高嶺
少しすると私達がなんとも言えない表情をしていることに気付いたらしい十三さんが、気にしなくて良いんですよと変わらず笑って答える。
「笠山の街はもう人の住める場所では無くなってしまいましたが、それでも私の故郷。こうして久々に故郷があった場所を眺められるのは昔を思い出せていい事でした」
それに、今時は珍しい事でもありませんからと言われると確かにそうではある。
この街に住んでいる人々の中にも故郷を失い、流れ着くようにしてここに生活の根を下ろした人達が沢山いる。
ある意味では当たり前過ぎて、特に皆触れもしないところなのだから、気にするのも失礼なのかも知れない。
「近く、仙台へ向かうのですかな?」
「私の怪我が直ったらだな。その時はしばらく家を空けるから頼む」
「畏まりました。私共でも準備を進めます」
今後の予定を伝えると十三さんは頭を下げて、その計画のための準備を進めてくれるようだ。
私達だけでは準備不足も考えられるしな。サバイバルの技術も必要だろう。
怪我が治るまでに覚えることも多くなりそうだ。
「故郷の近くともなると知人もいるんじゃないですか?もしあれなら、私達が代わりにお届け物なんかを運びますけど」
「いないわけではないですが、今はインターネットがありますからね。それほど困っている事は……」
「笠山の街にも寄れるかも知れない。そちらでも何かあれば赴く。多分、仙台の周りを歩く事にはなるしな」
「成る程。……でしたら少しお待ち下さい」
十三さんが宮城出身であるなら、私達が知人への挨拶や荷物を持って行くのを代行する事も可能だろう。
ありがた迷惑かも知れないが、聞いてみると笠山の街について何かあるらしい。
十三さんは一度部屋を離れ、何かを持ってくるつもりのようだ。
そして数分もしないうちに戻って来た十三さんの手には、高級そうな紫色の長い布製の入れ物に包まれた何かがあった。
「もし、可能であればで構いません。この刀を笠山の地に返してはいただけませんか?」
「刀?」
「ハイ、私の通っていた道場。その師範の方から最期に託された物です」
そうして取り出された刀は鍔もなく、真新しい木製の鞘と柄に包まれた物だった。
恐らくは保管用に拵えなどは外してあるか、刀身だけが残っているのか。
何にせよ、それは魔法具でもなく、模造刀でもない、本物の日本刀だった。
「私の通っていた道場はそれなりに由緒あるところでして、この刀はその道場を営んでいた高嶺という家の家宝として、代々受け継がれていた物だそうです」
「なんで、そんな大事な物を十三さんが?」
十三さんの苗字は確か小宅だったはずだ。親族ならともかく、師範と門下生の立場であるなら、家宝なんて言う重要な物を託すようには思えない。
要もその疑問は当然浮かんだようで、素直に十三さんに質問をしていた。
しかも、それを既に魔獣によって滅ぼされてしまった笠山の街に置いて来て欲しいと言うのだから。
「私の通っていた道場、高嶺道場というのですが、それはそれは大きな道場でした。門下生も多く、何と複数の武道、武術、武芸を指導する変わったところだったのです」
「複数の?それはまた凄いな……」
「え?何が凄いの?」
「普通の道場は、一つのモノしか教えないというか教えられないんだ。誰かを指導出来る程習熟出来るのなんて死ぬまで鍛えても精々2つ3つもあれば多いからな」
十三さんの言う通り、高嶺道場というのは変わった道場だ。
武道や武術を習うのは難しい。道場に通い、多くの練習をしてようやくまともになるからだ。
普通なら、一つの道場で一つ。例えば空手道場なら空手しか教えられないし、少林拳や剣道、ボクシングのジムだって基本的にはその種目しか教えないし、教えられない。
指導者がそれを習熟し、極めているからな。再三言うように人に指導出来るまでには時間と才能が必要だ。
師範は教師だと思えば良い。小学生レベルであれば、ある程度は教えられるかも知れないが、専門性が上がればつまり学年が上がり中学生になる頃には授業ごとに教師は変わる。
道場も同じだ。あそこは武を学ぶ専門学校ということさ。
だから複数の種目を教えるなんて凄い事だし変な事なんだよ。
「へー、成る程」
「ははは、まぁあの家は特殊と言いますか、家の方一人一人が得意な武術が違うのです。師範の父君は空手が得意でしたし、その奥様は柔術。師範のお兄さんは槍や薙刀。師範自身は剣道や剣術の達人でした」
「家族全体でそれぞれ別の武術を極めてたのか……」
「凄まじいでしょう?故にあの方々はあの日、生身で魔獣に立ち向かったのです」
それを聞いて「は?」と私達は目を丸くした。魔獣に対して、生身だと?
正気の沙汰ではない。そう感じたところで、十三さんが最期に託されたと言った意味をようやく理解した。




