侵攻
「分かった」
私の答えは是。彼がこれから何をするつもりなのかは分からない。何をしたいのかもわからない。
シャドウは敵だ。【ノーブル】の一員であり、幾度となく戦いを繰り広げて来た強敵。そんな人間の言葉を信じるなんて言語道断なのだろう。
少なくとも世間一般で言う正義の味方、と呼ばれる存在がすることでは無いと思う。
世の中に喜ばれる正義の味方とは勧善懲悪。善い事を為し、悪者を懲らしめる。これが理想とされる正義の味方。魔法少女像だと思う。
ただ、私は残念ながらそこまで良い子ちゃんではない。自らの正義とやらの障害になるのなら、きっと私はそう言う人間だ。
たまたま私の正義が人を救うことであり、その方法が医療や魔法少女としての活動だっただけ。法と倫理観の内に収まり切れる正義なだけだ。
これがもし、少しでもズレていたのならきっと私は悪者だ。
多くの人達は善悪を隔てるギリギリのラインの上を歩いているのだ。
同じ器に同じ水を注いで、飲み方や作法が違う。善悪とはその程度の違いだと思う。
「良いのか?あれだけ散々拒否しておいて、手のひらを反すなんて」
「もし変な事をしたのなら次こそ許さないだけよ」
だからこそ、信じてみたくなった。悪についているシャドウという人間を。
彼が何を思って、守りたいと言ったのかを。
同じ人間でも次の日には良い人が犯罪者になる事なんてよくある話だ。少なくとも、今まで敵として戦いを続ける中で、彼は決して嘘つきではないのは何となく分かっている。
はぐらかすことはあっても、こちらに偽の情報を語ることは無かった。答えられる質問には必ず答えた。
そんな人間が発した守りたいという言葉を、敵として、信じてみたい。
「行きなさい。私の気が変わらないうちに。守りたいものがあるんでしょ」
「お互いにな。だが、手ぶらというのも貴様も体面が悪いだろう。土産だ、一つ情報をくれてやる」
取引は成立、といったところだろう。シャドウがこの場を去るのを見届けようとした私は、また唐突に、きっと思い付きで行動し始める彼にさっさと行けばいいのにと肩を竦めて、息を吞んだ。
「これが俺の顔だ。よく覚えておけよ。ひょっこりその辺で会うかもわからん」
「……え?」
パサリといつものフードを取り払ったその顔は、ついこの間初めて会ったばかりの『赤い髪と青灰色の目』をした男の子で。
驚きで固まる私を放置して、シャドウは再びフードを目深に被り、その表情一つ伺えない状態にすると、じゃあなと一声かけてからその場から離れて行ってしまう。
「……あ?!ちょっと、待って?!エイさ――、行っちゃった」
完全に遅れた私の制止の声は届いたのかは露知れず。あまりにも突然過ぎる情報に頭がこんがらがってしまう。
え、エイさんがシャドウ?つまり、【ノーブル】の構成員?じゃあもしかして愛菜さんも?
いやでもそんな不自然なところというか、私達を探るようなことはしてなかったし、え?どういうことなの?
頭を抱えて蹲りそうになる私を、地面を揺るがし、空気を震わせる咆哮が待ったをかける。
そんなことを考えるのは後だ。それこそ次にシャドウかエイさんに会った時にでもとっちめればいい話。
今はお互い、守らなきゃいけないものを守りに行く時。
視線を向ければ、明らかな激戦を伺わせる魔法の応酬が遠目からでも見える。
現れる度に一帯の空気が揺らめいて見えるあの黒紫の炎は、ここからでも嫌な魔力で膨大な熱量を孕んでいることを感じる程。
パッシオを送って尚、五分五分。下手をすると押されているのだろう。
本来なら番長がやって来ているところなんだろうけど、番長は多分市街地の方の対処に向かったはず。
とにかく人手が足りていない。
「急がないと……!!」
私の遅い足でどれだけ早く向かえるか。こういう時に自分の身体スペックの低さを恨む。
仕方ない、とロゼの変身を解き、いつもの真っ白な姿になった私は跳びあがった先に作った障壁をトランポリンのように弾ませて空中に躍り出た私は、ちいさなグライダーのような障壁を作ってそれに捕まる。
足で移動するより、滑空した方が状況も確認出来て速さも出る。発想力さえあれば、何でもできるのが障壁魔法の良いところよね。




