16.エイジレス・スマイル
夕闇に沈む校舎を背に、私と真衣、そして渡辺さんの三人は、校門の前に立っていた。
鼻先に、ポタッっと雫が落ちた。
雨が降り始めたんだ。
「ね、ねぇアリスちゃん……本当に……本当にいいのぉ?」
渡辺さんは、申し訳なさそうに言った。
渡辺さんは、白いドレスと裁縫道具を抱えている。
「もう、何度も言ってるでしょ? 着たこともない服だからって。私は、ちゃんとそのドレスに生地が合うのかが心配よ……って、あの車うちのだわ!」
青色の軽自動車が校門前の道路に停まる。
「さ、乗って二人とも」
私は、後部座席のドアを開けながら二人に言う。
「お邪魔しまーす」
「お、おねがいしまぁす」
私は助手席に座る。
「あらあら、うちの娘がいつもお世話になっております」
お母さんが、いつもより1オクターブ高い声で言った。
「はい。いつもお世話してますわ」
「ちょっと! どういう意味よ!」
「言葉通りですわ」
真衣がオホホホホって聞いたこともない笑い方をした。
「あなたが真衣ちゃんね? いつもアリスちゃんから話は聞いてるわ。本当に美人さんなのねぇ~。アリスちゃんと同い年には見えないわ」
「残念ですが、同い年ですわ」
「最近の子は成長が早いのねぇ……それであなたは、渡辺さんね? あなたも良くアリスちゃんの話題に出るわ~」
渡辺さんは、少しだけ気まずそうに微笑を浮かべる。
「それじゃあまずは、どちらのお家に行けばいいのかな?」
「ううん。お母さん、まずはうちに行くの」
「どうして?」
「えっと……簡単に言うと、渡辺さんが作ったドレスが汚れちゃったから、その代わりの布が必要なの」
「うん」
「それで……お父さんに買って貰ったドレスをね……使おうと思って」
「ドレスって、あのドレス?」
「……うん」
「あなた、まだ一度も着てないのに?」
「私には……まだ大きいから。あのドレスは。それだったら友達のために使いたいの」
「……ごめんね、ちょっと見せて」
お母さんは、振りむいて、渡辺さんのドレスを手に取った。
じっとそれを見つめた後、
「お父さんに、ちゃんと言うのよ」
と言った。
「……うん。ありがと……お母さん」
車の窓に、雨音が響く。どうやら本降りになってきたみたい。
「さて、早く家に行きましょうか。押し入れから引っ張り出さないといけないからね」
アクセルを踏み込んで、車が走り出す。
私は、雨粒が流れ落ちていく窓を見ながら、あの時の事を思い出していた。
幼いころの私は、甘えん坊だった。いや、今もそうなのかもしれないけど、気に入らないことがあると、泣いてべそをかく子供だった。
そんな私に対して、お父さんはいつも優しかった。
私は、お父さんに怒られた記憶がない。
思い出のお父さんはいつも笑顔だ。
あの時もそうだった。
家族四人で買い物に出かけた時、お店にあった、真っ白なパーティドレス。
私はこのドレスが欲しかった。
童話のお姫様が着ているようなドレスが欲しかった。
だからお父さんに言った。優しいお父さんに言ったの。
「あれがほしい」
って。
どう考えても当時の私、いや、今の私でも大きいサイズのこのドレスを私はねだった。
子供の戯言よね。
お母さんが、大きくなったらね、って言うけど、私はいつものように駄々をこねた。
この時の私は、好きなお菓子よりも、テディベアよりも、このドレスが欲しかったから。
しばらく泣き続けていると、肩を優しく叩かれた。
そこには、ドレスを手に持ったお父さんがいた。
お父さんは、
「アリスが大きくなった時に、この服が売り切れてたら、また泣いてしまうから」
と言った。
「だから早く大きくなって、ドレス姿を見せてくれ。アリス」
お父さんはいつも笑顔だった。
「アリスちゃん……本当にいいのね?」
「もう、何度も言わせないでよ。良いってば」
私の家に着いた後、押し入れの中から、段ボールに仕舞われていたドレスをなんとか見つけたの。
ドレスは綺麗なままだったわ(着たことないんだから当たり前ね)。
偶然にも、渡辺さんのドレスと、お父さんに買ってもらったドレスは似たような生地だったから、なんとか代わりに使えるみたい。
「本当に……ありがとうアリスちゃぁん……」
渡辺さんは涙ぐんでいる。
「ちょっと、泣くのはまだ早いわよ。明日までに修繕しなきゃなんだから、時間がないわ」
「そ、そうだねぇ。頑張らないと」
「言っておくけど、私とアリスは裁縫ド下手だから、応援しかできないわ」
真衣は、自信満々に言う。
「……う、うん。それだけでもうれしいよぉ?」
「大丈夫よ。なべ子ちゃん。アリスちゃんの代わりに、おばさんが手伝うからね」
お母さんは、いつの間にか裁縫セットを用意していた(あとなべ子って呼んでるわ)。
「それじゃあなべ子ちゃん、あっちの和室で作業しましょう」
「はい」
なんだかお母さん楽しそう……。久々に若いこと話せて楽しいのかな。
「なんとかなりそうね」
真衣は、大きくため息をついた。
「お茶でも飲む?」
「そうね……でもその前にアリス。あなたお父様に挨拶しなくていいの?」
「……そうだね。ちょっと待ってて」
「はーい」
真衣はそう言って微笑んだ。
仏壇に飾られた写真は、今も昔も同じ笑顔だ。
「ねぇ、お父さん。お父さんが買ってくれたあのドレス、私着れなかった。ごめんね」
ぽつぽつと、意識に関係なく、口から言葉が出てくる。
「でも友達のためなの。そう言ったらお父さんは許してくれるかな……それよりも、私が、お父さんとの思い出を忘れてたことに怒るかな。でもお父さんの怒ってるところ、見たことないの」
お父さん……。
「……真衣?」
気配に気づいて振り向くと、真衣が立っていた。
「喉渇いちゃった」
「……勝手に飲めばいいのに」
「人様の家で、そんなことできないわ。ねぇ、キリスト教も仏壇を飾るの?」
「うちは仏教よ」
「そうなの?」
「お父さんは、郷に入っては郷に従えって言葉をよく言ってたわ。それに仏壇って仏教以外で使わないでしょ」
「それもそうね」
真衣は、仏壇の前で静かに手を合わせてくれた。
「一つ聞きたいことがあるの」
「何よ?」
「あなたの持ってたドレスと、なべ子のドレスの生地が似ている事をアリスは知ってたの?」
「ううん。全然。偶然よ」
私がそう言うと、真衣は苦笑した。
「もしかして、直感?」
「そんな感じ」
真衣は吹き出した。そんなに面白いかな……。
「アリスの直感に感謝ね……」
「ねぇ、真衣、私も聞きたいことがあるの」
「何?」
「どうして、あんなに怒ったの?」
「……」
気になる。真衣があんなに怒ってるところ見たことなかったから。
「アリス、私はね、あなたのこと本当に好きよ」
「えっ、なによいきなり……」
真衣の宇宙の様に黒い瞳が、しっかりと私を睨みつけている。
「友達としてね、本当に好き。私って性格悪いから、あまり友達出来ないし」
よく分かってるじゃない。自分の事。
「だから、出来た友達に、すっごく依存するの。だからねアリス。私はきっと、この先死ぬまであなたのことを忘れることはないわ」
「う、うん……それはどうも……」
「……」
「……」
「ねぇ、冷蔵庫にお茶入ってる?」
「え、多分入ってるけど」
「貰うわね」
そう言って、真衣はキッチンへと向かって行ってしまった。
どういう意味で言ったの……真衣……?
つづきます




