Over take
ええええっと驚くボクにお父さんと田所さんは満足げに笑っています。一体どういう繋がりでそこが知り合い何ですか。しかも軽口叩くくらいには仲が良いと来ています。
渋めのおじさんな田所さんと中年太りが目立つお父さんとでは見た目的にも歴然の差があり過ぎます。
「娘にも言われてるぞ。少しはその腹の肉を落としたらどうだ」
「しょうがねぇだろ。嫁が作った美味いもんを残すわけにはいかねぁんだ」
「嫁さんに言えば減らしてくれるだろうに……」
ぐだぐだと痩せられない理由を言い訳するお父さんをジトっと睨んで、ボクは2人の接点について質問します。
だって諸星家の運転手と街工場の車両整備士、接点があるとはそこまで思えないっすよね。
ウチの工場に諸星で使うような高級車が来てた覚えはないっす。
「一応ウチのお得意さんだぞ。昔からな。ウチの工場でやらねぇだけだ」
「諸星の整備工場に出向いてもらってるからね。ウチにも整備士がいないわけじゃないんだけど腕に関してはコイツの方が圧倒的に良くてね。勉強させるのも含めて、呼びつけてんだよ」
「え、そうなんです?!」
予想を裏切ってのまさかのお得意様だった。というかなんでただの整備士のお父さんが諸星で働く人と接点があるんですかマジで。
本当によくある街の整備工場ですよ?それが天下の諸星と繋がりがあるなんて思いもしないじゃないですか。
「因みに舞ちゃんは昔だけど千草お嬢様とニアミスしてるよ。車両の中と外でだからどっちも覚えてないだろうけどね」
「えっ?!」
まさかの千草先輩とのニアミスしてた報告にもう一度驚きます。昔というくらいですから数年は前なんでしょうけど、世間って狭いっすね……。
まさかのまさかな話が続いて驚きまくるボクをよそに、お父さんと田所さんは話を進めていきます。完全に置いてけぼりです。
「驚いたと言えばレーシングドライバーだったお前が、お偉いさんの運転手なんて職業してる事を知った時だな」
「そりゃこっちのセリフだ。ウチのチームのメカニック主任が片田舎で細々と整備工場で食ってるなんて思いもしなかったよ」
がはははと声を上げて笑うお父さんと田所さん。その2人の話の内容もまた新事実です。
田所さんがプロのレーシングドライバーで、お父さんがそのメカニックを担当してたって感じの内容ですよ。
え、二人ともモータースポーツの世界でバリバリ働いてたって事ですか?!そんな話一つもしたことないですよ?!
「喋ってないからね」
「喋ってねぇからな」
「仲が良いのだけはよく分かったっす」
息ピッタリで仲が良いのはよく分かったところでそろそろ本題っす。
整備士のお父さんと、諸星の運転手を務める田所さんが昔からの知り合いなのはよく分かりました。
でも、それがわざわざ僕を引き合わせる理由は見えてこないっすね。
ぶっちゃけ田所さんには会おうと思えば会えますしね。お父さんがこのスポーツカーをわざわざ持ち出した理由もわからないですし、しかも倉庫街でですよ?諸星のお屋敷に行けば一発じゃないですか。
「そうだな、いい加減本題に入るか。田所、頼むわ」
「了解。お前の頼みとくれば、錆びついた腕ででも最高の走りをして見せよう」
「言ってろ。錆びついちゃいねぇだろお前は」
その疑問に答えるように、お父さんは車から降りて田所さんが代わりに運転席に座ります。
流石は元レーシングドライバー。運転席に座った瞬間に顔つきが変わった気がします。
ん?運転手が変わった、という事はこれはつまり……?と何をするのか気付いたところで、運転席を降り、田所さんと入れ替わったお父さんがコンコンとボクが座る助手席側の窓ガラスと叩きます。
窓を開けろって事だと思うので、ボクはそれに応じると真剣な顔立ちになったお父さんがそこにいました。
「舞、お前の戦い方は一応知っているつもりだ。お前の武器がスピード、そうだな?」
「ハイ」
「で、お前はそれだけじゃ足りないから福岡で修業を積んで来る。だろ?」
「ハイ」
短く返事をして、お父さんの質問に答えていきます。多くの事は話していないのに、的を射ているのは、流石はお父さんと賞賛すべきなんすかね?
流石に空気を読んで茶化さないっすけど。きっと、これがお父さんが言ってた、お父さんなりの意図だから。
「それはそれで正解だ。間違ってない。だが、何処まで行ってもお前の最大の武器はスピードになる。だからこそ、父さんがお前に体験させられる最速を、お前に見せる」
「最速、ですか?」
「あぁ、お前の横に座るその男は、車を走らせたら世界最速の一人だ。約束する。そしてこの車は世界で一番を取ったこともある日本のスーパーカー」
世界でもトップクラスのドライバーと、世界で一番になったこともある車。それが示すのは、今私が乗る車は、世界で一番早く走れる車だってこと。
それが何をもたらしてくれるのかは、きっと誰も知らない。お父さんもきっと明確な何かがあって見せるわけでもないし、きっとボクの全速力よりこの車は遅い。
でも、何か価値を感じるっす。世界一の速さ。それは技術の粋が集まった究極のパフォーマンス。ボクはまだそれを知らない。そこに至っていない
「スピードでてっぺんを目指せ、舞。お前の才能ならそれが出来る。そのために、世界の頂点に行った男と車の最速をお前に見せる」
話は終わりだ、とお父さんは車から離れてボクは窓を閉めます。世界で一番になるために、世界で一番になった人の速さを体験する。
そのレア過ぎる経験をすることに少し緊張します。
「じゃあ、行くよ」
運転席から聞こえて来た一言と一緒に、ボクは今まで見たことの無い世界へ一瞬で連れていかれました。
何度も見て来た、一瞬で過ぎ去っていく景色。同じどころかボクが出せるトップスピードより遅いはずなのに、多分それは僕より速かったっす。




