15.汚れたドレス
体育館に出来た小さなステージに、一人の少女が、いや、マジシャンが現れた。
客席は、盛り上がらない。それもそのはず。彼女は別に、有名人でも何でもないただの一生徒だからだ。
しかしマジシャンは笑顔だ。笑顔を絶やさない。
アシスタントから、赤い風船を受け取ると、懐から拳銃を取り出し、風船に銃口を向ける。
パァーンと破裂音がした瞬間、赤い風船は、白い風船へと変わっていた。
続けて銃を連射するが、次に次に風船の色が変わっていく。
客席から、歓声が響き渡った。
「……もう始まってたんですね」
「……小山内の兄か」
「浦頭先生、こんな後ろじゃなくて、前で見ないんですか?」
「別にいい。ここからでも見えるからな」
「そうですか」
「君は、今回のショ―のトリックは全て知っているのか?」
「いえ……結局あまり協力できなかったので、ほとんど初見です」
「そうか。それはよかったな」
「……そうですね」
続いてマジシャンは、アシスタントから、千円札を受け取ると、それを一枚のハンカチへと包む。
包んだハンカチをもう一度開くと、千円札が一万円札へと変わっていた。
喜んだアシスタントは、今度は、千円札を二枚マジシャンに渡す。そしてそれをハンカチへと包んで、それを開くと、今度は、ハンカチには一万円札はおろか、千円札すら無くなっていた。
「今のトリック。分かるかい?」
「モノをどこかから出すマジックは、いくらでも裏で仕込めます。難しいのは、何かを消すことです」
小山内は、さも当たり前のように話し続ける。
「そして、何かを消すトリックで簡単なのは、なかったものを消すことです」
「君と一緒に、マジックショーに行きたくはないな」
「……それは、お互い様でしょう?」
「……」
「浦頭先生、一つ、聞きたいことがあります」
「……言ってごらん」
体育館に、歓声と拍手の音が鳴り響く。
時刻はもうすぐ午後五時になるころ。外はまだ明るいけど、廊下の窓から微かにオレンジの光が差し込んでいる。
文化祭は午後五時まで。あんなに騒がしかった校内も今は静かだ。
どこのクラスも明日に向けて色々確認とか準備とかしてるんだろう。
え、マジックショーはどうだったのだって?
もちろん大成功だったわよ。拍手喝采でね。
まぁ、真衣は「今日は練習みたいなものだからね。明日が本番だから」
って言ってたけど、無事に終わってちょっとホッとしてるみたいだった。
ショーが終わった後、浦頭先生と真衣は話したかったみたいだけど、先生はどこかに行っちゃったみたいだった。薄情ね。
そのまま私と真衣は、まだ見てない出し物を見て回って、終わりの時間が近づいてきたから、お化け屋敷の前に戻って来たって感じ。
クラスのみんなも、お化け屋敷の前に集まってきた。
みんな、楽しそうな顔をしてる……気がする。
なんか、あっという間の一日だったな……。
「……うーん?」
隣にいた真衣がキョロキョロとあたりを見渡す。
「どうしたの?」
「いや、なべ子の奴、どこ行ったんだろうって。まだ終わってないのかな部活の出し物」
「渡辺さん?」
私も、当たりを見渡すけど、渡辺さんの姿は見えなかった。
「家庭科部、かなり混んでたし、まだ並んでたりしてね」
「うーん。そうかなぁ」
真衣はどこか心配そうだった。
マジックショーの時の堂々とした態度とは別人のように。
「あとで、家庭科部覗きに行こ?」
「うん……そうね。なんか嫌な予感がするのよね」
「なによそれ」
「長い付き合いだから……なんとなくそんな気がするのよ」
真衣の顔は、冗談を言ってる顔には見えなかった。
「おーし、みんな揃ってるか? そろそろ明日の連絡始めるぞ!」
そのまま亮太と夏美から、明日の連絡を聞いて、その場は解散となった。
「行きましょ、アリス。家庭科室へ」
「うん」
早歩きで進む真衣を追うように、私たちは家庭科室へと向かった。
家庭科室前の廊下には、人通りはなかった。
相変わらず甘ったるいパンの匂いは立ち込めてたけどね。
家庭科室のドアは閉じていた。
なんか開けづらいなって、私が思ったのも束の間、真衣は勢いよくそのドアを開けた。
中にいた生徒たちの視線が一斉にこっちに突き刺さる。
「……もう、五時は過ぎたけど、なにをやってるんですか?」
真衣の声は、疑惑に満ちていた。
それもそのはず。室内には、一人の女生徒の泣き声が延々と響き渡っていたから。
「真衣ちゃん……?」
泣き崩れる女生徒の前にいた渡辺さんが、真衣の声に気づいて顔を向けた。
「なべ子。もう五時よ。クラスのみんなはもう帰っちゃったわ」
真衣は、渡辺さんに近寄る。
「あぁ……うん……ごめんねぇ。気付かなかったの」
「……ねぇ、この服。なべ子が作った服よね?」
「う、うん」
「どうしてこんなに汚れてるの? これはペンキ? なんで?」
「えっと……それはねぇ?」
「私のせいなのよ!」
泣き崩れていた生徒が叫んだ。
「私が、汚してしまったの! 私のせいなのよ! 私の不注意で……」
「美佐希ちゃんだけのせいじゃないよぉ。ちゃんと管理しなかった私の……」
「違う! 違うわ……! 私のせい……私のせいなのよぉ……」
「……」
これって、いわゆる修羅場ってやつよね……。
どうやら、あの美佐希って子が、渡辺さんのドレス(私も着たドレスね)をペンキで汚しちゃったようね。
遠目でも見えるほど、広い範囲で黒いペンキが、白いドレスを汚してるのが分かる。
「いいんだよぉ美佐希ちゃん。もう泣かないでぇ? また来年があるから」
「うぅ……でもぉ……」
「ねぇ、ミサキさん。あなたのせいで、なべ子が頑張って、必死に、夏休みも学校に通って、なんとか完成させたこのドレスを! あなたが汚したのね」
「ま、真衣ちゃん……そんな言い方は……美佐希ちゃんにも手伝ってもらって完成したドレスだから……そんな風には言わないで上げて?」
渡辺さんはそう言ったけど、真衣の雰囲気は相変わらず黒いままだ。
「ならなおさら、このドレスがどんなになべ子が頑張って作ったものか知ってるのに、不注意で汚してしまったの? あなたは」
真衣は、怒ってる。凄い怒ってる。
初めてみる……真衣が怒ってるところ……。
「ねぇ、泣いてもこのドレスに付いたペンキは取れないのよ?」
「う、うるさい! あなたに何が分かるって言うのよ!」
「私は、あなたより、この子の事を知ってるわ」
「そんなことない! 部外者のあんたには関係ないでしょ! もう、ここから出て行ってよ!」
「関係ないわけない!」
真衣が一喝した。
「関係ないわけない……私と……この子が……関係ないわけないじゃない……」
「真衣ちゃん……」
「うぅ、うぅううう!」
ミサキと呼ばれた少女は、また、その場で泣き始めてしまった。
ど、どうしよう……この場を切り抜けるには、どうしたらいいの……?
神様、仏様だれか教えてよ!
無神教の私が、祈りをささげたその時、私の携帯電話から、イッツアスモールワールドが軽快に流れ始めた(私の着メロなの)。
「あっ……すいません」
私は、慌てて教室から出る。
「誰よ! こんな時に!」
携帯を開くと、お母さんからの着信だった。
「あ、もしもしアリスちゃん? もう学校は終わったの?」
いつも通りのお母さんの声に、私は怒る気もうせてしまった。
「うん……まぁ、終わったといえば終わったけど」
「なんだかこれから、雨が降りそうだから迎えに行こうと思って」
窓から空を見ると、確かに一雨降りそうだった。
「あぁ、ありがと……って、ちょっと待って……あっ!」
私は、この時、頭の中の電球が一斉に光を放ったような、そんな感覚に陥った。
「どうしたのアリスちゃん?」
「ねぇ、お母さん、ちょっと友達も一緒に乗せても良いかな?」
「お友達も? 傘忘れちゃったの? それは良いけれど」
「うん! それなら、急いで学校に来て! 時間がないの!」
「え? それってどういう……」
私は、通話を切って家庭科室の教室に戻った。
視線が突き刺さるけど、そんなの関係ない。
「あ、あのぉ!」
「……アリス?」
殺気をまとった視線を、真衣にぶつけられるけど、私はなんとか耐える。
「一つ、提案があるんだけど……」
真面目に時間が足りないです。




