捨てて、逃げられるのか?」
「……多分無理」
「だろうな。まずパッシオと光さんが地の果てまで追いかけて来る」
あぁ、鮮明に目に浮かぶ。そして捕まって物凄く怒られるんだ。美弥子さんにも怒られるし、墨亜は泣くし、千草はしばらく口を聞いてくれないに違いない。
朱莉には呆れられるし、碧ちゃんにはお小言言われるし、紫ちゃんは黙って私の評価を下げると思う。
舞ちゃんと委員長は、まぁいつも通りかな。何かにつけて奢らされそうな気がする。
カレジからも小言の嵐が来るだろうし、番長からは拳骨もらって、雛森さんからはティータイムという名のお呼び出し。
他にも色んな人から怒られるんだろうなぁ。それはちょっと嫌だ。
「そんだけ強い繋がりをお前は作ったんだよ。スゲェよお前。俺には出来なかったからな」
「キッカケと下地を作ったのはそっちでしょ?」
「そこまでだよ。俺ならきっと、何処かで跳ね除けてた。アパートに戻ったあの時も、皆の後押しがなきゃ逃げてた」
「そう言えばそんなこともあったね」
もう随分昔のように感じる、アパート家出事件も考えてみれば割と漠然とした不安で皆から逃げようとしてたもんね。
あー、案外昔から逃げ癖ついてたんだなぁ、私。
「どうせ逃げても逃してもらえないし、今回逃げる理由だって父さんと母さんが死んだ原因が自分だって言うけど。本当の根本はショルシエだろ?」
「そうだね。それは私もわかってる」
ショルシエが諸悪の根源だと言うのは理解はしている。ただ、そのキッカケの一つに私がいることも事実で、それがどうしても頭から離れない。
そこに意識が向いてしまう。キッカケの一つに自分がいる。それが許せないのだ。
「やっぱ俺だな。頑固過ぎて困る」
「別に、私の意見は私の意見ってだけだし」
「ちっとはその意見を変えろよ。いや、俺の話なんだけどさ」
自分で自分のこと頑固って言ってもお互い様だ。実際、さっきからお互いの言い分は一つも変わって無いんだから。
「わかったわかった。んじゃこうしようぜ」
「ん?」
「実家に帰る」
ずっと話は平行線。変わらない意見にお互い辟易として来たところで、彼から投げかけられた提案は全く想定していないものだった。




