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アリスとお兄ちゃんとシリーズ  作者: ピシコ
アリスとお兄ちゃんと文化祭症候群
40/41

17.もとどおり

少し時間をさかのぼって、時刻は午後五時過ぎ。

アリスと真衣の二人が、家庭科室に向かった後……。



「今日はお疲れ」

僕は隣で一緒に歩いている夏美に話しかける。

「お疲れ様」

夏美は微笑みながらそう返してくれた。

僕たちは、クラスのみんなが帰った後、生徒会室で行われた各クラスの代表が集まる会議に出席していた。

まぁ、会議と言っても、明日の一般公開日に関する最終確認ぐらいで、20分ほどだったんだけどね。

「それにしても、今日の調子なら、学年最優秀賞も狙えるんじゃないかな? そう思わないか?」

「うん。取れちゃうかもね。最優秀賞」

いつも通りの笑顔でそう言ってくれた。

そう。いつも通り。

いつも通りの笑顔に、彼女は戻った。

その笑顔は、とっても柔らかくて、幸せな気持ちにしてくれる。

僕は、その笑顔をずっと僕に向けて欲しくて、そして、その先が知りたくて、副委員長になったし、文化祭の準備も頑張った。

でも……。

今、僕の心の中に渦巻くこの感情は……。

僕と夏美は恋人じゃない。でもきっと友達で、それも結構いい線いってる友達なんだ。

会話が拒まれることもない。隣にいて嫌じゃない。一緒にして楽しい。

そんな感じの友達。

良い感じの友達だ。しかも男と女だ。羨ましいだろう?

良いじゃないか。今のままでも……。

「あれ……?」

階段を下って、二階の踊り場に出た時、夏美がふいに声を上げた。

「どうした?」

「今……蝉郎さんが居たような」

「え?」

夏美は、駆け足で階段を降りる。

「あ、ちょっと!」

慌てて追いかけると、確かに蝉郎さんがそこにはいた。

校長室の前で。

「蝉郎さん……」

「夏美ちゃん……久しぶりだね?」

「……」

後ろから付いてきた僕の視線と、蝉郎さんの視線がぶつかる。

蝉郎さんの顔は、一言ではとても言い表せないほど、複雑な表情だった。

「蝉郎さん、私……蝉郎さんに話したいことが……」

「夏美ちゃん……僕も、君に話したいことがあるんだけど……その、タイミングが悪い」

「場所を変えますか?」

「いや、僕じゃなくて……」

蝉郎さんの言葉を遮るように、校長室のドアがギギギ……と開いた。

「……」

その場にいた、全員が固まった気がした(少なくとも僕はカチンコチンだった)。

「……お父さん……」

「……夏美」

校長室から出てきたのは、夏美の父である海斗さんだったからだ。

最初に動いたのは夏美だった。

夏美はその場から猛ダッシュで走り出した。

そんな彼女に対し僕は衝動的に

「待て!」

と叫んでいた。

なんでそんな事言ったのか分からない。でも叫んでいた。

そして、夏美は立ち止まってしまった。

「……私の言うことは聞かないのに、君の言葉は、聞くんだね」

海斗さんは、僕をじっと見つめた。どこか悲しそうに見える瞳だった。

「……夏美!」

僕は俯いて動かない夏美に近寄る。

「話そう。全部」

「……」

夏美は応えない。

「お前は今、ここでお父さんと話すんだ。全部を」

「全部……」

「聞いたんだろ。俺とアリスが話していたことを」

「……どうしたらいいの?」

虚ろ眼の夏美が、僕を睨んだ。

「教えてよ……どうして私は、君の言葉で足を止めたの……?」

「夏美……」

夏美は、僕の両腕をぎゅっとつかんだ。

「どうして、君は……」

夏美はそのまま僕の体に抱き着く様にして泣き崩れた。

僕よりも20cm以上背が高い夏美が、とても小さく見えた。

守ってあげたいと、強く思った。

「亮太君」

声をかけたのは蝉郎さんだった。

「一度、場所を変えよう。僕の事務所とかどうかな。ここだとまだ他の生徒とかいそうだからね」

「……はい」

「夏美ちゃんも、良いよね?」

夏美は、小さく、ほんの小さく、頷いた。

「よし、それなら行こう。車が停めてあるから」

「……夏美、立てるか?」

僕がそう言うと、夏美は僕の手をしっかりと握った。

「……」

起こしてくれってことなのかな……。

力を入れると、夏美はゆっくりと立ち上がった。

「……」

そしてそのまま、僕の手を放さなかった。


蝉郎さんの車に乗っているときも。

車を降りて、蝉郎さんの事務所に行くときも。


夏美はずっと僕の手を握っていた。

すっかり汗ばんでいたのに、夏美は強く、強く握り占める。

夏美と手をつないだことなんてなかったのに、僕は全然ドキドキしなかった。



相変わらず埃っぽい事務所だと思う。

正確には倉庫何だっけ……まぁ、今はいい。

「さて、何から話せば良いんだろうね」

蝉郎さんは、ぎこちない笑顔を浮かべる。

僕の隣にいる夏美は、相変わらず僕の手を放さないでいる。

「……うん。まず僕は、夏美ちゃんに謝らないといけない」

蝉郎さんは、深く腰を曲げる。

「ごめん。今まで嘘を付いていて」

「蝉郎さん……」

「僕は、弱っていた君の心に付け込んだ。君とお父さんが上手くいかない原因は、僕にある」

「……蝉郎さん……そんなことない……頭を上げてください……」

「……」

蝉郎さんは、頭を上げない。

「頼む。もう上げてくれ蝉郎」

海斗さんは、悲痛な声を上げた。

「お前に罪はない。娘と面と向かい合わなかった私が悪いんだ」

海斗さんがそう言うと

「そうよ……どうして……どうして!? どうしてお父さんは私の方を向いてくれなかったの!?」

夏美は、ついに僕の手を離した。

「ねぇ、蝉郎さんとお父さんは同じ警察で、しかも友達なんでしょう? 私が蝉郎さんにたくさんお世話になったことも知っていたんでしょう? 私が蝉郎さんに何度、本当のお父さんになってほしいって言ったと思うの? ねぇ! 答えてよ!」

「……蝉郎は、お前が来るたびに、お前の様子を私に話してくれた」

「なら……なら、なんで蝉郎さんに、こんな悲しいことをさせ続けたの!? 蝉郎さんの気持ちを考えたことはないの!?」

激昂する夏美をいさめるように蝉郎さんは

「夏美ちゃん、僕はね、決して悲しいなんて思ったことはないんだよ?」

「嘘」

夏美は切り捨てる。

「だったら、どうして私を本当の娘にしてくれなかったの?」

「そんなこと……」

「無理よ。出来るわけないのは分かる。だったら、どうしてこんな関係を続けたの……」

夏美はその場にへたり込む。

「……夏美ちゃん、僕はね、君と一緒にいるとき、とっても楽しかった。これは本当」

蝉郎さんは続ける。

「そして、君と過ごしている日々は、どこか夢、幻のような、そして優しい時間だった」

蝉郎さんが以前話してた。夏美との日々は嘘だらけの優しい時間だったって。

「背が伸びて、髪が伸びて、どんどん大人になっていく君を見続けていく中で、僕は、現実と夢の区別がつかなくなっていったのかもしれないな……」

そう言う蝉郎さんの表情は、いつもより老けて見えた。

「夏美ちゃん。君は僕と一緒に長い間夢を見ていたんだ。でももう、覚めないといけない」

夏美の視線が海斗さんに向く。

「夏美……」

「……」

二人は動かない。

沈黙が続く。

音が耳に入ってこない。

雑音がしない。

なのに、頭には言葉が踊り狂っている。

「夏美、もう、分かっているんだろう?」

僕は、ずっと言いたかった言葉をやっと言えた。

「もう、お父さんの事を許しているんだろう?」

夏美はこっちを向いた。

青黒い表情をしていた。

「蝉郎さんが言ってた。時間が解決してくれなかったって。でも本当にそうなのか?」

僕は夏美の手を握った。

「夏美は、俺より頭が良くて、物事をしっかりと考えられる人だって俺は知ってる。子供のころは不条理に感じることも、受け入れられる大人になりつつある。そうだろ?」

夏美の瞳には涙が浮かんでいた。

「お前が一番嫌いなのは、警察でも、お父さんでもない」

そう。夏美が一番嫌いなのはきっと

「行動に移せない自分自身……なんじゃないのか?」

「……っ!」

今なら理解できる。初めて告白したときに夏美が言った言葉。


「……私は……君が思ってるほど、いい女の子じゃないよ」


夏美は、自分自身が嫌いだったんだ。

「自分自身を許そうよ。夏美。一言、お父さんに自分の本心を言えばいいんだ」

「……」

夏美は、ゆっくりと立ち上がって、海斗さんと向き合った。

「……お父さん……私は……」

夏美は言葉に詰まる。

そんな様子をみて海斗さんは

「もういいんだ」

優しく夏美を抱きしめた。

「いままで済まなかった……夏美」

「……お父さん……」

そのまま夏美は、今までの溜め込んだ思いを吐き出すように、泣き続けた。



すっかり日は落ちて午後7時頃。

僕は、蝉郎さんの車で家まで送ってもらっていた。

あの後、夏美は蝉郎さんと海斗さんと昔話をしていた。

主な話は、夏美のお母さんの事。

夏美は、お母さんが死んでから、お母さんのことを話したことがなかったようで、思い出を共有できる、二人と懐かしみながら話していた。

夏美は、とても楽しそうだった。

本当に……楽しそうだった。

日が落ちてきて、海斗さんから外食に誘われたけど、今日ぐらいは、親子水入らずでってことで、僕と蝉郎さんは断った。

今頃、どこかで二人仲良く夕食を食べているだろう。

「亮太君には、本当にお世話になっちゃったな」

運転中の蝉郎さんがふと呟いた。

「いや、そんなことは……」

「謙遜しないでおくれよ。君は、夏美ちゃんの……、いや、僕や海斗たち三人の救世主だよ」

「そんな……」

「本当に感謝してる。素晴らしいよ、君の行動力、そして推理力は」

「俺一人では無理でした」

そう、俺一人では……アリスと、お兄さんには感謝だ。

「それで、結局どうするんだい」

「え?」

「夏美ちゃんに、思いを伝えないのかい?」

「……今じゃなくても良いと思って……」

「そうかい? 正直、夏美ちゃんはもう、君に惚れているように見えるけど」

「……たとえそうだとしても、今は、お父さんとの時間を増やしてあげたいですし」

「……最終的に、どうするかは君自身だから、僕はとやかく言わないけど、後悔だけはしないようにね」

「はい。分かってます。明日も文化祭はありますし」

「僕も海斗も、明日は文化祭行くからね」

「……警備で、ですよね?」

「休憩中は、文化祭を満喫しようと思ってるよ」

蝉郎さんは、そう言って子供っぽく笑った。

「明日も文化祭か……」

思わずため息をついてしまう。

今日一日で、大分疲労困憊気味だ。

でも、心の中は大分すっきりした。

「よし!」

僕は頬をパンッと叩く。

早く寝て、明日に備えよう! 

願わくば明日は何も起きないように……。

続きます

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