その2
遅れて申し訳ありません
夏休みの校舎は、普段よりも静かで、なんだか不思議な気持ちにさせる。
どこからか響いてくる吹奏楽部の取り留めのない音色が、人気のない校舎と相まって、まるで異空間のようにも感じる。
でも、私は手に持った段ボールの重みでハッと目が覚める。
私と真衣と夏美の三人は、折りたたまれた段ボールを手に持って汗だくで階段を登っていた。
「ねぇ夏美……こんなに段ボールって必要なのかな」
私はゼイゼイと息を切らせながら、夏美に尋ねる。
「一応、ないよりはあった方が良いと思うから……」
夏美は額に汗をうかべながら答えた。
「でも委員長、あんなトラックに積むほどの段ボール、どこから持ってきたの?」
真衣も頬に汗が伝っていた。
「あれは、蝉郎さんに段ボールが必要なことを話したら、たくさん持ってきてくれて……私も、こんなに持ってきてくれるとは思わなかったの」
「ねぇ夏美、あの蝉郎さんって何歳なの?」
私は、ふとした疑問をぶつける。
「蝉郎さんの歳? えっと何歳なんだろ……私が……えっと、10歳の時に初めて会った時にはもう大人だったから……30は超えてると思うけど……」
30歳か……あの蝉郎っておじさんは見た目だけなら、大学生にも見えるし、30代にも40代にも見える。
「あの蝉郎って人、お兄様に少し似てるわよね」
「似てる? お兄ちゃんに? そうかなぁ」
「なんとなくね。顔とかが似てるわけじゃないんだけど、雰囲気が似てる」
えぇ? 流石にお兄ちゃんの方がイケメンじゃない? って私が否定しようとすると、夏美が、
「それは、なんとなくわかるかも。蝉郎さんとお兄さんはきっと同じ世界の人間なんだと思うな。私たちとは同じ世界に生きてるけど、違う世界を見ている人たちだと思う」
夏美がそう言うと、真衣は優しく微笑んだ。
その微笑みは、同意を示すのかは私には分らなかったが、二人はお互いに微笑みあっていた。
会話に置いてけぼりの私は、校舎内の蒸し暑さと相まって、無言で階段を登っていく。
やっとのことで、自分たちのクラスである1ー8に着き、クラスに入る。
「一か月ぶりだけど、なんにも変わってないわね」
そりゃそうだ。誰も来てないだろうし。
「それで夏美、段ボールって教室のどこに置くの?」
「教室の後方にある棚の上に……」
夏美は、折りたたまれた段ボールを一つ棚の上に置く。
「ねぇ、二人とも、あの量の段ボールを全部教室に置いたら、先生に怒られるかな」
夏美は、少しだけ悲しそうな眼をして問いかけてきた。
「……まぁ良い顔はされないと思うわ」
「そうよね、私もそう思う」
「……段ボールがたくさん置けて、かつ、先生に怒られない場所ってアリスちゃん知ってる?」
「……えっと」
そんな場所どこにあるのよ!
「そんな場所ないよね……」
「あっ」
不意に、真衣が声を上げた。
「一か所だけ、良い場所があったわ」
真衣は、綺麗にウィンクを決めた。
その後、私たちは、お兄ちゃんと亮太、そして蝉郎さんと合流して、多目的教室……っていう名の物置、という姿から、手品部の部室に生まれ変わった教室の中に集合していた。
もう気付いていると思うけど、私たちの部室に段ボールを置いておくことにしたの。私たちの部室には先生は来ないしね(来たら怒られる)。後、多目的教室は二階にあるからうちのクラスに運ぶよりもすっごい楽だった。
浦頭先生との待ち合わせまでの30分、私たちは、トラックと部室を往復して、段ボールを運び続けた。
そして私と真衣とお兄ちゃんの三人は、夏美と亮太と蝉郎さんの三人に作業を任せ、視聴覚室へと向かった。作業が終わったら、置いてあるお菓子は自由に食べていいことを付け加えて。
私と真衣、そしてお兄ちゃんの三人が視聴覚室に入ると、すでに、顧問の浦頭先生がモニターに映像を写していた。
「遅いぞお前たち。先生を待たせるとは、舐めた奴らだ」
あ、久々登場の浦頭先生の説明をしとくわね。だって、春頃から出番なかったものね。
浦頭先生は、うちの高校の社会科教師兼、手品部の顧問。結構なイケメンで、女生徒からの人気が高いけど、嫌味っぽい喋り方のせいで、私はいまいち浦頭先生になびけない(イケメンであることは間違いないけどね)
「ごめんなさい先生。ちょっとお手伝いを頼まれたので。友情を優先してしまいました」
「……まぁいい。呼び出したのはこっちだからな。お前ら、良く見える位置に座れ」
浦頭先生は、リモコンを操作して、ビデオを一時停止させた。
「兼崎、お前が文化祭でどんなショーをやるつもりなのか知らないが、所詮高校の文化祭だ。特殊な装置が必要なマジックや、万が一の事を考えて、危ないトリックは出来ないことは分かってるよな?」
そりゃそうよね。もちろん真衣だってそんな事分かってるはず……
「……ぇえ?」
真衣は目の前でお菓子を取り上げられた子供のような目をしていた。
「無理なの……?」
「……お前、本気でやろうと思ってたのか?」
「……」
真衣は、本当にがっくりという擬音が浮かんで見えるほど落ち込んでいた。
「なんで真衣は、そんな大掛かりなマジックをしたいの?」
「それはもちろん、B・W様の得意なマジックだからよ!」
B・Wって言うのは、真衣の憧れているマジシャンのことだ。
「先生だって、私がどれほどB・W様の事を好きか散々話したじゃないですか!」
「まぁ、落ち着け。お前がB・Wの事を好きなのは良くわかる。だからこそ、お前のために良いビデオを持ってきたんだ」
「良いビデオ?」
「知り合いに、お前みたいなB・Wのファンがいてな、そいつから、B・Wが、15年以上前に行ったマジックショーの映像を入手したんだ」
「言っときますけど先生、私、B・W様のマジックショーの映像はほぼすべて擦り切れるほど見てますよ」
真衣が、得意げな顔でそう言う。
「これは、恐らくお前でも見たことないと思うぞ。なんせこの映像は、B・Wが唯一高校の文化祭で行ったショーの映像だからな」
浦頭先生は、ビデオを再生し始めた。
「……えっ?」
ビデオの画質も音質も決して良いものではなかったが、私たちは20分ほどそのビデオを真剣に見ていた。
黒と白のチェック模様の服を着た男、B・Wが体育館のステージの上で数々のマジックを繰り出していく。帽子から溢れ出てくる白いハト。割ってもすぐに出てくる風船。どれも鮮やかな手つきで、関心してしまう。でも、どのマジックも悪く言えばありきたりなもので、上手いとは思うけど、すごいとはあまり思わない。
ただ、つまらないわけじゃなかった。
いいえ、とても面白かった。笑顔になれたの。
彼のマジックが、彼の一挙手一投足が、観客を、私たちを笑顔にさせてくれた。
私は、この時初めて、本当のプロのマジシャンというものを知ったと思う。
「とまぁ、お前らに見せたかったものは以上なんだが」
浦頭先生は、真衣をじっとみつめる。
「俺の言いたいことは伝わったか?」
「……はい。ありがとうございます。先生」
「……なら、いい」
浦頭先生の嬉しそうな顔を、初めて見たかもしれない。
「……先生は」
不意にお兄ちゃんは、口を開いた。
「どうした?」
「B・Wと会ったことがあるんですか?」
「……どうしてそんな事を?」
「なんとなくです」
「……まぁ、ショーを見たことがあるってことをあったとカウントするなら、あるよ」
「そうですか」
……お兄ちゃんは何を聞きたかったんだろう?
「さぁ、アリス、そろそろ部室に戻りましょ?
委員長たちを置いてけぼりにしてるわ」
「そうだお前ら、多分今の時間頃から、校舎の改修工事をしてる工事員の人が多くいるから邪魔をするんじゃないぞ」
「改修工事? そんなことしてたんですか」
「うちの高校も随分古いらしいからな」
ふ~ん、改修工事ね……。
「お前たち学生が優雅に休んでいるときに、大人は子供のために働いているんだ。大人には感謝しろよ?」
浦頭先生は、いつものように嫌味っぽくそう言った。
「……お前たちは、はやく大人になりたいか?」
「もちろんですわ。ねぇアリス? アリスは特にそうよね」
「……そうね。早く大人になりたいわ」
というか大きくなりたいわ。身体的に。
「……やっぱりそういうもんなんだなぁ」
浦頭先生はそう言うと懐からタバコとライターを取り出した。
「あーっ、先生いけないんですよ。教室でタバコを吸っては」
真衣は、笑顔でそう言った。
「大丈夫だ。今は夏休みだからな」
それ、先生が言っていい台詞なの?
「私はたばこの匂いが嫌いなんです」
「それは知らなかった。お前は善良な生徒なんだな」
「とうにご存知でしょう? ほら、アリス、お兄様、服に匂いが付いちゃう前に部室に戻りましょ?」
真衣に引きずられるように、私たちは視聴覚室を出ていった。
視聴覚室から部室に戻ると、部室内には、夏美と亮太が、机の上にノートを広げて話し合っていた。
段ボールは全て、部室の奥へとしまい込まれていた(結構力づくぽかったけど)。
「お待たせ二人とも。今は何をしてるの?」
「あぁ、今は今度の文化祭のレイアウトを考えてるんだ」
亮太はそう言って、ノートを見せてきた。
ノートには、見取り図のようなものが書かれている。
「まぁ、実際こんな風になるか分かんないけど、おおよその目星が付いてれば、わたわたせずに出来るってもんだよな」
亮太の説明に補足付けするように、
「こういう行事って、実際リーダー頼りになっちゃうし、私たちがしっかりしてないとね」
夏美は苦笑いでそう言った。
「それは、委員長のこれまでの経験則?」
「まぁ……そういうことになるかな」
今まで苦労して来たのね……夏美。
「お前たちのクラスはお化け屋敷をやるのか」
お兄ちゃんは、机の上のお菓子を手に取りながらそう言った。
「お兄様のクラスは何をなさるのですか?」
真衣がお兄ちゃんに尋ねる。
お兄ちゃんの事だから、知らないとか、忘れたとかって言うんだろうなと思ったら
「謎解きラリー」
お兄ちゃんは即答した。
「謎解きラリー……」
「……」
お兄ちゃんの言葉を聞いて、亮太と夏美の二人は、少しだけ俯いた。(二人がなんで俯いたのか分からないあなたは、アリスとお兄ちゃんと拾った暗号を読めばわかるわ)
「あっ、えっと~……そ、そういえば蝉郎さんはどこに行ったの?」
私は大慌てで話題を変えるべく、適当な話を振った。
「え? あぁ、蝉郎さんはもう10分以上前にトイレに行くって言って、外に……トイレにしてはちょっと遅いかも」
「学校で迷子になってるとか……流石にないか」
真衣が冗談のようにそう言ったが、
「蝉郎さんなら有り得る……かも。あの人はちょっと……いや、大分抜けてるところがあるから」
学校で迷子になるのは、抜けてるとかそういうレベルの話なのかしら。
「本当に迷子になってるとは思えないけど……一応探しに……」
夏美がそう呟くと同時に、部室のドアがガラっと音を立てて開いた。
「いやぁ、まいったまいった。君たちがどこの教室にいたのか忘れてしまって、学校内を歩き回ってしまったよ。ハッハッハ」
蝉郎さんは、にこやかにそう言った。
「……」
「どうしたんだい君たち。そんな変なものを見る目で僕を見て。あっ、もしかしてチャック開いてた?」
蝉郎さんは、自分のズボンを慌てて確認する。
「あっ、ちゃんと閉まってた。よかったぁ~」
こんな大人にならないぞ私は……。
私は強い決意を固めた。
「それにしても今日は暑いよねぇ。みんなもう、学校でやることは済んだんだろう?」
「そうですね。何かあるかな。亮太君」
「特にはないかな。また色んな事は二学期が始まってからまた考えよう」
「アリスちゃんたちは?」
「私たちも特にないよね?」
「そうね。特にないわ」
お兄ちゃんは……聞くまでもないわね。早く帰りたいオーラを出しまくっているわ。
「それなら、ちょっとどこかでお茶にしないか? 僕はもう喉がカラカラでね。もちろん、奢ってあげるよ」
蝉郎さんの提案に反対する人は誰もいなかった。(学生は奢りの二文字に弱いのよ)
「でも蝉郎さん、私と蝉郎さんと亮太君が乗ってきたトラックは三人乗りですよ?」
真衣は、それならと前置きして
「それなら、駅前の喫茶店で待ち合わせにしましょう? あそこなら学校から歩いても10分かからないし」
「駅前のって、ボンシャンスだよね? 分かった。そこに待ち合わせにしましょう」
ボンシャンスって言うのは、高校最寄り駅のすぐそばにある、喫茶店の名前で、喫茶店の癖にやたらとケーキに力を入れている。
春ごろに、クラスメイトに誘われて行った時には、一つ400円以上もする、チョコティラミスや、すぐに食べ終えてしまいそうな小さなショートケーキが500円もすることに、私(と私の財布)が小さな悲鳴を上げた。
もちろん、値段相応の美味しさだったのだけどね。
「確認なのですが蝉郎さん」
真衣は、怪しい笑みで蝉郎さんに問いかける。
「本当に奢ってくださるのですよね?」
「もちろん! 子供は大人にドンと頼っていいんだよ!」
真衣は、ニタァと笑って
「うふふ、ありがとうございます」
と、魔女の様に微笑んだ。
ご愁傷様……蝉郎さん。
教室から出ると、吹奏楽部の演奏の音に交じって、ギュィイインという音が聞こえてきた。
「そう言えば、浦頭先生が言ってたけど、改装工事をしてるんだったわね」
こんな暑い中、本当に大変ね……。
工事の人も、部活に来ている学生も。
そんな事を考えてながら廊下を歩いていると、リュックサック程度の鞄を持った作業服姿の男性が、トイレの方から出て来るのが見えた。
工事の人かな……。
そんなことを思いながら、その男性を見てると、思わずその男性と目が合った。
男性は、すぐに踵を返し、廊下の先の階段を降りて行った。
「今の人……」
お兄ちゃんは小さな声で
「なんで鞄持ってたんだ……?」
鞄……? それのなにがおかしいんだろう……?
「あっ、見てアリス」
真衣は、窓の方を指差す。
「家庭科室のところ、あれ多分なべ子よね。夏休みなのに大変ね」
真衣は、どことなく優し気な視線を浮かべている。
「確か、家庭科部は、オリジナル衣装の展示と、お菓子制作をするって聞いたよ」
裁縫に料理かぁ……私にはちょっと縁遠いわね。
「……こうやって学生が、夏休みの中、汗をかきながら、何かをしているのは、素晴らしいことだね」
蝉郎さんは、深く頷きながらそう言った。
「こういう時間を守るために、僕ら大人がいるんだと再確認できたよ」
大人か……。
大人ってなんなんだろう。
ふとした時に、私はいつもこの質問を思い浮かべては、答えの出ないまま頭の片隅に追いやってしまう。
「真夏の校舎。響く楽器の音。そして汗のにおい」
蝉郎さんはぼそっと呟いた。
「青春って素晴らしい」
蝉郎さんのそのつぶやきは、恐らく私にしか聞こえていなかったと思う。
昇降口を出て、夏美と亮太と蝉郎さんたちは、トラックに。私と真衣とお兄ちゃんの三人は、歩いて喫茶店へと向かうことにした。
「う~やっぱり熱いなぁ」
時刻は午後三時を回っていたが、気温は下がる気配はない。
あれ?
校門の近くに停めてあった車(確かハイエースってやつ)から、出てきた人、さっきトイレから出てきた作業員の人なんじゃ……。
校舎を振り返ると、相変わらず校舎から楽器の音色に交じって工事の音が響いてくる。
あの人、工事の人じゃないのかな……。
じゃあ、あの人は校内で何をやってたんだろう?
「アリス~。なにぼうっとしてるの~? 熱いんだから早く行こ~よ~」
「う、うん」
まぁ、気にしても意味ないか……。
次回更新は7/27予定です。




