ある男の日記
夏休みのお話その2です。
私がこの日記を書き続けて、もうすぐ一年になる。
そろそろ日記帖も二冊目に変えなくてはならなくなりそうだ。
いや、あと二、三日で変えることになるかもしれない。
娘が都会から帰ってきた。
久々に、と言っても、3か月ぶりなのだが、娘はどこか垢抜けたように見えた。
高校は、都会の学校に行くのだと、娘が言い出した時、僕は否定しなかった。
もちろん娘のことをどうでもいいと思っているわけではない。
ただ、娘は……あの「葉月」のように、この田舎からいつか抜け出す時が来ることは分かっていた。
それがもう来るとは思わなかったが……
そして、その時期が早まった原因も分かっている。
彼女の娘との出会い。それが娘を、そして私を大きく変えた。
そう、大きく……とても大きな変化だった。
彼女が私の前に現れなければ、私は娘を手放さなかっただろう。
私は、永遠に妄想の檻から抜け出すことは出来なかっただろう。
今にして思えば、娘は、私が都会に行くことを否定したとしても、彼女と暮らす事を切り札に、私を頷かせるつもりだったのだろう。
私には、例え、いかなる理由があったとしても、娘と彼女の娘を引き離すことは出来ないし、する訳もない。
親は、子に夢を託すべきなのか、私には答えは出せないが、娘は、私のたった一つの願いを、その身をもって実現した。
私はもう、十分すぎる親孝行をしてもらった。そして、現在進行形で、それを享受している。
私は、幸せ者だ。
本当にありがとう……真由美。
娘たちが通う高校は、9月の末に文化祭があるようだ。
娘の話によると、どうやらお化け屋敷をするらしい。
私は、今の内からなんとか休みがとれないかと
コンコン
ノックの音が響いた。
僕は日記帖を閉じる。
「お父さん、今大丈夫?」
ドアの向こうから、真由美の声がした。
「大丈夫だ」
ドアを開けて真由美、そして、その後ろから深夏が入ってきた。
「ねぇ、お父さん、毎年恒例の花火大会って、確か今日だよね?」
「あぁ、確かそうだったな」
「やっぱり? ねぇ、私の浴衣ってまだ置いてある? 今日は深夏と二人で行く予定なんだけど、せっかくだから浴衣で行きたいしさ。それに深夏にも浴衣着てもらいたいし」
「あ、あのおじさん、別に私は私服でも……」
「えぇ~? 深夏も一緒に浴衣着ようよ」
「真由美の服はまだ、部屋のタンスにしまってあるだろう。二着あったかどうかは覚えてないが……あったとしても深夏ちゃんの方が背が高いし、着れないんじゃないか?」
「う~ん、どうしよっかなぁ」
「それなら、二人とも浴衣を借りに行くかい? 知ってるお店に貸し出しをしてる店がある」
「あ、それが良いかも! 深夏も良いよね?」
「えっと……良いんですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます。おじさん」
深夏はぺこりとお辞儀をした。
夕暮れ時、僕は真由美と深夏を車に乗せて、呉服店へと向かった。
そこで二人は浴衣を着つけてもらった。
「う~ん、やっぱり歩きづらい……」
「もう、がに股だよ?」
「足だけサンダルにしようかな……」
「大丈夫か真由美。車に乗れるか?」
「もう、大丈夫だよっ!」
「あ、あのおじさん」
「ん? どうしたんだい?」
「花火の開始までまだ時間ありますよね?」
「ああ」
「出来たら、おばあちゃんも一緒に……」
「……」
「そうだね、その浴衣姿、おばさんにも見せてあげると良い」
「はい……ありがとうございます」
そう笑う深夏の姿は、やはり見覚えのある姿だった。
家に帰るなり、二人はすぐに寝てしまった。慣れない格好で足を痛めたのかもしれないな。
おばさんは、深夏の浴衣姿を見て、とても喜んでいた。
そしておばさんは、昔、葉月が来ていた浴衣をわざわざ引っ張り出して、深夏に渡していた。
そんなものがあるなら、わざわざお店で借りなくてもよかったな……と思ったけれど、深夏とおばさんのうれしそうな顔を見て、そんなことはどうでもよくなった。
今思い返すと、確かに葉月は、あんな色の浴衣を着ていたような覚えがある。
微かでおぼろげな記憶には違いないのだが。
私は、もしかしたら、葉月の事を少しづつ忘れているのかもしれない。
いや、忘れているのではない。
私は、新しい思い出を作っているのかもしれない。
過去の思い出を新しい思い出に塗り替えているのかもしれない。
娘たちと共に、新たな思い出を……。
それが正しいことなのか、悪いことなのかは誰にも分からない。
ただ僕は、今日の日が、娘たちの黄金の思い出になればいい。
そうなることが、私の何よりもの願いだ。
次の更新は、土古戦場が終わったらです。五勝したいです




