その1
もうすっかり夏ですね
クーラーの風を浴びていると、つくづく現代人で良かったなぁって思う。
昔の人は、どうやってこの猛暑を凌いでいたんだろう。
まぁ、もしかしたら昔の夏は現在よりも気温がいくらか低いのかもしれないけどね。
「ねぇ、アリスぅ、一回休憩しようよ~」
「私はずっと休憩してるから、別にいらないわ」
「私は客人なんだから、アリスは私をもてなす必要があると思わない?」
「もう答え写させないわよ」
「……」
私がそう言うと、真衣は黙ってシャーペンを握りしめた。やれやれ……。
皆さん久しぶりね、小山内アリスよ。お久しぶりであってるわよね?
夏休みも、あと一週間で終わる私としては、久しぶりの感覚なんだけど……まぁ、そのことはいいわ。
どうして真衣が私の家にいるのか説明しないとね。
昨日の夜、真衣が突然私に連絡を送ってきたの。
内容は、文化祭で手品部が行うステージについての話し合いがしたいってことと、宿題を一緒にやろうって話だった。
「それにしても、あと一週間ぐらいで学校始まるのに、まだどれにも手を付けてないなんて思わなかったわ」
「私も、アリスが既に宿題を全部終わらしてたとは思わなかったわ」
「七月中には終わらせるタイプなのよ」
「アリスって、結構真面目ちゃんよね。授業中寝ないし、提出物はちゃんと出すし」
「真衣は授業中寝過ぎなの。先生いつも見てるよ?」
「アリスは心配性ね~。体も小心者というか」
「真衣」
「はい。早く写します」
ほんと相変わらず一言多い女ね! 全く……。
「ねぇアリス、今日のお昼どうする?」
「お昼ね……何時ぐらいから学校に行く予定なの?」
「先生には午後2時に来るように言われてるから、12時にはここを出たいわ。今は12時ぐらいか……もう二時間も勉強してるなんて、道理で疲れるわけね」
真衣はそう言いながら肩をすくめて見せるけど、あんたはずっと私の答えを写してるだけだからね。そこを忘れないでね。
「ねぇ、先生って誰先生?」
「浦頭先生に決まってるじゃない。浦頭先生がマジックショーのビデオを見せてくれるんだって」
浦頭先生って言うのは、手品部の顧問で、口が悪いけど顔は良い(この点は真衣と似てる)社会科担当の男性教師だ。
顧問って言うけど、私たちの活動に口を挟んだことは一度もない。というか、完全に私物化してる部室を見られたら絶対に怒られると思うので、このまま放っておいて欲しいと思ってたんだけど……。
「アリスは知らないと思うけど、浦頭先生も結構マジックとか好きなのよ。まぁ、だからこそ顧問をしてるんだろうけどね」
ふ~ん。初耳の情報だ。
「それに出来ればお兄様も一緒に付いてきて欲しいんだけど、今日はお家にいるのかしら?」
「お兄ちゃんは多分部屋でまだ寝てるか本を読んでるかしてると思うけど」
お兄ちゃんは、夏休み中もずっとそんな感じだ。ちゃんと宿題やってるのか、かなり不安。
「お兄様の部屋って、この部屋の隣?」
「うん」
「ちょっと覗いてきまーす」
真衣は、そう言うなり、早足で部屋を出て行った。
「あ、真衣、ちょっと」
数秒の後、真衣は私の部屋に即座に戻ってきた。そして何故か真衣の顔は赤い。
「真衣?」
「……お、お兄様」
真衣は、今まで見たことないほどの紅潮している。
「どうしてパンツ一枚で本を読んで……」
「……お兄ちゃんのパンツみたの?」
コクンと頷く真衣。
「あー……うちのお兄ちゃん、基本寝るとき下着だけで寝るから、今日もそのままの格好で本を読んでたのね」
「そういうところ、ハーフっぽいわね」
「ズボラなだけだと思うけど……っていうか真衣、そんなお兄ちゃんのパンツ見たぐらいで、狼狽えなくても」
「……そんな事言われても」
真衣は、気恥ずかしそうに小声でそう呟く。
なによ、ずいぶん可愛いじゃないの。
真衣って、可愛いしスタイルも良いし、男性経験結構ありそうだと思ったけど、意外と初心なのかもしれない。
「真衣、あんたって意外と……」
その瞬間、ドアが急に開いた。
「アリス、なんか部屋に真衣さんが現れたんだが」
お兄ちゃんが部屋に入ってきた。パンツ一丁の姿で。
「……」
「あ、真衣さん、今日はうちに遊びに来てたのか」
真衣の視線が危ない。
「お、お兄様……ぁ」
私は、勢いよくお兄ちゃんを廊下に突き飛ばして勢いよくドアを閉めた。
「こんのバカ! ズボンぐらい履きなさいよ!」
せっかくクーラーで涼しかったのに、私は汗をかいていた。
青々とした木の葉の合間を縫って、ジリジリとした日差しが、容赦なく照りつけてくる。
私と真衣、そしてお兄ちゃんの三人は、ファミレスで昼食を食べた後、学校への通学路を歩いていた。
ふと横を見ると、お兄ちゃんが鼻に張った絆創膏をさすっていた。
「お兄ちゃんそこ痛い?」
「そこそこ」
「自業自得ね」
私は嫌味っぽく言った。
「別に突き飛ばすこともないだろ」
「そもそも妹の部屋にパンツ一丁で入ってくるのがおかしいと思わない?」
「今まで一度も言われなかったから……」
お兄ちゃんは、口ではそう反抗的だったが、結構反省しているように見えた。普段のお兄ちゃんなら、私が怒ってもスルーするか私を論破するかのどっちかだから(私はお兄ちゃんと口喧嘩で勝ったことがない)。
「お兄様、普段からお家ではパンツ一枚なんですね……」
真衣は、さっきからどこか落ち着きがない。 いつもの余裕綽々の態度はどこへいったんだろう。
「別に普段からパンツ一枚じゃないけど、夏は暑いし」
「冬場でも暖房ガンガンにして、薄着じゃない」
「そうだっけ?」
お兄ちゃんは、首をひねる。
これは、嘘を付いてるわけじゃないと思う。 お兄ちゃんは高校二年生になった今でも、自分で服を買ったことがない。未だにお母さんが適当に買った服をそのまま着ている。
うちのお兄ちゃんは服装とかそういうのに無頓着なのだろう(結婚出来るのかな、長男なのに……)。
「アリスは、いっつもお兄様のパンツを見てて恥ずかしくないの?」
真衣がいつもよりボリュームを3ぐらい落とした声で聞いてきた。
「別に家族だし、気にしないよ。真衣だって、お父さんが家でパンツ一丁でも気にしないでしょ?」
「うちの父さんは、そんなことしないわ。私が下着姿で歩いてたら怒るような人だから」
「真衣の家ってもしかして厳しいの?」
「私はそうとは思わないけど、他の人からしてみればそうかもね」
真衣の家が厳しいなんて意外だ。だって、真衣って制服のスカートも短いし(今日もミニスカで、足を大きく露出してる)何なら、男慣れしてそうなのに、お兄ちゃんのパンツ一枚でうろたえて……なんだか可愛いところもあるんじゃない。
「アリスのお父さんは……あっ、ごめん」
真衣は言葉を切って謝った。
「いいのよ気にしないで。もう随分前の話だから」
お父さんが死んだのは、私が小学校一年生の時。もう十年も前の話だ。
突如、私たちの隣を一台のトラックが駆け抜けていった。
そのトラックの荷台には大量の段ボールが積まれていた。
何かの業者かな……?
そんなことを思いながら、トラックを目で追っていると、そのトラックはうちの高校の校門を入っていった。
「アリス、今のトラック見た?」
真衣がニヤケ顔で聞いてきた。
「見たわよ。たくさん段ボール積んでたわね」
「そこじゃなくて、助手席よ」
「助手席? そんなとこ見てないわ」
「知ってる顔がいたわよ」
「誰よ?」
「お前のクラスの委員長」
お兄ちゃんは、相変わらず鼻を抑えながらそっけなく答えた。
「さすがお兄様。よく見てございますのね」
真衣は、黄色い声を上げる。
「……」
なんか悔しいけど、この二人が異常なだけよね……きっと。
夏休み中とはいえ、学校内は静まり返っているわけもなく、校舎に入る前から、吹奏楽部の演奏する音や、運動部の掛け声が聞こえてくる。
下駄箱の近くでは、チアガール姿の皆さんが、タオルを下にひいてお弁当を食べていた。
「うちの学校って、チアリーディング部なんてあったっけ?」
私が真衣に尋ねると
「あれは、モダンダンス部よ。確か、野球部とかの応援も請け負っているって聞いたわ」
モダンダンス……そう言えば、そんな名前の部活あったような……。
楽しそうにお弁当を食べているけど、パンツ丸見えだった。
「アリスって、ダンスとか得意なの?」
「まぁ、嫌いじゃないけど、見る方がいいわ」
「私も同感ね……あっ見てアリス」
真衣が指さした方向には、見知った人物がせっせと段ボールを運んでいた。
「おーい夏美!」
私の呼びかけに、夏美はハッとした様子で振り返る。
「あ、アリスちゃん、それに兼崎さんと……えっと確かアリスちゃんのお兄さん」
「久しぶりね委員長」
「まだ夏休みなのに、今日はどうしたの?」
「今日は部活動よ」
真衣は、得意げにそう答える。
「部活……? あぁ手品部だもんね二人とも。あぁ、アリスのお兄さんもそうでしたっけ」
「一応ね」
お兄ちゃんはそっけなく答えた。心なしか、夏美のことをさけてるような……
「ところで夏美は、どうして段ボールなんか運んでるの?」
私はずっと疑問だったことをぶつける。
「あぁ、これはね、今年の文化祭の準備。うちのクラスは今年お化け屋敷じゃない? だから、それようにね」
あぁ、まだ言ってなかったかもしれないけど、うちのクラスは今年文化祭でお化け屋敷をやることになったの。もう一つの候補だった喫茶店は、上級生の出し物と被ったからね。 私としては、どっちでも良かったんだけど、渡辺さんは(渡辺さんのこと覚えてる? うちのクラスにいるちょっとレズっ気がある子のことね)どうやらメイド服を作ってクラスの女生徒に着させたかったらしくて、結構ショックを受けてたわ。
「委員長、もしかしなくても、運ばなきゃいけない段ボールの量って……」
「……二人とも、時間はある?」
夏美はおずおずと尋ねてくる。
「まぁ、先生との待ち合わせ時間にはまだ30分あるから……」
「お手伝い……頼めるかな?」
「どうするアリス?」
「もちろん手伝うわ。真衣もお兄ちゃんも」
「えっ?」
隣でボーっとしていたお兄ちゃんは素っ頓狂な声を上げる。
「いや、お兄さんは別に……」
夏美は両手を振って遠慮したが、
「……仕方ない」
お兄ちゃんは、溜息を付きながら承諾した。
「面倒くさがりのお兄様が……珍しいわ」
全くもって真衣に同意するが、どうやら、お兄ちゃんは、夏美に何か引け目を感じているみたいだった。理由は知らないけど。
「車が奥の方に停めてあるの。案内するわ」
夏美に連れられて駐車場の方に行くと、思った通り通学路ですれ違った段ボールをたくさん積んだトラックがそこにはあった。
「蝉郎さーん、亮太くーん。応援を連れてきましたー」
夏美がそう声をかけると、段ボールを必至にビニール紐で結んでいた二人が振り返った。
一人は亮太だって分かる。うちのクラスの副委員長だ。それで、夏美の事が……この話は置いときましょ。
もう一人の男性……ワイシャツにズボン、黒髪を無造作に伸ばしたような髪型。そしてサングラスを付けたこの年齢不詳で怪しい男性は誰なの?
「ね、ねぇ夏美。あの人って、夏美のお父さん?」
「え、違う違う。この人は、海森蝉郎さんって言って、私立探偵なの」
探偵!
「えっと……蝉郎さんと私の関係は……その、話すとちょっとややこしいというか……」
夏美の顔には大きく、話したくない! と書かれていた。
「夏美ちゃんには、僕のお仕事をたまに手伝ってもらってるんだ。要はバイトみたいなものだよ」
蝉郎さんは(漢字これであってるのかな)明るく笑い飛ばすようにそう言った。
「そう……そんな関係なの。それで今日は蝉郎さんに頼んで、段ボールを運ぶために車を出してもらったんだ」
「夏美ちゃんに頼まれちゃぁ、僕は断れなくてね。ハッハッハ」
蝉郎さんは、高笑いする。
ねぇ、本当にこの人信じていいのかな……
そんな不安を共有しようと真衣とお兄ちゃんの方を見ると二人ともクスクスと笑っていた。
しまった……ここには変人しかいないぞ……。
「みんな、そろそろ手伝ってくれよ。さっさとやらないと日が暮れちまう」
汗だらけの亮太が、そう言い放つ。
「あぁ、ごめんね亮太君。今手伝うね」
「あっ……うん」
夏美が駆け寄ると、亮太は急にしおらしくなった。
やっぱり今でも好きなんだ……。
「ねぇ、委員長、ちなみに聞きたいんだけど」
真衣が、夏美に尋ねる。
「この段ボールどこに運ぶの?」
「え? それはうちのクラスに?」
「……五階の端にあるうちのクラスに……?」
「……うん」
夏美は苦しそうにそう呟く。
この量の段ボールを五階に……。
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