真白
一目で夢だと分かった。諸星のお屋敷に来たばかりの頃にも同じ夢を見たと思う。
1つは、私自身の灰色の学生時代の頃の夢。正直に言うと、これはもう殆ど覚えていないというか断片的にノイズが掛かったようなモノしか見れない。
それもそうだ。本来の私だったという、26歳男性の学生の記憶は私が私に変化してしまった事でその大半が消えてしまっているみたいだから。
私が私を女の子だと自覚したうえでの学生時代の記憶は、小学生卒業くらいまでしかない。
中学時代は父と一緒に『果ての無い医師団』で医療活動に従事していた。だから、私が自覚している医療の知識と経験は現場での実践に基づいている、と思っている。
とは言うものの、たかだか3年程度の現場経験で手に入れられる知識と経験以上のモノが私の中には詰まっている。
この医療に関する不自然な膨大な知識量と経験値くらいが、本来の私を私が認識するための手立てだ。
だから、この一つ目の夢はもう殆ど意味を為さないんだろう。いずれ、消えて無くなってしまうのかも知れない。
2つ目は、前にお屋敷で見た夢だ。父が母を見殺しにした夢。在りし日の私が父に向けた怒りと怨嗟、そしていなくなってしまった母への痛哭。
でもそれは間違っていた。母は私が生まれたことでその寿命を大きく削り、父は魔力という当時では未知のモノが手に入れられないがために愛したであろう母をただ弱っていくことしか見られなかった。
医師として、屈辱だっただろう。夫として妻である母の命を奪った私の事を憎んだに違いない。
そんなことも知らずに、のうのうと生きていた私が父に殴りかかり、何故助けなかったなどとよくも言えたものだ。そして、父はそれをよく耐えたと思う。
私だったら殴り返していた。お前のせいで死んだのだと、その場で伝えていたに違いない。
結局父は私が一人で生活出来るだけの能力を付けるまで面倒を見てくれていた。今思えば、父は人が良く出来ていた。
クズはどちらだったのか、真実を知った今では自分の馬鹿っぷりに呆れて笑えすらしない。
そして、最後。多分、今日の夢はこれだ。
2年前。オセアニア州での医療活動に従事していた頃に起こった、あの事件。私の心が、一度折れたあの村での話。
救うためにやって来たのに、救うはずの命を見捨てて逃げたあの時の話。
オセアニア。六大州のひとつで大洋州と称されるこの地域はオーストラリア大陸以外はどれも小さな離島や群島で構成されている。
そのため、生活の基本は海に係るものだ。オーストラリアともなれば土地は余るほどあるのだろうけど、私が今回やって来ていたのはオセアニアの中でも小さな島だ。
小さな島に数百人程度の人口があるものの、その生活はお世辞にも快適とは言い難い。
離島というのもあるし、この島を含めた国全体の人口も土地も広くない。目立った観光資源も特産品も無いとなると外国から訪れる人は変わり者の旅人か、あまりの仕事の無さに出稼ぎへと出た若い人たちくらい。
電気やガス、水道といったインフラ設備だってまだまだ乏しい。そんな島であり国であるここは医療に関してもやはり数段遅れているという他無かった。
「はーい、注射しますよ」
「うー!!」
マトモな病院らしい病院も無く、薬だってなんだって自国では生産していないので全部輸入。つまり基本的になんでも高い。安いのは野菜と魚くらいだ。
私はそんな離島に医療活動をするために、父を含めた十数人の同僚たちと共に臨時の診療所を開設していた。
国際支援の一環だ。主にワクチンの接種や、この島にいる医療従事者を志す人達や医療人への研修。医療の意地のために何が必要なのかの指導なんかも場合によっては行う。
今は子供達へのワクチン接種の際中でポリネシアンの特徴でもある日焼けした肌へと注射器の針を指していく。
子供達への注射や医療行為の補助などは私が補助することが多いのだ。見た目が子供っぽいというも大きくあるのかも知れない。
少なくとも、この島の子供達には私は受け入れられてして、良く言う事を聞いてくれていた。泣きべそをかきながら我慢をしてくれている目の前の子がいい例だ。
「はい、お終い。よく我慢出来たね」
「頑張ったから、このあと一緒に遊んで」
「良いよ。終わったら皆でね」
怖くても我慢したその女の子は目じりに浮かんだ涙を拭いながら、私とこの後遊ぶ約束を取り付ける。そのくらいならお安い御用。
海には入っちゃダメだけどね。少なくとも明日からだ。雑菌が入るかもしれないし。
綺麗な海と潮の香りをのせてやって来る海風を感じながら、私は女の子の頭を撫でて次の子を呼ぶ。
比較的のんびりとした、そんな島国特有のゆったりとした雰囲気で私達は医療活動を続けていた。




