9 文化祭準備日その2
足を捻挫してしまいました。
午後、渡辺さんと合流した衣装グループは、渡辺さんの指揮のもと、お化け役の生徒が着る衣装を作っていた。
まぁ、衣装と言っても、あらかじめ用意しておいた無地のTシャツに血のり(これは真衣が用意したもの)で血痕っぽくしたり、たくさんの古着(これは渡辺さんが用意したの)をはさみでジョギジョギしてボロボロっぽくしたり、ほとんど工作ね。
それでもやっぱりアイデア力があるのか、渡辺さんが作るボロ衣装は私が作るのよりもどこかリアリティがあった。
その後、お絵かきグループと合流して今度は小道具を用意することになった。
それぞれ、皆が自宅から持ってきたお化け屋敷においてありそうな道具を教室で見せ合いっこした。
……多分一時間ぐらいこれでキャイキャイ遊んでたと思う。一番小道具ですごかったのは、アニメ部の早見さんが持ってきてたマネキンの首。しかも既に絵の具で怖くなるように仕上げてて、明るい時間じゃなかったら、多分ちびってたと思う。
まぁ、一番怖かったのは、そのマネキンを楽しそうに紹介する早見さんだったけどね。
それで、肝心のお化け屋敷の方はと言うと、迷路の方が半分ぐらい完成してた。
あんなにあった段ボールが、ほとんどなくなっているのは、トンネル型にして、かつ、トンネルが崩れないように段ボールで補強してるからね。
あれ、そういえば亮太の姿が見えないような……。
「ねぇ、夏美。亮太は?」
私は、小道具を制作してた夏美にたずねる。
「あぁ、亮太君なら、蝉郎さんのところに。段ボールを受け取りに行ってくれてるの」
「蝉郎さん……そう言えばそんな事言ってたわね」
「え? アリスちゃん知ってたの?」
「あ、いや、亮太の奴が、ぽろっとそんな事言ってた気がしたのよね」
危ない……実は昨日の夜に電話で相談されたなんて言えないわ。
「ねぇ夏美。蝉郎さんって探偵……だったよね?」
「ん? そうだよ。そうは見えないけどね」
夏美は微笑する。
「……うん。見えないよね」
夏美は……本当に蝉郎さんが探偵だと思っているんだ……。
亮太、本当に蝉郎さんに聞くのかな……。
見上げた先には、新しくもない雑居ビル。
そのビルの三階の窓には、海山探偵事務所と書かれている。
「悪いね亮太君。あそこの事務所に段ボールは置いてあるんだ。トラックに運ぶのを手伝ってくれないか」
「はい」
僕は今、蝉郎さんが用意してくれた段ボールを受け取りに来ていた。
受け取るって言っても、運転してもらうのは蝉郎さんだから、運ぶ手伝いの方が正しい。
狭い階段を登って、事務所に入る。
小さなデスクに、綺麗とは言えないソファー。床に散らばったお菓子の袋。ぎっしり本が詰まった大量の本棚。
そして部屋には山積みの段ボールがあった。
「あぁ、ごめんね汚くて。最近は掃除してなくてね。ちょっと前にはよく夏美ちゃんがお掃除をしてくれて助かってたんだけど」
「夏美は、よくこの事務所に来るんですか?」
「夏美ちゃんが高校生に入ってからは、一週間に一回ぐらい顔を出してくるんだ」
「高校生になる前は、もっと頻繁に?」
「そうだねぇ。小学校の頃は放課後毎日のように来ていたよ」
「その時から、夏美と知り合いだったんですか?」
「あぁ。そうだよ。夏美ちゃんの昔話でもするかい?」
聞きたいです! と僕は言いたかったが、何とか飲み込んで
「それはまた今度に……蝉郎さんは、夏美と、どうやって知り合ったんですか?」
僕はそれとなく、特に興味もないように言った。
「……君にはある程度想像がついてるんじゃないかな?」
蝉郎さんは笑顔で言った。
「……」
僕の恋路の先には、厄介な大人が多すぎやしないか?
「蝉郎さん、本当に蝉郎さんは探偵なのですか?」
「探偵ですか……か。君も見ただろう? 窓にしっかり書いてあるじゃないか。海山探偵事務所って」
「もしここが探偵事務所なら、たかが学生のために、仕事場を段ボールで埋めたりしません」
「そりゃもっともだ」
蝉郎さんはさっきからずっと笑顔だ。不気味なほどに。
「では亮太君は、僕が探偵じゃないなら、何の仕事をしていると思うんだい?」
「……蝉郎さん、あなたは警察の方ではないですか?」
「どうしてそう思うんだい?」
「あなたが、夏美のお父さんと同行して学校に来た時にそうなんじゃないかと思ったんです」
「なるほど」
「どうなんですか?」
「……確かに、僕は警察の者だ」
蝉郎さんの顔から笑顔が消える。
「それを知ってどうするつもりなんだい? 夏美ちゃんに言うのかい?」
「……夏美は、警察を嫌っています。それは何故なのか俺には分からないけど、俺が一番疑問なのは、どうして警察であるあなたを夏美は慕っているのかっていうことです」
「……」
蝉郎さんは黙っている。
「夏美にずっと正体を隠しているわけを教えてください」
蝉郎さんは一つ息を吐いた。
そして、僕の眼をしっかりと見つめた。
「……夏美ちゃんの母親が既に亡くなっているのは知っているかい?」
「はい」
随分前に亡くなったって聞いている。
「じゃあ、その母親の職業はなんだったか知ってるかい?」
「職業?」
そんなこと考えたこともなかった。
「……もしかして、警察……」
「そう。夏美ちゃんの両親は二人とも警察官なんだよ」
「それじゃあ、夏美のお母さんは……」
夏美は俺に言っていた。警察は危ないよって。
「殉職……」
そういうことだったのか……。
「犯人が隠し持っていた拳銃に撃たれて、夏美ちゃんの母親は死んだ。ドラマみたいな話だろう? でも本当にあったんだ」
心なしか、蝉郎さんの声が少し上擦った気がした。
「当時まだ10歳だった夏美ちゃんは、もちろんショックを受けた。彼女は毎日毎日泣き続けた。でもその涙をぬぐう人はいなかった。自分以外誰もいない家で一人で泣き続けた」
「夏美のお父さんは、その時どうしていたんですか?」
「警察として、犯人を捕まえるために奔走していた」
「どうして、夏美の側にいなかったのですか」
「それが、警察だからだよ」
「……」
蝉郎さんの言葉は重い。
「海斗は……夏美ちゃんのお父さんは、傷心中の娘の側にいることよりも、まず第一に犯人を捕まえることを優先したんだ。これ以上、被害を増やさないように。夏美ちゃんのように悲しむ人を増やさないように」
「……」
僕には、何も言えなかった。
「亮太君は、彼がとった行動は間違っていると思うかい?」
「……わかりません」
正直に僕は言った。
だって、僕には仕事と家族、どっちを優先するべきかなんてわからない。
「それでいいよ。僕だって分からない。大切なのは当事者がどう思うかってこと」
「当時の夏美は、お父さんの取った行動が許せなかったのですか?」
「それもあるし、なによりも、警察が許せなかったと思うよ」
「どういう意味ですか?」
「だって、警察が守るべき人々には、夏美ちゃんのお母さんが含まれていなかったから」
「……」
「夏美ちゃんは、お母さんを守れなかったお父さんと警察が許せなかった。尊敬していた父も、尊敬する父が務めるその警察という存在が許せなかった。その思いは今も続いている」
……僕は、なんだか重たい過去を背負った女の子を好きになってしまったんだな。
「それでね、当時の僕は、そんな夏美ちゃんをみて、本当に、本当にやり切れない気持ちになった」
蝉郎さんの声はまた上擦った。
「慰めたいとか、泣き止んで欲しいとか、色々思ったんだけど、なによりも、僕は夏美ちゃんにまた笑ってほしかった。笑顔が見たかった」
「蝉郎さん……」
「でも、僕は警察だ。だから、彼女と接するにはまず、警察で無くなる必要があった」
「それで、探偵を名乗るようになったんですか?」
「元々この部屋は僕の伯父さんが使っていた探偵事務所でね、伯父さんが引退してから、僕がこの部屋を買い取って、倉庫代わりにしていたんだ。まぁ、もっぱら他の潜入捜査官の拠点になっていたけどね」
「そうだったんですか」
元、探偵事務所ってわけだ。
「僕は警察の中でもある程度自由に動ける人間だったから、夏美ちゃんが泣き止むまで、笑顔になるまで、海斗の代わりに、死んだ雛乃の代わりに、夏美ちゃんの面倒をみようと思った」
ひなの……っていうのはきっと夏美の母親の名前なんだろう。
「時間が経てば、夏美ちゃんも悲しみを忘れて、父親と二人元通りになると思っていた。でも時間は解決してくれなかった。深まった溝は塞がらなかった」
「その溝に……蝉郎さん、あなたが入ってしまった」
「……否定はしない。僕は、夏美ちゃんと一緒にいて楽しかった。子供を持つって言うのはこういうことなんだと、しみじみ感じたよ。でも、それもお終いにしないとね」
「……」
「夏美ちゃんに言うんだろう? 僕の正体を。そろそろ終わりにしないといけないんだ。嘘だらけの優しい時間は。僕が独り占めするのは、もうお終いなんだ」
蝉郎さんの顔は、とても苦しそうに見えた。
明日も投稿します。




