真白
突然の出来事、しかも流れ弾にしては出来過ぎたタイミングで放たれたそれを聞いて、男達は私に伸ばしていた手を離して、下げていた銃を手に取る。
「野朗、何処から撃って来やがった!!」
「ただの流れ弾か?」
「抜け出したのは俺たちだけだ。まだあっちでドンパチやってるだろ」
すぐに構えた男たちは少々不恰好ながらも銃の扱いを理解しており、扱える程度の知識と訓練は積んであるように見える。
やはり、ただの発砲事件では無さそうだ。あれだけあちらで銃声が聞こえるのだから、当たり前なんだけど出来れば冗談で済んで欲しかった。
悲観と事実確認もほどほどに、意識が他所へと向いた隙に少しでも彼らから離れるとしよう。
「ガキ!!テメェ動くんじゃねぇ!!撃ち殺ーー」
身体を小さく丸めながら起き上がり、足早にその場から去ろうとした私に気が付いた1人がこちらに銃口を向けようとした瞬間に再び数発の銃弾が地面を削る。
驚きのけぞった男は背後にいた2人にぶつかり、全員が体勢を崩す。
その間にもう一度駆け出した私は物陰に隠れ、その場から離れて行く。
男達は追い掛けようとしたようだけど、三度飛んで来た銃弾に阻まれ、道路の真ん中で銃弾が飛んで来たと思われる私が向かった方向へと銃口を向けているが、何処にいるのかまでは分からないようだった。
「……ふぅ」
ひとまず、窮地を脱したところで大きく息を吐く。捕まる覚悟はしていたけれど、実際それを目の前にすると血の気は引くものだ。
バクバクと大きく鳴る心臓の鼓動と上がった息が収まるまでは少しだけ此処で身を潜めるのが良いだろう。
「全く、相変わらず無茶をするね君は。見つけた時は肝が冷えたよ」
「ひゃわっ?!り、リー!!いるならいると言ってよ!!」
「油断してると年相応だね」
私が身を隠した塀の影、その向こうにある森の中からジーパンとシャツ姿でいきなり出て来た同じ『果ての無い医師団』に所属するリーに、私は猛抗議する。
びっくりして変な声出ちゃったじゃない。笑ってないで謝ってほしい。
「そうやって冗談言えるなら良いけど、兎にも角にもさっきみたいな捨て身の行為は褒められたモノじゃないな。後で君のお父さんと看護長には報告しておくから、こってり絞られるといい」
「げっ」
くつくつと笑うリーは、私にそう言ってから額を小突いて来る。
この話をされたら、お父さんからは小言を1時間、看護長には2時間はお説教されるに違いない。
そのあとは話を聞き付けた同僚一人一人に怒られるのだ。勘弁してほしい。
「怒られる事をする君が悪いね。さ、無駄話はこの辺にしてこの島をすぐに離れるよ。元軍人とは言え、トムの時間稼ぎにも限界がある」
「島を?!」
リーはお喋りもほどほどに切り上げて、この場ではなく、この島を離れると言い出した。
この島から離れると言うことは、この島の医療行為を放棄すると言う事だ。
これだけの騒ぎ、大多数の怪我人が出るハズ。その怪我人を治療するべきだろう。
「ダメだよ。この島を含めたこの国自体で反政府を掲げた大きな暴動が起きてる。僕らだけじゃ対応し切れないし、残ってたら人質にされる可能性もある。特に若い女性は酷い目に合うだろう。言っている事は分かるよね?」
「ーーっ!!」
言っている事は理解が出来る。これは秩序と規則で縛られた軍同士の戦いじゃない。
国と国の戦いなら、捕虜はある程度の身の安全が保証される。
戦争は後ろ暗い事も確かに多いけど、多くの人が思っている以上に規律に厳しい。
そうでなければただの虐殺集団に成り下がるからだ。上が規律と人道を重んじる人であればあるほど、捕虜の扱いというのは丁重なものになる。
しかし、これは国同士の戦争ではなく、軍人の蜂起でもない。武器を持った一般人が暴力を振り翳し、国と民衆に襲い掛かっている。
国内、或いは民族間の紛争だと思う。そうなれば上は下を縛らない。
自分思想や違う民族を駆逐するのが目的の一つだから、暴力を振るい、武器を向け、蹂躙する事こそが今の彼らにとって正しい行いなのだ。
そういった場所にいる他国の人間がどのように扱われるかは、とても簡単な結末だ。
嬲られるか、人質として国家に身代金などを要求するか、基本はこの2択。
婦女ともなれば、その尊厳は徹底的に破壊されるだろう。
今、この場はそうなりつつある。『果ての無い医師団』という看板に一切の効力が無くなる。
そこは今武器を持ってる彼らにとっては敵のいる場所だから。
つまり、私達は逃げるしか無かった。まだ戦火が診療所に届いていない今のうちに逃げるのが、医者として多くの命をこれからも救う為に必要な事だった。




