10 文化祭準備日その3
沈黙はしばらく続いた。
僕は何も言えなかった。
僕はただ、真実が明らかになることで、良い方向に物事は進んでいくの思っていた。
だって、推理小説では、探偵が事件を解決し、謎を明らかにすることで物語はハッピーエンドになるじゃないか。
でも、それは空想の話なのかもしれない。
俯いた蝉郎さんを見て僕は想像した。真実を知った夏美がどんな顔をするのか。
この真実を打ち明けて、誰が幸せになるんだろう。
僕は、後悔の念で押しつぶされそうだった。
「君は……」
沈黙を破って蝉郎さんは問いかけてきた。
「夏美ちゃんが好きなんだろう?」
「……はい」
今の質問は確認のための質問なんだろうな。
「でも、一度振られている」
「……どうしてそれを」
「夏美ちゃん本人から聞いたんだ」
「そう……なんですね」
「それでもまだ君は、夏美ちゃんが好きなんだろう? また振られるのが怖くないのかい?」
……怖くないわけがない。
「……怖いです」
「君たちは今でも十分仲良しだろう? それで十分じゃないのかい?」
「……」
蝉郎さんは……夏美に自分の正体を明かしたくないんだ……。
蝉郎さんは、俺と一緒で、夏美と今の関係が崩れることが怖いんだ。
「俺は……」
「……ねぇ、亮太君。かつて僕は、今の君のように関係がこじれるのを嫌って、好きな人との関係を深めることができなかった」
かつて……? 今の蝉郎さんは違うって言うのか?
「僕の好きな人には既に思い人がいた。そしてその思い人は僕の親友だった。漫画みたいな話だよね」
そう言って蝉郎さんは笑うけど、全く楽しそうには見えなかった。
「僕は、自分の好きな人とも親友ともずっと友好な関係を保っていた。彼女を独り占めしたいと何度も思ったけど、僕は、好きな人と同じくらい、あの三人で過ごす時間が好きだったから、本当にずっと……そう、彼女が死ぬまで僕達は同じ関係だった」
蝉郎さんが言う彼女って言うのはもしかして……。
「いやぁ、長々と一人で話してごめんね。僕が君に伝えたいことはただ一つ」
蝉郎さんが人差し指を伸びる。
「やらなかった後悔は一生続く」
「……」
「後からね? あの時やっておけばとか、もしこうしておけばって考えるのってとっても辛いから」
蝉郎さんは優しい顔をしている。
「そういうもしもが積み重なっちゃうと、ずっとずっと過去に囚われて、今が考えられなくなっちゃう。何故なら、己が過去に囚われてても、時間は進むから」
「蝉郎さんも……そうだったんですか?」
「……僕はただ夢を見ていただけなんだ。手に入らない過去を求めているときに、あり得ない現在を手に入れてしまったから。そろそろ元に戻さないといけない」
「それって……どういう……」
「君は、夏美ちゃんと一緒にいたいんだろう?」
「……はい」
「今の関係じゃ満足できないんだろう?」
「……はいっ」
「なら、やることは一つだろう?」
「……でも、蝉郎さんは」
「言っただろう? 元に戻さないといけないって」
元に……。
「さぁ、そうと決まれば、まずはこの段ボールをトラックに積み込まないとね!」
そうだった……本来はそっちがメインの用事だった。
「……ありがとうございます。蝉郎さん」
「いいんだよ。だって、大人は子供に助言するために存在しているんだからね」
蝉郎さんは大声で笑う。
「だからテストの点数を聞くし、好き嫌いはするなって言うし、好きな子の事を聞いてくる」
僕は、とても納得した。
「亮太君も、大人になってしばらくすると気付くよ。大人はみんな、子供だったって、当たり前のことにね」
蝉郎さんはニカッと笑う。
大人はみんな子供だった……。
当たり前だ。小さな子供だって知っている。
なのに、そんな当たり前の言葉は、僕の心にしっかりと刻み込まれた。
古戦場が明日から始まりますね。明日も更新します。




