真白
医療に携わるものとして、こうして様々な国と地域で医療を提供する者として、絶対にしてはならない事、するべきではない大原則は死ぬ事だ。
医療という高度な知識を手に入れた人は少ない。ましてや危険な地域や情勢が不安定な地域で医療行為を行う人はもっと少ない。
他者を救うというのは酷く難しい事であるし、同時に視点を変えると敵を回復させる厄介な人物となる。
筋違いも良いところなのだが、戦地医療とは真っ先に狙われてもおかしくないウィークポイントでもあるのだ。
特に紛争地域、民族間の抗争、宗教間の争いがある地域では突然後ろから医者が撃たれたなんて話も聞く。
「でも……!!」
「ダメだ。君はもっと沢山の命を救える。そのために来たんだろう?なら、今は逃げるんだ。もっと多くを救うために」
「見捨てるの!?」
「……そうだ。僕らは僕らがより多くの命を救うために、僕達の命を優先する」
理屈は分かってる。そうすればもっともっと沢山の人を救える。
今まで何人もの人を治療して来て、何人もの命を救った。
その時間が長ければ長いほど、医療人が生きていれば応急処置でも何かは出来る。
少しだけでも生き長らえさせることが出来る。
だから、医療に携わる者は死んではいけない。死んだら誰も救えなくなるから。
でも、だからと言って今目の前で沢山の人々が傷付けられようとしているのに、それを救える私達が真っ先に逃げるのは、納得出来ない。
「きゃあっ?!」
「何すんだいアンタ達?!」
私とリーが言い争いをしているうちに、また悲鳴が聞こえて来る。
その声には聞き覚えがある私は思わずその場から駆け出そうとする。
あの子供達とオバサンの声だ。間違いなく。
そして、駆け出した私の腕をリーが掴み、踏みとどまらせた。
「離してよ!!」
「ダメだ!!真白!!」
「離して!!あの子達がーー」
「行って何が出来る!!」
暴れる私にリーが怒声を上げる。いつも冷静沈着なリーの怒った声に、私は驚いて動きを止める。
彼の表情は苦悶に歪んでいて、苦しくそして悲しく、怒りも感じ取れる複雑なものだった。
「僕らが行って、何が出来る」
「何もしないよりはーー」
「それをなんて言うか知ってるかい?」
行って何が出来るんだと問うリーに、私は明確な答えは返せず、曖昧な回答をする。
それを聞いて、リーは私の腕を掴む力を更に強め、絶対に離す気がないという無言の意思表示がされた。
「無駄死に、って言うんだ。僕らがする事は誰かの盾になる事じゃない。誰かの手を取って、その命を救う事だ!!」
「でも……!!」
「全部は救えない!!それでも多く救いたいなら、自分を優先するしかないんだ!!」
医療人は神様じゃない。いや、きっと神様ですら全ては救えない。
全てを救えるなら、この世に不幸なんて無いハズなのだから。
分かってる。分かってる。私はこの島を、あの子達を救えない。
「リー!!そろそろ足止めも限界だ!!真白を抱えて逃げるぞ!!」
「あぁ。……真白」
森の中に隠れて、男達を牽制していたトムが限界を感じて銃を片手に飛び出して来る。
状況は悪化の一途なのは明白。今すぐにでも、この場を離れなくてはならない。
こうして、悲鳴と銃声、火薬と血の臭いが風に乗る中で私達『果ての無い医師団』はこの島と国から命からがら逃げ延びた。
救わなきゃならなかった命を、救うためにやって来たこの地の人々を置き去りにして。
これが、私の過去。救えなかった、無様な人間の末路。
夢の中で見せられた映像を前に寝そべりながら声も上げずに涙が出る。
なんて、なんてどうしようもない人間なのだろうか。
「結局、私は誰も助けられない……」
あの後生き延びた私は、医師団を抜け、1年程死んだように空虚な生活を送る。
何も救えなかった自分と、それを出来ない世の中を呪いながら情けなく生きてた。
ニュースを見れば魔獣の被害と魔法少女の話。まだ子供の彼女達が武器を取り、魔法を操る姿を世間はヒーローだと持て囃す。
私にはそれが歪んでいるようにしか見えなかった。子供が大人を押し退けて戦うなんて間違ってる。
そう思っていても何も出来なかった。私は何も救えなかった。そんな私に何が出来るのか。
卑屈になって、被害者ヅラして、全部が嫌になった私のところに来て、手を差し伸べて力をくれたパッシオには感謝している。
もう一度だけ立ち上がれたのはパッシオのおかげだ。お互い、利用し合っているのは最初のうちから分かってた。
だからこそ、利害の一致という重要な部分が私達を強固にしていった。
でも、結局私はダメだ。救うどころか、誰かを傷付け、命を脅かすような存在の私が誰かを救うなんてそんな立派なこと、出来やしなかったんだ。
「……もう、全部忘れてしまえばいいのに」
どうせ記憶が変わっていくなら、全部忘れてしまえば楽だった。記憶が無くなれば、私は私では無くなる。
人の個性とは記憶だ。それが消えれば、私ではない別の私がただの女の子として生きていただろう。
いっそ、今からでもそうなってくれればーー。
「また逃げるのかよ」
誰もいない夢の中。そのハズなのに、後ろから男の人の声が聞こえて来た。




