真白
誰もいないはずのこの場で突然聞こえて来た男性の声に驚いて、身体を起こして振り返る。
「……え?」
そこにいたのは、癖っ毛の赤い髪に青灰色の瞳。日本人にしては白い肌。
男性にしては小柄で、目は少しだけツリ目。それでも顔立ちは整っていて綺麗なものだ。
男性、と一目見れば分かるけど、化粧をしたらどちらか判別がつきづらい。そのくらいの容姿。
髪は私みたいに肩の下まで伸ばしているのと違って短い。耳に少し掛かるくらいの長さと言えば良いかな。
明らかに男女の違いはある。でも、何度見ても理解出来る。
「ひっどい顔してんな」
「え?貴方は、え?」
「悩むほど難しいか?別に身体と記憶が変化するよりはまだ理解しやすいだろ。な、俺?」
「……やっぱり、私なんだね」
自らを俺、と呼称する彼は間違いなく私だ。正確に言えば、男の人だった頃の私。26歳で男性の本来の姿の私がどうしてか、私の目の前に現れていた。
困惑する私をよそに、彼はツカツカと私の前までやって来るとドカリと音を立て、その場にあぐらをかいて座り込む。
「さて、腹を割って話そう俺。自分自身との対話なんて経験、普通は出来ないぜ?」
ニッと笑う彼の目には有無を言わせない迫力があり、私は恐る恐る彼の前で姿勢を正し、彼の言う自分自身との対話とやらを始めた。
「ま、とにもかくにもまずは自己紹介からか?まぁ、俺はお前で、お前は俺だから必要はないんだけどな。とりあえず形式上ってことで。俺は小野 真白。元看護師で現魔法少女。お前は?」
「も、諸星 真白。高校生で魔法少女をしてます……。医療の知識と技術は、『果ての無い医師団』で学びました」
俺はお前で、お前は俺と言われて頭がこんがらがりそうになる。夢の中とは言え、こうして目の前に現れてるのだから別人ではないのか?
いや、夢の中だからこんなことになっているのか?それとも魔法?繋がりの力?もうよく分からない。誰か説明してほしい。
「残念ながら説明出来る奴はだーれもいないな。俺だってまさか女の子になった自分と会話出来るなんて思っても見てなかったよ」
面白そうに笑う彼と、早くも目を回し始めている私。彼自身も現状を理解しているわけではなく、なったから利用してるくらいの感覚の様子。
この辺りも男女差なのだろうか。男性は女性に比べると楽観的傾向があるって言われるけど個人差はあるし、私達は同じ真白だし、うーんうーん。
思考がぐるぐると同じところ回り始めてパンクしそうになっている中、彼はじろじろと私の様子を確認してから、脚の上に肘をつき、頬杖をついてから喋り始める。
「しっかしまぁ、よくもここまで変わったもんだな」
「変わったって?」
「性別もそうだけど、仕草とか口調とかな。さっきも自己紹介で自然と小野姓じゃなくて諸星姓名乗っただろ?丸くなったというか、子供っぽくなったというか」
「こ、子供っぽくない!!」
変わったはともかく、子供っぽくなったという彼に思わず反論するけど、それそれそういうところと笑って返されてしまう。
ぐぬぬぬ、自分に子供っぽいなんて言われたくないし。だって自分だよ?確かにやたらと落ち着いてるけどさ。
それは向こうの方が状況を理解してるからであって、私が子供っぽいからではないと主張します。
「ま、お前はそれで良いよ。背伸びばっかして、友達の1人もいなかった俺より全然良い」
「私も友達が出来たのはここ最近だよ」
「でも、楽しいだろ?」
それは、まぁ楽しいに決まってる。教室でクラスメイトとお喋りしたり、朱莉達とゲームしたり、買い物に行ったりする日常は、『果ての無い医師団』として活動していたのとは別種の充実した日々なのは間違いなかった。
彼にはそれが無かった。ただ1人で黙々と勉学に励み、看護師になり、自分の理想のために時間を使い続けた。
それはそれで充実していると思う。理想のためにわき目も振らずに邁進することは凄い事だ。
「俺には友達がいなかった。高校時代の演劇部だって結局最後まで馴染めなかったし、看護学校時代もそう。『果ての無い医師団』にいた頃も周りにいるのは優秀な仕事仲間ってだけだった」
「……うん、何となく分かる」
彼の言っている事は私の過去でもある。消えかけてしまった記録と記憶であるけれど、彼はどうやら鮮明に覚えているようす。
私は断片的だけれど、その感覚を共有出来た。やっぱり自分のことだからかな。
とにかく、過去の私はとにかく信頼できる仲間が、無条件で背中を預けられる友達がいなかった。
何度も手を差し伸べてくれた人はいたはずなのに、私はその手を払って1人で進んだ。
「俺は孤独を選んだ。一人で戦って、一人で理想を勝ち取らなきゃ意味がないとまで思ってたのかも知れない。その結果、現実一つ見ただけであっさり折れた。……だが、お前は違う」
「……私は、仲間と友達と一緒に戦うことを選んだ」
昔の私は1人を選び、今の私は共に歩む事を選んだ。
目標は変わっていないハズ。魔法少女を無くすこと、傷付いてしまった人を癒す事、傷付く前に助け出す事。
それが私の願い。私の理想。
「もう一度聞く。また逃げるのか?」
鋭く、射抜くように睨み付けて来た彼の目には、私に対する怒りが滲んでいた。




